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近いうちにまた12時、21時の二回更新に戻すかもしれません。またお知らせしますね!
何もしていないと、さらに惨めな気分になる。
だからミュリエルはいつも以上に仕事に没頭した。レックスから任された書類もいつもより集中しているせいか早く終わってしまう。
義母はあれから大人しい。神殿に向かう前や晩餐の際のネチネチした説教はなくなり、ミュリエルの顔色をうかがう素振りもある。
侍女の数はきちんと確認できていないが、急に誰か辞めさせられた話は出ていない。となると、義母付きの侍女はそのままか。
考え事をしながら紅茶のカップに口をつけた。飲み込むと体が内側から熱くなる。
これは紅茶の熱さのせいだけではない。ミュリエルは紅茶に鼻を近づけて香りを嗅ぎ、すぐにベルを鳴らした。ちょっと鼻が詰まり気味だったから、油断した。
「家令を呼んでちょうだい。至急よ」
ミュリエル付きの侍女は困惑した様子で家令を連れてきた。ミュリエル専属の侍女たちとは徐々に打ち解けていっているが、神殿で働いている時間が長いのでまだしっかりとした関係は築いていない。
ミュリエルのこんな険しい様子を見るのも初めてだろう。
侍女長でもいいのだが、侍女長は義母に従う可能性が大いにあるので家令の方がいいと判断した。
「仕事を中断させてごめんなさいね。これを用意した者を至急調べてほしいの。このミルク、腐っていたわ。誰かが意図的に混入したのかもしれないわね」
家令は素早く紅茶を確認すると、顔を顰めた。侍女は青くなって首を振っている。
化粧や髪型のセットは得意だがお茶を淹れるのは得意ではないので、彼女ではないだろう。私が頼むと、違う人物が淹れているはずだ。
「申し訳ございません。普通のミルクと混ぜてあるようですがよくお気付きに」
「治癒魔法が自分にかかった感覚があったわ」
「なるほど」
家令は紅茶をワゴンに載せると、侍女に指示を出す。
「私も仕事に没頭してうっかりしていたわ。誰にでもうっかりはあると思うの。うっかり間違って悪くなったミルクを使ってしまったならいいんだけど、これが故意なら神殿に報告して調査が入る案件よ」
「はい、すぐに調べます」
家令は分かっているようだが、侍女は分かっていないようだ。
「聖女を害そうとしたのも神殿にとっては問題なのだけれど、私にとって問題はそこではないの。私が怪我をしたり今日のように悪いものを口にしたり、毒を盛られたりした場合、私の意志とは関係なく治癒魔法が自動で私にかかってしまうの。つまり、治癒魔法の無駄遣いね」
「そ、そんなことは……」
治癒魔法の無駄遣いという部分に家令と侍女は反応して首を振る。
「もしも明日、大きな事故が起きて聖女が治癒魔法を行使せざるを得ない事態になった場合、今日自分にかかってしまった分を誰かに回せたかもしれないわ。私たちは何度でも際限なく治癒魔法が使えるわけではないの。魔力にも限りがあるし、相手の症状や状態によって使う魔力量も違う。一度治癒魔法を使ったらすぐ回復するわけではなく、数日かけてゆっくり回復していくわ。今回の件がもし嫌がらせなら、無駄に治癒魔法を使ってしまったことになるわ」
義母に嫌がらせで治癒魔法をかけようかな、なんて少しでも考えていたミュリエルが言うことでもないが……。
聖女に下手な嫌がらせをすると困るのは国民なのだ。神殿に多額の寄付をしている王族や高位貴族は優先的に治癒魔法をかけてもらえるだろうから、本当に困るのは立場の弱い人達。
この前神殿で抗議をしていた人たちの中にも、家族が病気になるとこっそり神殿に来て治癒魔法を受ける人はいる。
家令と青い顔をした侍女が部屋を出ていく背中を見送って、手元の書類に目を落とす。
あの侍女ではないでしょうし、目を離した隙に誰かが混入させたのかもしれないわね。
ここまで言っておけば大丈夫だろう。
軽い嫌がらせのつもりでしょうけど、思ったより大ごとになって困るのは犯人だ。
残念ながらミュリエルの肩書は聖女だ。
いくら治癒魔法にデメリットがあるといっても、急に治癒魔法なしでやっていけるほど世界は甘くない。医者にかかったって数分で毒の症状が完全に消えることはないし、折れた足がすぐ元通りになるわけじゃない。医者より早く治せるのは治癒魔法だけだ。
ペトラが前に言ってたっけ。「聖女は給料がいいんだけど。アタシは落ちこぼれ聖女候補で、毎日イスや床拭いて神殿周り走ってた時が楽しかった」って。
なんとなく、ペトラの言っている意味が今ならよく分かる。変な重圧を感じなくて済むから。
なんであの時、覚醒してしまったのかしら。
聖女だからレックスとスムーズに結婚できた。聖女じゃないただの伯爵令嬢なら無理だっただろう。でも、聖女でいるせいでレックスと溝ができている気がする。気のせいだろうか。
最近、魔力が増え続けている原因も分からない。
置いたままのルーシャン殿下からもらったお菓子が目に入った。ラッピングのリボンに店の名前が書かれている。
「私からレックスにここに行ってみたいって誘ってみようかしら。こうやって仕事ばかりしていても惨めなままだもの」
紅茶の件が片付くまで屋敷にはおらず、外出機会を増やした方がいいかもしれない。
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