オーゼンにとっての死
ニアが目覚めるよりも少し前——
カラリナ…もといオーゼンを含めた全ての王族達は広間へと集められていた。
『白き王』の一件の直後のためか、ざわざわと慌てふためく王族達に落ち着きは見られず、同時に“禁域へと踏み入った者が現れた”という報告が、その慌ただしさを確固たるものとしていた。
だが隣に立つライラットはこれから何が起こるのかを理解しているのか、何処か暗い表情を浮かべていた。
その時、オーゼン達が入って来たのとは反対方向の、豪華な装飾が施された扉は鈍い音を立てて開き、
「静粛に」
瞬間、慌てふためいていた全員は瞬く間に静まり返り、その場には心臓が凍るほどの緊張感が張り詰める。
たった一言でその場の空気を染めたその者はゆっくりとした足音共に中央に聳えられた長い階段を登っていき、
「よくぞ集まってくれた、我が民達よ。だが、今から伝えるものは悲報である。新たに家族に加わった者達もまた、心して聞け」
瞬間、その場にいる全員が息を呑む。
悲報。伝えられたその言葉は新たな王家に加わってから一度も聞いたことがないほど圧のある言葉であった。
だからこそ新たに王家に加わった者達は抑えきれないどよめきをその場に露わにする。
ざわざわと揺れ動く民達。そうして王により静かに告げられた悲報の内容は、
「また1人、禁域へと立ち入ったものが現れた。我が家族達よ、お前達も理解しているだろう。禁域へと立ち入る、その言葉が示す意味を」
禁域。それは踏み入っただけでも命を失うほどの、禁忌の間。この城へと住ってから幾度となく近づくなと警告を受けた域であり、王はそこに何者かが立ち入ったのだと、冷たく、冷静な声で告げてみせる。
それを何者が成したのか。民達がそんな疑問を抱いた次の瞬間、その疑問は解決される。
何故なら王が語り合えたと同時に、王が入って来たのと同じ扉は再び鈍い音を立てて開き、
「…っ!!」
1人の男が腕を縛られた状態で引かれるようにして部屋へと入って来た。
白い服を身につけた、目隠しをされた男。
手首に繋がれた錠が男が罪人なのだと言うことを否が応でも見ている全ての者へと理解させ、
「今より、此奴を極刑に処す。家族達よ、目を逸らすことなく理解せよ。これが禁域へと立ち入ると言うこと。此奴のはアガルダ。長年我が城へと支えた者である。故に、私はひどく胸が痛んでいる」
アガルダ。予想すらしなかったその名前にオーゼンはつい目を見開き、同時にどう言うことかと状況に混乱することを余儀なくされてしまう。
そうして王のいる階段の前へと跪かされたアガルダはひどく冷静であり、その様は死を前にしているにもかかわらず何にも臆することのない勇敢なもののようであった。
そうしてアガルダを囲むようにして2人の門兵が剣を手に前へと出、その首筋へと剣を当ててみせる。
微かに流れる血が今から行われるのが間違えようもない本物の処刑なのだということを理解させ、だからこそオーゼンは耐えられず目を逸らしてしまう。
ヨスナから伝えられていた注意人物のうちの1人であるアガルダ。敵が減ったのだと考えればオーゼン達にとって喜ばしいこと以外に何者でもない。だが、
「だからって死ぬのは違うだろ…!!」
瞬間、耳障りなほどの王の声はオーゼンの意識の片隅にのみ止まる微声と化す。
オーゼンは無意識のうちに理解していた。
ヨスナの言っていた洞察力。それのせいで禁域に対しての何らかの情報を掴んでしまったのだと。
それはアガルダのせいではない。生まれ持った力が彼の生涯を終わらせると言うのなら、それは彼が生まれたこと自体を否定しているのではないか。
だからこそオーゼンは今から行われる処刑から目を逸らし、人混みの中を掻き分けると自身の部屋へと向かって行く。
例えその行動が不快と捉えられてもオーゼンには構わなかった。
それほどまでにオーゼンにとって死は身近なものであり、だからこそ他者への見せしめなどというもので行われてはいけないのだ。
「…ライラット様。私は部屋へ戻ります。どうかお許しください」
「…分かりました。どうか、お気をやまないように」
力なく、まるでその部屋へと足を運んだことすらもを後悔しているかのようなその声色なためか、ライラットはオーゼンを引き留めることはしなかった。
そうして小さな音を立てて扉は開かれ、瞬く間にオーゼンは静かな廊下へとその姿を露わにする。
「…っ」
逃げるように駆けるオーゼンの心境は言葉にできないものであった。
知らない人物。関わりの一つもない人物のこれから行われる死。
だがそれでもオーゼンにとっては人の死は何よりも悲しむものであり、だからこそ、
「…このままじゃだめだ」
小さく呟くその言葉は誰の耳に届くことなく空中へと霧散し、溶けて行く。
だがそれでもいい。その言葉はオーゼンの覚悟であり、これからなすべきことを決めた、ただそれだけの一言なのだから。
そうしてオーゼンは、無意識のうちにその手を強く握りしめながら自身の部屋へと足を運ぶのだった。




