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「私がいると話しづらいでしょうから出て行きます」
「あなたは公爵邸に帰らないと!」
外で待機しようとするイザークを慌てて止める。
「大丈夫です。神殿長が聖女様の護衛のためならと部屋を用意してくださいました。母が慈善事業を熱心にやっているおかげです」
「あなたは明日お休みでしょう? 駄目よ」
「神殿からが実家に近いので泊まらせてもらって、聖女様の護衛が明日来てから交代します」
「神殿の騎士もいるのだから、今すぐ実家に顔を出したらいいわ」
「実家に滞在する時間は短く済ませたいんです」
イザークは頑固だった。仕方なくミュリエルが折れ、イザークは部屋の外に出た。
「連れてきたのに待たせてごめんなさいね」
だいぶ落ち着いたノンナに向かい合うようにベッドに腰掛ける。
「あなたも泊まるなら話を通すわよ?」
「そうですね……両親にまだ冷静に話せないんで泊まります。でも、泊まることはあとで自分で言いに行きます」
かなり落ち着いたようで、ノンナは時折鼻をすすりながらもしっかり喋った。
「さっきはこれ以上目撃者が出ないように割って入ったけど、これからどうする? 話せそう?」
「彼のあの様子じゃあ……もう結婚なんて無理です」
「そうね、ショックよね」
「衣装も全部決めてたのに……」
泣いた後は別の感情が出てきたようだ。ノンナは恨みがましい顔をする。
「別にむかついたからってわざわざセージョ様が間に入らなくて良かったんですよ。そしたら、みんなに目撃されて明日には笑い者でした。ざまぁみろって言われてたでしょうね。私がセージョ様の悪口いつも言ってたから自業自得だって。神様は見てるんだって」
あぁ、ノンナは自分の境遇に拗ねているのか。なんとなく彼女の感情の輪郭がつかめる。
ミュリエルも最初にレックスが別の令嬢とデートしたと知ったときは泣いて怒って、なぜ自分はこんなに不幸なのかと全力で被害者になって拗ねた。レックスだけでなく、神様も恨んだ。
「みんな心配してくれるわよ」
「私が嫌われ者ってことは分かってるんで。セージョ様だって知ってるでしょ?」
「正直だなとは思うけど、ただそれだけよ」
「セージョ様は好きな人と結婚して幸せだから、私の気持ちなんてわかりませんよ。いつも使用人とか信者に傅かれてるし!」
喋っていたら普段のノンナが徐々に戻ってきた。彼女は紅茶のカップに手を伸ばす。
「私の夫は浮気しているわよ」
ガチャン!っと音を立ててカップが倒れる。ノンナがカップをつかみ損ねたようだ。
「わ! すみませんっ!」
ノンナは反射で謝り、大慌てでカップやテーブルを拭く。なかなか素早い。
「私の夫は浮気してるわ。でも、私の幸せは私が決めるの。周りの状況なんて関係ない」
テーブルを拭いているノンナに再度口にする。ノンナは信じられないと首を振った。
「あなただって知っているんじゃない? レックスの浮気のことは」
「それは……でもセージョ様にハサミを向けた令嬢はどこかの老人の後妻に……」
「えぇ、よく知ってるわね。でもそれ以外にもあるから」
「えっと、体の関係があったわけじゃないし」
「あなたは彼が他の女性と二人きりで何度も出かけていても許せるの?」
シシリー嬢の家は羽振りがいいので、一年登城禁止でも嫁ぎ先はあると思っていたがシシリー伯爵は非情な決断を下したのだ。取引相手が手を引き始めたこともあるだろうけれど。
ノンナは唇をぎゅっと噛んで首を振り、カチャカチャとカップを元通りする。そのカップにミュリエルは紅茶を注ぎなおした。
「あの……でも……」
ノンナはソファに所在なさげに座りなおす。
「あなたも、もしかしたら分かってたんじゃない? 彼のことが好きなら『浮気してるかな?』って感じたことが何度かあったでしょう? 物証があるわけでもない。実際に見たわけじゃない。でも、普段の何気ない仕草や言葉の端にそれを感じるの。自分以外に彼の意識が行っていることが。そして、それは仕事じゃない。あぁ、女かなって。ね、あったでしょ?」
ノンナは拳を握りこんで俯いた。認めたくないのだろう。
だって嫌じゃない、彼が自分を一番に愛していなかったと認めるのは。
「彼を愛してたのね。あの感覚は愛していないと分からない。あなたは彼を愛していたのよ」
私だって分かりたくなかった。でもレックスを愛している。だからすぐ感じ取ってしまう。信じたくないあの感覚を。
ノンナは勢いよく顔を上げて頷いた。せっかく泣き止んだのに、彼女の目からまた涙がこぼれる。
でも、ミュリエルはその涙を見て安堵した。
ミュリエルは今間違いなく、ノンナの心を覗いていた。ノンナもミュリエルの心を理解していた。敵意ばかり向けてきていた彼女は内側ではミュリエルと鏡合わせのように一緒だった。




