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ノンナの歩みが遅いので手を引いて、ミュリエルは自分に与えられた部屋まで戻った。
聖女は神殿に部屋を与えられている。レックスと結婚する前はよく泊まっていた。ミュリエルが泊まらなくても部屋は換気され、掃除は行き届いている。
ペトラは「家賃もったいないから」と神殿に住み込みだ。イーディス様は家があるので、神殿にいたり家に帰ったりだ。
「今日は仕事が押してしまったの。神殿に泊まると伝えてくれる?」
イザークや他の騎士に頼むと、公爵家や神殿長に伝えに行ってくれる。
神殿に泊まるとなるとギャーギャーうるさいのは義母だが、あのことをチラつかせたのと侍女が減って以来大人しいから大丈夫だろう。
部屋の中にノンナを放り込むと、扉を閉めて内からカギをかけた。
ノンナは歩きながら泣いていたようで、目の周りを赤くして私を睨んでくる。
非常に威勢がいいがミュリエルを睨むよりもあの元?婚約者を睨んだ方がいいのではないだろうか。
「っ何のっつもりですかっ!」
つっかえながらノンナは噛みついてくる。その様子は小型犬がキャンキャン吠えているようだ。
「聖女様のっ、お得意の人助けのおつもりですかっ?」
なるほど。ノンナはいつもの通り、ミュリエルを偽善だと言いたいのだ。
「人助けではないわ」
「じゃあなんで!」
「むかついたから」
一日の疲れを感じながらベッドに腰掛ける。
ノンナにも部屋のソファに座るように促す。座ってくれなかったが。
「あの男にむかついたからよ」
ノンナが固まってしまったので、ミュリエルは再度口にする。
「だってむかつくじゃない。なんであの男の浮気の責任があなたにあるというの。浮気して悪いのはあちらなのに、あなたがなぜ暴言を受けなければいけないの。可愛げがあろうとなかろうと関係ないわ。あの男の弱さはあの男のせい。結婚式が数か月後なのに、自制もせず他の女を妊娠させるなんて人間の所業ではないわ。どこかの獣なんじゃないかしら。そもそも、獣に失礼かしら」
ミュリエルの言葉でますますノンナの目は見開かれた。彼女の目から堪えきれなかった涙が落ちる。堰を切ったようにノンナは泣きじゃくり始めた。
ミュリエルは立ち上がってノンナをソファに座らせ、ハンカチを無理矢理手に握らせるとまたベッドにぽすんと行儀悪く座った。
ノンナを気のすむまで泣かせながらミュリエルはぼんやり考える。
さっきのセリフはノンナに向けて言ったようで、そうではない。レックスのことでのイライラをノンナの元?婚約者にぶつけているだけだ。
どうしてレックスは他の女性と出かけるのか。なぜ私だけを愛してくれないのか。
別に束縛しているつもりはない。ただ、私がレックスを愛しているのと同じだけ、レックスに私も愛してほしい。結婚式で誓ったように、病める時も健やかなる時も自分だけを愛してほしい。
ノンナが泣き止むまでぼんやりしていると扉がノックされた。
開けると、イザークがワゴンと一緒に立っている。
「公爵家には使いを送りました。喉が渇くと思いまして」
「ありがとう」
紅茶を淹れようとミュリエルが用意していると、イザークは買ってきてくれたものをテーブルに並べている。まだ泣いているノンナの方を見ない気遣いまである。
「甘いものがあるといいかと。神殿の側には店がたくさんありますから。まだギリギリ開いていました」
「あなた、うちじゃなくて城勤めをした方が良かったんじゃないかしら」
「いえ、過労で死にそうなので」
神殿で食事も出るが、食堂まで行かないといけない。それを見越してイザークはここまでしてくれたのだ。
これだけ気が利いて先回りできるなら、城に勤めた方がいいだろうに。と思ったが、城には城で事情があるようだ。有能な人ほど多く仕事を振られちゃうってことなのかしら。
紅茶を淹れ終わり、テーブルの上においしそうなチョコレートや焼き菓子が並んだところでノンナのしゃくりあげる声はやっと落ち着いた。




