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「該当の使用人が判明しました」
「そう」
家令から腐ったミルクを紅茶に入れた使用人の処遇を聞かされる。やっぱり義母付きの侍女の一人の仕業で故意に混入させたものだった。嫌がらせである。
「鞭打ちで解雇の上、聖女様を害そうとした罪で神殿に引き渡しが妥当かと思うのですがいかがでしょうか」
「いいんじゃないかしら。神殿も引き渡しを主張しているからその前に公爵家として罰を与えるしかないわ」
予想していた相手だったので意外性はない。家令の示す処罰も妥当だ。
「この件、お義母様はご存じ?」
「侍女がやったことについて報告しております」
「あぁ、違うのよ。お義母様は私のことがお嫌いなようだから、すべて知っていた上で放置していたのか見て見ぬふりをしたのかと思って」
ミュリエルは軽く微笑んで家令を見る。意地悪な質問だろうが、ミュリエルは安心して過ごすはずの家で腐ったミルクを入れられたのだ。
家令は表情を変えずにミュリエルと視線をしっかり合わせた。
そして数秒の後――
「そのようなことはございません」
「ふふ。そうね。公爵夫人がこんな小さいことしないわよね。変なことを聞いてしまったわ」
家令は礼をすると出て行った。
おそらく彼は中立の立場を貫くだろう。黙って仕えていればあと五年ほどで年を理由に退職できる。退職金をもらって安泰な老後を過ごしたいだろうから義母側につくこともない。
神殿にも犯人や処遇を追加で報告しておく。
義母の元侍女がどうなるかはラルス神殿長の采配次第だ。
「聖女様にお客様がおいでです」
「あら? 約束はないはずだけどどなたかしら?」
たまにこういうことがあるので、騎士や公爵家の護衛とともに指定された部屋に向かう。
多額の寄付をしている人の中には「聖女様に悩みを聞いてほしい」と願う人もいる。そういう人は他の人々とは別に個室で話を聞く。もちろん騎士と神官も一緒だ。
今日の護衛の中にはイザークもいるが、イザークたちはその部屋には入れないので神殿の騎士が一緒に部屋に入る。
部屋にはレネイ嬢が一人で座っていた。カフェで会ったご令嬢である。
「あら、昨日もお会いしたのだけど。ごきげんよう」
意外に思いながらミュリエルはにこやかに挨拶して対面に座る。挨拶は会釈で返ってきた。
「あの……聖女様と二人で話したいのですが」
「それはできません。聖女様が害されるようなことを避けるために我々はいるのです。我々の前で話せないのであればお引き取りください」
神官が声を張り、ミュリエルの代わりに規則を説明する。
昔は聖女を誘拐しようとしたり、害そうとしたりする事件があったためできた規則だ。最近は神殿の前での抗議活動もあり、ミュリエルの紅茶のようなこともあるので騎士たちも少しピリピリしている。
「でも……」
レネイ嬢はぎゅっとワンピースドレスの裾を握る。
「このお話はスタイナー公爵家にかかわるのであまり他の方は聞かない方がいいと思います」
「あら、大丈夫よ」
ミュリエルは飄々と答える。あ、貴族相手なのに話し方がうっかり砕けすぎてしまったわ。
「守秘義務がありますから。あなたの悩みをお聞かせくださいませ」
さっきの口調をごまかすべく、祈りを捧げるポーズをする。
レネイ嬢はしばらく拳を握ったり開いたりして迷っている素振りだった。神官が時間を気にしてせかそうとするのをミュリエルは何度も視線で制した。
「私のお腹にはレックス様との子供がいます」
微動だにせず待機している騎士たちに別の緊張が走った。
「あら、そうなのね」
対するミュリエルは落ち着いていた。
良かった。スタイナー公爵家は内乱の計画を立てています、なんて言われたら怖いなと考えていた。そんなことはないのだけれど、公爵邸を捜索されるのって嫌だもの。もしかしたら義父が税金をごまかしてるかもしれない。あ、もちろんこれは可能性の話だけど。
「それは、父親がレックス・スタイナーということかしら?」
「……はい」
「私の夫であるレックス・スタイナーのことね?」
「……はい」
「イザークを呼んできてくれる?」
騎士に頼んでイザークを呼んできてもらう。イザークはレックスの補佐なので何か知っているかもしれない。
「出産は来年くらいかしら?」
「はい」
「これからレックスの補佐にも確認するけれど、それが終わったら生まれてからまた来てくれるかしら? 出生書類もそろえて」
「……え……?」
レネイ嬢は信じられないと言いたげな表情をした。




