13(ペトラ視点)
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「あんたって、公爵夫人に指示されてミュリエルにあんなことしてたわけ?」
女性は黙って首を振る。
「喋るくらいできるでしょ」
癖で女性の胸倉をつかむと女性はすぐにペラペラ喋った。
「め、明確にこうしろと言われたわけではありません」
「ふぅん。じゃあ公爵家の侍女って聖女をいびれるほど立場が上なんだ?」
「そのようなことはございません」
「ふぅ~ん。みんな結構いびってたわけ?」
「……我々使用人は公爵や公爵夫人の態度を見て判断するところがあります。ですが、聖女様ということを失念するべきではありませんでした。皆ではありません。公爵夫人付きの侍女に関して言えば皆でしょう」
ねぇ、ミュリエル。
あんた好きな男と結婚したのに、こんな目にあって平気なわけ?
女性の胸倉を乱暴に突き放す。
アタシはあのレックス・スタイナーって男は大嫌い。でも、ミュリエルが幸せならそれでいいって思ってたんだよ。
あの時、本気で止めときゃよかった。あいつが原因でミュリエルが傷ついて手首切ったあの時に。
ミュリエルはあいつと婚約してから感情豊かになった。主に負の感情面で。
あいつも最初の頃はよく神殿に来て、ミュリエルと喋ってたっけ。風向きが変わったのはあの野郎が学園に入ってから。
貴族は家庭教師雇えるほど金あるんだから、学園なんて通わせる必要ないだろ。
学園に入ってあいつは他の女と遊び始めた。
あいつは肝の小さい男だから、体の関係などなく一緒に出かけるくらいの軽いものではあったが。ミュリエルは当然、怒ったり泣いたりしていた。
しばらくして神殿に変な女が出入りするようになった。学園に行っているような年齢の貴族の令嬢だ。アタシはその令嬢が最初からいけ好かなかった。アタシの直感はよく当たる。
ミュリエルは学園に行っておらず、同年代の友達があまりいないのもあって令嬢が来ると時間を作っていろいろ喋っていた。
その令嬢がミュリエルから聞いたレックス・スタイナーの情報をもとに、あいつに近付いていたことを知ったのは半年ほどたってからだった。
神殿に来るおばさんたちは情報通だ。中には親切に見せかけるお節介な人もいるが、熱心な信者はそんなことはしない。
そこからレックスと件のご令嬢がデートしていたことがミュリエルの耳に入った。
アタシは忘れたくても忘れられない。
ミュリエルの部屋に入った時の、天井に走る血と青白いミュリエルの顔。
もっとひどい現場に向かって治癒したこともあるのに、忘れられない。
友達だと思っていた令嬢と婚約者に裏切られてたんだから。アタシは女も悪いと思うが、もっと言えば引っ掛かるあいつが数段悪いと思う。
あの時さ、無理やりにでも説得して婚約をやめさせりゃ良かったよ。ミュリエルはあの時から諦めていた少女に戻ってしまった。
ねぇ、ミュリエル。
あの男はあんたと向かい合う覚悟がない肝も器も小さい男だよ。一人の女に向き合えない男なんて人生に必要?
あいつはミュリエルに依存してるだけ。依存度合が大きくて他の女にも依存しに行く。でも主導権は自分に欲しいからミュリエルを試す。
「聖女様」
護衛騎士に呼びかけられて気付くと、ペトラは女性がいた場所からだいぶ歩いていた。
「あぁ、考え事してた」
「葉巻でもどうですか?」
「いいね」
立ち止まって護衛騎士から差し出された葉巻をもらう。
「帰ったら葉巻買って返す」
「いいですよ」
ペトラにあまり同行しない騎士たちは少し離れたところにいる。
「あいつら、聖女に幻滅してないかな。こんなことすんの、アタシくらいだから」
「ペトラ様が葉巻を吸ってるのを騎士たちは知ってますよ」
「あっそうなの」
厩舎の裏で吸ってたらそりゃ分かるか。
「ペトラ様はいつも他人のために怒っておられます。俺は聖女らしいと思いますよ」
「それは違うよ」
ミュリエルは公爵邸での件をアタシに言わなかった。アタシがラルス神殿長から聞き出しただけだ。
アタシはミュリエルに関して怒ってるだけ。
いや、違うか。ミュリエルに関して何にもできない自分に怒ってるだけ。
聖女らしくない方がアタシはいい。そうじゃなきゃアタシはペトラじゃなくなってしまう。




