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「あなたはレックスの補佐のはずなのにここにいていいの?」
「命令ですので」
ローテーションで週に数回、公爵家からの護衛につくイザークにミュリエルは気になって聞いてみた。
「大してやることもないし補佐の仕事もあるのだし、不本意じゃない? いいのよ、私からお義父様に伝えておくから。神殿では騎士もちゃんといるわ。大げさなのよ」
イザークからおかしな視線を感じたのはあの二度だけ。結婚式の後のパーティーの時と、イザークを紹介された時。
イザークは他の人に比べて口数が極端に少ないので護衛されて嫌ということはないが、気になるものは気になる。
「いざという時は聖女様の盾くらいにはなれます」
「やめてちょうだい」
イザークのあっさりした返答にミュリエルはため息をつく。まさかシシリー嬢の騒動でこんなことになるとは予想もしなかったのだ。イザークが補佐としていなかったらレックスも困るのではないだろうか。
「レックス様なら私がいない方が気楽でしょう」
イザークはミュリエルの心を見透かしたように言う。
「口うるさい私がいると煩わしそうにされるので」
「そ、そうなの」
イザークは皮肉っぽく唇の端を釣り上げた。その様子がいかにも似合っている。
レックスは絵本の中の王子様のような風貌なので、レックスがこんなことをやると性格が悪そうに見えてしまうだろう。しかし、イザークはもともと冷ややかな印象を与える人だ。彼が皮肉っぽく笑う様子はクールと表現するほかなかった。
「聖職者しか入れないエリアに聖女様がいらっしゃる時は他の仕事をさせてもらっています。それに聖女様の役に立っていれば母も喜びます。家に帰らず仕事をしているだけで親孝行できるのですから、安いものです」
今日のイザークはよく話す。そんなことを思っていると、イザークはなぜか少し声を潜めた。
「うちの母親、話が回りくどくて長いのです。実家に帰ると延々お喋りに付き合わされるので……。聖女様の護衛をしていると言えば母の顔を立てられて、親孝行にもなるので正直助かります」
イザークが悪いことでもしているように声を潜める様子と会話の内容に思わずミュリエルはふふっと笑みをこぼす。
「やっと笑いましたね」
「え?」
「最近、ペトラ様の前でしか笑顔を見せておられなかったので。公爵家では険しい顔ですから。安心しました」
「あ……」
胸が熱くなる。冷たいと思っていたイザークの柔らかい包み込むような視線から目をそらした。
公爵家では義母の小言とレックスの帰りが遅いことで緊張状態だった。顔に出ていたのだろう。
「ペトラの結婚が近いから気を張っていたのかも。彼女が私の結婚式の時に頑張ってくれたから、私も頑張らないとね」
適当な言い訳にイザークが無言で頷く気配がした。
彼の顔を見れない。いつも無表情な彼のあんな優しい視線を向けられるのは怖い。あの目の奥になにか別の温度がある気がした。
レックスは?
レックスはあんな目で私を見てくれている?
彼とレックスとの差を視線一つで見つけてしまいそうなのも怖い。
愛にも恋にもさまざまな形がある。信者から相談を受けてそれを知っているはずなのに、イザークを見ると自分の中の観念が壊れそうになる。私はレックスをあんな目で見ているのだろうか。
「そうだ。ペトラと少し話してくるわ。結婚祝いの件で。きっとお金がいいんだろうけど」
「分かりました」
これ以上考えたくなくてペトラの元に逃げることにする。背中には相変わらず柔らかい視線の気配がした。




