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「以前ペトラが信者の方からここのお菓子をもらっていて。来てみたかったの」
「人気店みたいだね」
レックスを誘ってみると、渋ることなく後日一緒に出掛けてくれた。
以前ルーシャン殿下の話をするとレックスは面白くなさそうな顔をしていたので、殿下の名前は敢えて出さなかった。二人は同い年で何かと比べられたのだろうなと余計なことを言わないでおく。
お菓子も売っているが、奥にはカフェスペースが広く取ってある。ここにルーシャン殿下はお忍びで来て盗み聞きしようとしたわけね。
高めの値段設定なので身なりのいい客が多い。中には神殿でよく会う信者もいるので軽く会釈したり、挨拶したりして席につく。
「ここには来たことあるの?」
「いや、こういうところは入りにくいし来ないよ」
ルーシャン殿下に目撃されたことを知らないのか、それとも殿下の見間違いかウソだったのか。レックスは首を振る。
「学園の授業終わりにみんなで出かけるものかと思っていたわ。憧れるわ、学園生活」
「課題が多かったからそんなに頻繁に出かけれないよ。テスト終わりならありかな」
「そうなの。テスト終わりの打ち上げね」
「そうだね、あぁ、でもイザークみたいなタイプは全くそんなことしていなかったな」
「あら、そうなの。あまり出かけるのが好きじゃないのかしら」
「そんな感じだね、遊ぶのが苦手というか真面目なんだろう」
「彼とも学園で一緒だったのね」
二人で他愛もない話をしながら、ケーキを食べる。
そろそろ現れるだろうか。
「あ、レックス様!」
やっぱり来た。それと同時にルーシャン殿下の言っていたことが嘘でないと分かり、ミュリエルの心に黒いものが広がる。
レックスが慌てて振り返る。ミュリエルの視線の先には以前ルーシャン殿下から教えてもらった子爵令嬢がいた。商売で成功しているレネイ家のご令嬢で地味だが仕立ての良い服を着ている。聞いていた特徴ではそばかすがあるはずだが、メイクで綺麗に隠している。
私は神殿でわざとこのカフェに行ってみたいとか、レックスとここに行くんだと周囲に聞こえるようにしていた。おかげで熱心な信者の方々もこのカフェでお茶をしているのだが、件の子爵令嬢もしっかり釣れたのだ。
「奥様とご一緒なんですね」
仕立て屋で会ったシシリー嬢より礼儀がなっているだろうか。いや、既婚者と二人きりでカフェに入るくらいだから頭のネジはどこかおかしいのだろう。
私が一緒なのは見てすぐに分かるはずなのに、わざわざ近付いてきたあたりは性格が悪い。愛人狙いなのか、妻狙いなのか。
「レックス。紹介して?」
「あ、あぁ。学園の後輩のレネイ子爵令嬢だ。こちらは妻のミュリエル」
「ごきげんよう。まぁ、後輩の方だったのね」
ミュリエルは微笑みながら挨拶する。彼女も挨拶を返してきた。
「レックス様はチーズケーキお好きなんですか? 前ここに来た時、ケーキは食べておられなかったのに」
睨んでこないからレネイ嬢はレックスの愛人狙いかと思っていたが、そうではないらしい。
これは私たちを喧嘩させるためにわざと匂わせて言ってるわね。そもそも、レックスは甘いもの結構食べるのよ。私よりも食べる時があるもの。
「あら、レックス。このお店には来たことがないんじゃなかったの?」
「い、いや。彼女の気のせいか間違いだろう」
「そうよね。レックスはケーキが好きだもの。こんな素敵なお店でケーキを食べないなんてありえないわ」
レックスは焦っているのか少し目が泳いでいる。
「もしかしたら学園時代に行った他のお店と間違えているのかしら?」
「そ、そうだよ」
「いいえ、レックス様とは先週ここに来ました。店員に聞いたら覚えていると思いますわ」
「あら、だってよ? レックス?」
「ち、違う!」
何も知らないふりでレックスに聞いてみる。レックスはいい加減認めて「仕事の話で来ただけ」とか「君がしつこいから来ただけ」と言えばいいのに、焦って否定してくる。
「まぁ。どちらなのかしら。でも、どちらにしてもレックスがケーキを食べていないならそこまで仲が良くないのでしょう? レックスって甘いもの好きだもの。仲の良い方とは必ず食べるじゃない? 今日はもう一つ追加で食べる?」
「あ、いや……ここで食べずに両親にも買って帰ろう」
「それはいいわね。お義父様も最近忙しそうだから。お義母様も甘いものはお好きだものね」
レネイ嬢を放っておいて、レックスと二人でしか分からない会話を続ける。
「あ、ごめんなさいね。せっかく挨拶に来てくださったのに時間を取ってしまって。私たちはもうすぐ帰るから。今日は婚約者の方とお越しなのかしら? 買い物の休憩?」
あなたのことなんて歯牙にもかけていませんよ、と意味を込めて微笑む。このくらいで懲りたかしら。私が大して仲が良くないんでしょうとアピールしたから、明日には既婚者に言い寄る令嬢としてウワサがたってしまうけど。
「あ、婚約者の方がいらっしゃるならレックスのことは名前で呼ばない方がいいわ。マナーとして良くないでしょう? ねぇ、レックスどう思う?」
「あ、あぁ。そうだな。いつまでも学園にいる気分でも困るからね」
学園でも婚約者がいる男性の名前を呼ぶのはアウトだと思うけれど、ここでは追求しないでおく。神殿の下働きの子だってそんなことはしない、ミュリエルだって知っている。
「し、失礼します」
レネイ嬢はコップの水をかけるわけでもなく、ハサミを振り回すでもなく店から出て行ってしまった。レックスがかばってくれるかと思ったら否定されたからショックだったのよね。
「あら、急いでいたのかしら。お邪魔をしてしまったかも」
「そんなことはないよ。たまたま見かけて声をかけたんじゃないかな」
「そう。でもウワサになってしまうからレックスは気を付けた方がいいわ。レックスが優しい人なのは知ってるけど」
「あ、あぁ。なんだか誤解させたみたいで……」
「レックスがカッコいいからご令嬢が勘違いしてしまうのね」
そっとレックスの手を握る。レックスもちゃんと握り返してくれたが、結局彼は煮え切らない態度のままだった。
衆目なのでここで問い詰めたりしないけれど……レックスは懲りたのかしら。




