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ミュリエルは耳を疑い、反応が遅れた。
義母だってなかなか子供ができなかったではないか。
「耳が悪いのかしら。子供はまだかと聞いているの」
義母が顔を歪めている。
この前、義父が急に帰って来たのだからそんな顔はしない方がいいのではないだろうか。この現場をもし義父に見られたらどうするのだろう。
「まだです」
正直に言うと、ため息をつかれた。
聖女は子供ができにくい。有名な話だ。だから、お互いよほど好き合っていない限り王族に嫁ぐことはない。
昔、聖女は王族と必ず結婚していたそうだが後継ぎが産まれず、陰口で精神を病んでしまった聖女もいたほどだ。歴史を見てみても、子供ができにくい上に流産が多いのだ。
「レックスが産まれたのは結婚してしばらく経ってからと聞いておりますが、お義父様のお加減でも悪いのですか?」
正確には結婚して六年後にレックスが産まれているはずだ。三年経って子供ができないといろいろ言われるが、ミュリエル達の結婚から半年しかたっていないのに聞く方がおかしい。
「そんなわけないでしょう」
「そうですか、安心しました」
義母は義父が病気かと疑われたのが不快なのかムッとした顔だ。義母が不快に感じるポイントがいまいち掴めない。
ミュリエルのことは基本的に気に入らないようなので、何を言っても無駄なのかもしれない。
そもそも、義父は聖女に子供ができにくいことをきちんと理解しており、婚約の段階でも伝えている。それを確認してから婚約を結んだのだ。いざとなったら養子を迎えようと話もしていたはずだが、義母の考えは違うのだろうか。
「レックスが産まれたのは結婚して六年目でしたか? 子供は授かりものですし、何を焦っておられるのでしょう」
義母が嫌がらせのために聞いているのかわからないが、探りを入れておく。
「後継ぎは早い方がいいわ」
「そうですか」
レックスが誰か妊娠させたなんてことはないと思うが……まさかね。
義母はミュリエルのことが嫌いなのだろうから、レックスが他の人を妊娠させたらむしろ喜びそうだ。こんなことを聞いてきそうにはない。
「あなたは次期公爵夫人の務めをただでさえ果たしていないのだから、後継ぎを産むくらいはさっさと果たしてほしいものだわ」
「レックスに割り振られた仕事はこなしております」
「そのくらい当たり前でしょう」
いやいや、義母は執務にはノータッチなはずだ。自分は何もしていないことを当たり前などと言われるとこちらも不快だ。
「お義母様は執務をこなしておられないのではなかったのですか」
「旦那様に言われたことはこなしているわ。レックスに言われたことなら、こなすのは当たり前でしょう」
義父に言われたことって、基本的に義母がやっているのは社交ではないか。領地に関する仕事は義母には振られていない。
ミュリエルは聖女としての仕事があるので義母ほどお茶会に精力的に参加しているわけではないが、貴族との交流は聖女としてお茶会以外の場でやっている。
神殿に集まる話によると、義母の評判はあまり良くない。他の公爵家のご夫人方が領地運営や商会運営、慈善事業などに熱心なので義母は埋没してしまっている。
ミュリエルはだんだん腹が立ってきた。最近、ネチネチした義母のお説教が復活してきたせいでもあり、レックスに聞くに聞けていない件でモヤモヤしていたからというのもある。
「お義母様こそ務めを果たしておられないではありませんか」
今があのタイミングなのかもしれない。ふっと笑みをこぼしながらミュリエルは口にした。
「まぁ! 何を言うの! 出来の悪い嫁の癖に!」
「カーラ・ローゼン」
ミュリエルが女性の名前を口にすると、義母は固まった。
「私が知らないとでも思いました?」
義母が徐々に青ざめていく様子を見て、ミュリエルは笑顔を浮かべた。




