11(ペトラ視点)
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「ペトラ様、ありがとうございました」
「ん。じゃあアタシは帰るから」
「あの者は現在、西地区の掃除をしております」
「ありがと」
他地区の神殿での業務が終わり、ペトラは大きく伸びをした。
「各地の聖女の力って思ったより弱いわね~」
こりゃあ、上層部も焦るわけだな。
ペトラはよく他の神殿を回っているが、各地の聖女の力が弱い。もともと弱い場合と力が弱まった場合があるが。
「ペトラ様、どちらへ行かれますか?」
「ちょっと野暮用。西地区に行く」
「すぐ近くですね」
帰るルートではない方向へ足を向けるペトラに、ある護衛騎士は慣れた様子で聞く。ペトラの野暮用は買い食いだったり、お土産の物色だったり、葉巻休憩だったりと多岐にわたるが今回はそのどれでもない。
護衛騎士の中でも何度もペトラに同行してくれる騎士たちは慣れた様子で付いてくる。ペトラに同行したことがない騎士たちは困惑した様子だ。
ペトラは平民出身の聖女、しかも孤児だ。
伯爵令嬢だったミュリエルと違って、ペトラは殴る蹴るのケンカはよくやってきた。以前、ペトラの腕を「早く治癒をしろ!」と乱暴につかんだ男性をうっかり殴ったこともある。普段はそこそこにしているが、口だって悪い。
途中で串焼きを買って護衛騎士たちにもあげながら西地区までぶらぶら歩く。
食べ物を他人の分まで買うなんて孤児院時代は考えられなかったことだ。お腹いっぱい食べられる日がなかったから、どれだけ他人のご飯をかっぱらうかしか考えていなかった。
孤児院で唯一、治癒魔法が使えると分かりペトラはすぐに神殿に送られた。神殿に来てから初めてお腹いっぱい食べられた。最初は満腹が分からなくて、食べ過ぎて吐いていた。
ペトラの育った孤児院はもうない。実情を知ったラルス神殿長が潰したから。ペトラは悲しくもなんともなかった。
神殿で出会ったのがミュリエルだ。全く手入れしていない痩せぎすの自分とは違って、貴族の令嬢のミュリエルは飾られた人形のように綺麗だった。ペトラは最初「こんな綺麗な子いるんだ」と思った。すさんだ心のペトラから見てもミュリエルは綺麗だった。
でも、ペトラもミュリエルも大して力がなくて同じように落ちこぼれだった。
「血筋が良くっても関係ないんだ?」
「いいじゃない。貴族なら生活には困らないんだし」
「床拭くよりもさっさと実家に帰った方がいいよね~」
「いいよね、お貴族様は働かなくっていいんだからさ」
「床拭くなんて使用人の仕事じゃん。あの子、まじめにやってて笑える」
力があると判別された少女たちは、黙々と神殿の床を拭くミュリエルを見てクスクス笑う。平民の子たちが多かったから、貴族に対してどこかで上に立てるのはさぞ嬉しかったんだろう。
そもそも神殿の床、いつ見てもピカピカだから磨く必要ある? 鏡になりそうなくらいピカピカだけど。
ミュリエルは他の少女たちのことは気にせず、黙々と与えられた作業をしていた。落ちこぼれ判定をされると、訓練ではなく下働きのようなことをさせられるのだ。
「あんた、あいつらのこと気にならないの?」
ペトラは一度聞いたことがある。貴族に対する口の利き方ではなかったが、これ以外の口の利き方を知らないのだから仕方がない。ペトラはあの少女たちに同じように笑われたが、普通に拳で黙らせた。孤児院育ちはケンカが強いのだ。伊達に生活を賭けていない。
ミュリエルは首をかしげると、ちょっと考えてから言った。
「同じ立場で言い返しても意味がないから。言いたかったらずっと言わせておけばいいわ」
ペトラはこいつ、達観してんなと思った。
それは間違いだった。ミュリエルは孤児院育ちのペトラよりも、ずぅっと諦めている女の子だった。
「婚約して変わったと思ったけど」
ペトラの独り言は騎士にも届かないほど小さい。
婚約してからのミュリエルは普通の女の子に見えた。嫉妬して怒って贈り物や手紙に一喜一憂して。
あぁ、この子は諦めてなかったんだとペトラはどこ目線か分からないが安心したものだ。
「ペトラ様」
騎士が指差す方向を見る。
「あぁ、ありがと」
ぼんやり歩いていたから目的を通り過ぎるところだった。頻繁に同行してくれる護衛騎士はよく心得ている。
視線の先には一人の女性が疲れた様子で掃除をしていた。




