表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/112

その100

 エージは必ず戻ってくる。

 ビージのおかげでそう確信できるようになりもはや暗い気持ちになることもなかったが、かと言って意識を戻さぬルミナスさんを置いてどこかデートに行くわけにもいかなかったのでクリスマスイブでもあったその日は囁かなパーティをするだけで一日を終えた。

 そしてその翌日の昼。

 クリスマス当日だがもうデートなどは後日補填すると決めていたのでせっせと無限倉庫に仕舞ってあった私物を棚に片付けているところ扉が開けられた音を二回ほど耳にする。

 笹倉さんも荷物整理を手伝ってくれていたので物音の正体はルミナスさんとしか考えられない。

 一度笹倉さんと顔を合わせ互いに頷くと荷物を置いてまずは確認のために隣の部屋、ルミナスさんを寝かせていた部屋へと向かった。

 部屋の中を見るがやはりルミナスさんの姿はなく、おそらくリビングに向かったのだろうとそちらを確認すれば――居た。

 リビングに置いてあったソファに優雅に座っており、なぜか目を瞑っている。

 何をしているのか気になったが入り口に立っていても仕方ないのでリビングへと入る。

 なにかに集中しているのかも知れないので邪魔しないよう扉をそっと閉め、振り向けばいつの間にかルミナスさんの紅い目がこちらを見据えていた。


「……ユージ、か」

「ええ。具合はどうです?」

「悪くない。どうやら世話になったようだの」


 どこか失望したような声で確かめてきたそれに応えつつ、体調の方を尋ねてみれば無事快復したらしい。

 あれほど傷んでいた髪も、ボロボロだったはずのドレスもすべて元通りになっているしそれは間違いないだろう。

 と、そこで笹倉さんが体を寄せて小声で聞いてくる。


「えっと……新城くん、ルミナスさん体調の方はいいって?」

「あっと、うん。悪くないってさ」

「っと、そうか。……これで大丈夫かの? エージと話すときは不要だったからの。言語を合わせるのを忘れておった」

「あ、ありがとうございます。ちゃんとわかります」


 どうやら笹倉さんにはルミナスさんの言葉は全く別のものに聞こえていたみたいだ。

 意識していないと言語理解のスキルは本当に違和感なく相手の言葉を日本語にしてしまうから気付かなかった。

 ルミナスさんもそれを聞き取って気づいたのか何かしらの魔法を発動する。

 すると笹倉さんにも言葉が通じるようになったので発動したのは言語を相手に通ずるようにするものらしい。 


「それはさておき……エージは死んだようだの」


 言葉も障害なく通ずるようになったところで早速とばかりにルミナスさんが話を切り出した。

 

「いや、まだ死んだと決まったわけじゃないですよ。それにあいつは」

「気を遣わずともよい。お主らがそうであるように我にもあの馬鹿者との繋がりはあった。それがもう感じられないとなればの……」


 絶対戻ってくる、という言葉をいうよりも先にルミナスさんは首を振り、エージの死を確信した様子で少し放心した様子を見せる。

 その様子からルミナスさんがエージのことをとても大切に想っていたことが手に取るように分かった。

 ああ、やはり彼らも情を深めて今日まで来たのだと少しうれしくなり、けれどもすでに諦めてしまっている姿に少しさびしいものを感じてしまう。


「……エージは戻ってきますよ。万が一死んでたとしても」

「ふん……根拠のない希望に縋るのは人間らしい。今ならそうする人間の気持ちも分からぬでもないがの。……同じようにできたらどんなによかったか。しかしそうするには我は悪魔として永き時を生きすぎたようだの」


 そういって自嘲気味に笑うルミナスさんに俺も言葉が詰まる。

 彼女も諦めたいというわけでないというのがひしひしと伝わってきたからだ。

 けれど彼女には悪魔として生きた時間と経験があった。それが希望を抱くよりも否定してしまうらしい。

 それがどれほど強固なものなのかはわからない。だが俺の言葉では絶対に届かないことだけは直感的に理解できてしまった。

 そんな俺に変わって笹倉さんがおずおずとこれからのことを尋ねた。


「……これからどうするかはもう決めてますか?」

「さて、どうしたものか……気持ち的には元の世界に戻り我を襲いエージを殺したであろう者共を皆殺しにしたいところだが叶わぬしの」

「えっと、返り討ちにってこと?」

「それもあるが、そもそも元の世界に戻れぬ」


 戻れない?

 元々ルミナスさんはこっちの世界から集団を召喚するほどの力の持ち主だ。

 確か以前ゲートを通してこっちに来たときに、サバイバー達に貸し与えた力を持ち逃げされた関係で自力回収ができなかったとかは言っていた。

 つまり本来なら自力で世界を渡れる力があるはずだが……。


「あ、こっち来る時ボロボロだったしもしかして力落ちてしまったとか?」

「確かに少し力を削がれてはいるが、二、三日もすれば元に戻るだろうて。問題は帰るべき世界の座標が分からぬということだの」

「座標ですか」

「うむ。座標も知らず渡ろうすれば狭間に消えるのがオチであろうの。奇跡的に目的の世界へたどり着いても元の時間軸と大きくズレるのは避けられまいて」


 世界渡航というのは案の定相当に複雑なものみたいだ。

 それこそ俺とエージ達みたいな特殊な繋がりでもない限りは安定して世界を渡るなど不可能なのだろう。


「あ、じゃあ以前ちょろっと聞いた本来なら自力で世界渡れるというのも片道だったんですか?」

「あのときはエージがおったのでな。力さえ本来のものを持っていれば奴を目印に帰ることは可能だった。だが、そのエージが今はいないのでの……」


 世界渡航に関する情報に思わず聞き入ってしまったが、ふいにエージの話題に戻ったことでそんなこと話してる場合でもなかったことを思い出す。


「っとすみません。こんな状況で」

「よい。我も気が紛れるというものだ。しかし当然の話かもしれんがお主はエージとよく似ておるな。エージも今の話を面白そうに聞いてきたものでの」


 思わず謝るが、彼女はどこか楽しそうに、それでいて寂しそうな表情を見せた。

 エージとの日々を思い出し、今いないという事実に照らし合わせていろいろ考えてしまっているのだろう。

 それを思えば本当に悪いことをしたと思う。というか変に思いつめていなければいいのだが……。


「そんな顔をするな。我も自身がこれほど狼狽していることに驚いてはいるが、だからといって自棄になったりはせん。……そんなことすればエージはひどく怒るだろうしの」

「それを聞いて安心しました」


 エージが戻ってきたときにルミナスさんがいなかったら俺が殺されるし。

 それにしてもエージに怒られるから自棄にはならないだなんてなんともロマンチックな台詞である。彼女の想いの強さを表しているかのようだ。

 だが直後。


「とはいえだ。流石の我もすぐに前を向くなど……できそうもないでの。少し休ませてもらおうと思う」


 そう告げると彼女は突然自身の胸元へ手をズブリと刺してしまう。

 突然の凶行に心底驚くが、それを見たルミナスさんが少しだけ楽しげに笑う。

 まるで悪戯でも成功したかのような笑みだった。


「ふ、案ずるな。人の姿を取ってこそいるが作りが違うのだ。……これは我の核だ。ここに我の全てがここにある」


 そういって胸から取り出されたのは宝石のように紅く輝く球体だった。

 そしてそれが取り出されるのと同時にルミナスさんの体が端から徐々に霧散してその核へと吸い込まれてゆく。


「この中で我はしばし眠りにつく……その間ここに置いておいてくれるとありがたい……まあ、最悪数十年後に地上にあればどこでも……よい故……適当に……頼む……」

「いや、ちょっと――」


 待ってくれと静止の言葉をいうよりも早く、彼女の肉体は綺麗サッパリと全て核の中へと収まってしまった。

 残ったのは紅く輝く宝石のような核だけで重力に引かれ落ちるでもなく目の前をふよふよと浮いている。

 恐る恐るそれに手を伸ばせば、途端にコロンと手の上に転がった。


「ええ……これどうしたら」

「まあ、無くさないように……って言ったら変かもだけど、どこかに保管するしかないんじゃないかなあ」


 まさかこんな姿になって眠るだなんて思ってもおらず困惑したが、笹倉さんの言う通り兎にも角にも無くさないようにすることにする。

 無限倉庫に入れるのはいろいろ怖いし、異界部屋に置くのも変な魔物を誘発しそうで怖い。

 となれば棚か、何かの収納容器に入れるのがいいだろう。








 そうして出来上がったのは神棚的ななにかだった。

 簡単に手に届く高さだと何かのふいにぶつかって落としてしまうかもしれないしと壁の上の方に適当な棚を作り、落としては行けないからと小さい座布団の上に安置し、辺りを適当に木で囲った。

 そしてそれだけだとなんだか殺風景だということでいろいろネットで見つけた画像を参考にしながら装飾をした結果がこれだ。

 まあ、エージにとっての神なのだから別にいいのではないだろうか。


 と、完成したそれを見てふと思う。

 じゃあ俺の女神様の棚も作るべきなのでは?

 でもそうなると御神体的なやつがほしいよな……。


「うーん、写真……髪の毛……あ、人形とか?」

「新城くん」

「あ、はい」

「やめてね?」


 静かに、それでいて否を許さぬ彼女の言葉に、俺は背筋を伸ばして頷くと脳内で考えていたそれを即座に破棄したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ