その81
(お、おま、まさか神経繋いだまま眼球摘出して!?)
『こえーよ。つか普通に俺のイケメンフェイス見えてんだろうがよ』
(ぶふっ、イケメンフェイスて)
『お前それ自分のことも貶めてるからな』
おっとそういえばそうだった。
こうしてはっきり姿を見るのは初めてだったからうっかり仲のいい他人を弄る感覚で言ってしまったがテレビに映るビージと俺は同じ顔だった。
うん……まあ、イケメンかどうかは置いておいて醜くはないかな。うん。
そんなやり取りで画面に映るのは正真正銘ビージ本人であることは確信したけどなんでビージの視覚にビージ本人が映ってるのか。
まあ、考えるより聞いた方が早いな。
(ところでどうしてお前の視覚にお前が映ってるんだ?)
『無論、そういう魔法を使ってるからな。視点を別の場所に変える魔法をな』
(視点を変える……こうか!)
ビージが創った魔法も能力共有ですぐにそれを再現できるから早速とばかりに使ってみると一瞬視界がぶれたかと思えば正面少し離れた場所へと視点が映り俺とニュートが並んで座っている光景が見える。
しかしまあ、気持ち悪いなこれ。目が回りそうだ。
(すげえ違和感あるし気持ち悪)
『最初はそうなるよなー。まあすぐ慣れるって。意識すれば元の視界も見れるし見せるビジョンだけ別の視点のものにするのもできるだろ?』
言われたように意識してみれば確かに元の視界に戻った。
その上で視点移動の魔法もしっかり発動しており、テレビに映るビジョンを限定するのと同じような調整で移動した視点だけビージに見せることも出来そうである。
『調整できたら教えてな。こっちからもそっちの様子見れるようにしたいし』
(ほいほい……っと。よし、これでいいはず)
ビージの要望に応えサクッと調整を終わらせて、完了したことを告げれば画面の向こうでビージが指をフラフラと揺らしながらブツブツ呟き始めた。
向こうもビジョンの投射魔法を調整しているようだ。
『こう、こう、こうで……こっちはテレビとか無いからホログラムにするとして……よしできた――うわっ、ガチ竜人が居る!? って、そうか。あんたが話に聞いてたニュートか』
『あら、本当にビージさんそっくり。あなたがビージさんの元となった存在なのですね』
どうやら無事向こうも俺たちの姿を見れるようになったようだ。いよいよもってビデオ電話じみてきたな。
しかしユナ様はニュートを見ても全然動じない。
まあ、見た目こそお淑やかなお嬢さんであるがその実最強のお姫様だし、神の慈悲を笑顔で利用する王族の一人なのだから当然と言えば当然かもしれない。
「ふむ、話の流れを見るにそちらからは今私の姿が見えているというわけか。お察しの通り私はここのユージによって生まれた存在のニュートだ。まあ異世界へ渡った方とは今後関わることなどそうないだろうが一応よろしく頼む」
『おう、よろしくな』
それからニュートとビージが挨拶を交わし、その後はしばらく軽い雑談を交わした。
最初にいつでも魔王の封印を解けるとビージが豪語していたし、呑気に会話する暇があるのかと思ったりもしたけども、まさかガチで封印された魔王の真ん前で呑気にこちらからの念話を待っていたわけでもなかったようでそれなりに移動時間を要するためにその時間潰しも兼ねていたりする。
その最中にユナ様とニュートの間で言葉が通じていないことも発覚したが、すでにその辺りも調整して解決し、ビデオ電話魔法は効率的且つ多機能なものとなっていった。
まあ、俺とビージたちとの繋がりを利用したものなので他の誰かに使えるものでもないのであんまり意味は無いけども。
そうして雑談しながらもテレビに映るビージたちは森の中を進んでいき、やがてそこへ辿りついた。
鬱蒼とした森の奥。
忽然と草木が途絶えて空き地となったその場所。
魔王が封印されし場所へと。
鬱蒼とした森の奥で忽然と草木が途絶えて空き地となったその場所の中央、そこには禍々しさを感じさせる赤黒い水晶が鎮座していた。
よく見ればその水晶の中には何かしらの人型の影が見え、画面越しですらなんとも言い難い圧を感じる。
「すげえ、まるでゲームもいよいよ終盤突入ってところでようやく魔王の姿を捉えたみたいだ」
『いや、そのまんまじゃん。もっとうまく例えろよ』
そうはいってもマジでそんな感じなんだもんよ。
テレビで見てるから余計にそう感じてしまう。
いやあしかし、画面越しでもこの迫力なら現地にいるビージとユナ様はもっと強烈に感じてるんだろうな。
おっと、今動いたか?
『魔物の暴走が過去の記録よりも早かったのでもしやとは思いましたが……やはり意識はすでに覚醒しているみたいですね。此度の魔王は少々早起きのようです』
『あー、そういえばそんなこと言ってたな。あ、今回魔王の早期に討伐することに賛成だったのもその辺りが原因か』
『ええ、悠長に魔王の復活を待っていたのでは被害が増えそうでしたので』
見間違いでもなくやはり水晶の中の魔王は動いてるらしい。
過去の記録と違うってのは色々イレギュラーな事態が発生してそうで俺は画面越しに見てるだけだってのにちょっとドキドキするが 当事者二人は随分落ち着いた様子で会話をしている。
内一人は俺の分体だと言うのにこの差はまさしく潜ってきた修羅場の数の違いによるものだろう。
それから軽く話を続けていた二人だが、ふとユナ様が静かに水晶へと目を向ける。
『――さて、いい加減封印された振りはやめてでてきたらいかがでしょう? 気を窺っているのがバレバレで呆れてしまいます』
静かに、それでいてどこか嘲笑うかのような調子で告げられる言葉に合わせ画面の映像は無駄にユナ様の口元にズームされ薄ら笑みを映した。
それからピシッという音が走った瞬間、映像は水晶の根元の部分へと走り次第に下から上へと移り、徐々に割れていく水晶を映す。
……この状況でなに映画演出の真似事してんだあの阿呆。
そんなんされたらこっちも映画見てる風に感じて思わず楽しんじゃうでしょうが。
などと考えている間にも水晶はどんどんひび割れて最後には内側から爆ぜるように砕けその破片を周囲に撒き散らした。
そうして現れたのは殆ど人と変わらぬ姿をした一人の男。
血が通っていないようにも思わせる青白い肌に光を反射しない黒色の少し乱れた長髪。痩せ細って影る顔に時折赤黒い光の見える罅が紋章を描き、鋭い目付きに収められた瞳は酷く濁って淀んでいて、どこか不気味で不安を煽ってくるよう。
そうして、水晶の中から現れたそいつは静かに地に降り立つとその濁った瞳をビージたちへと向けた。
そんなラスボス然とした佇まいに思わずごくりと唾を飲む。
『フン、小賢しい――』
「あーこれ、ポップコーン食いてえ……」
『ばっ、お前! そういうのいうならマイク切っとけって! 台無しじゃん!!』
え、あ、ああ! しまった!
いまの完全に魔王の見せ場だったのに!
ついうっかり家で映画見てる気分のまま呟いてしまった。
それでも魔王はさほど動じた様子は見せなかったが、若干ビージを見る目が懐疑的なものになってる気がする。
こんなのが勇者? とでも言いたげだ。
『ほら、魔王も悲しそうじゃんか』
『……貴様らの戯言に付き合ってなどいら――ッ!?』
さらに空気をぶち壊すようにビージが追撃をかけるが、魔王は目立った反応をすることもなくただ淡々と事を進めようしたところで言葉を途切れさせて画面から消えた。
かわりに掌底をぶち込みましたと言わんばかりの体勢のユナ様の姿が映り、何かが地面に叩きつけられた轟音が響く。
『あっと、失礼。隙きだらけでしたもので』
『ああ、忌々しい……! 何度時代を経ても、貴様ら一族はいつもいつも性根が腐っているッ!』
『子供じみた願望の果て自らの国を犠牲にして力を得た愚か者程ではありませんよ』
無論、その一発で終わるほど魔王という存在は甘くもなく、ユナ様の挑発に答えるように地面を吹き飛ばして全く無傷の魔王が姿を現した。
そんな二人のやり取りに魔王の正体の片鱗が見えてくるけど、そんなことよりも俺はユナ様の行動にドン引きであった。
普通あそこで不意打ちかましますかね……。




