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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
98/105

白き王の騒ぎの後で

ーーニア…!!


 『白き王』の出現により民達が慌てふためく頃。


 オーゼンはゆっくりと扉を開け、続けて辺りに誰もいないことを確認すると他の者達と同じく庭へとその目を向けていた。


 だがその視線の先には既にニアはおらず、代わりにその場には何者かが戦った跡と、地面に生えた草木に飛び散った赤黒い血痕、そしてそれを成した本人であるライラットだけが残されていた。


 残されたライラットは動じることなくニア達が去っていた箇所を見つめていた。


 そうして数秒後、深いため息と共に庭へと背を向けたライラットは小さな沈黙と共にその足を踏み出し、


「よくやった、ライラット!!!」


 瞬間、歓声がその場を包んだ。


 その声は他の誰でもない、『白き王』の出現に恐れ慄いていた数多くの者達の称賛であり、ライラットが追い払ったと理解するや否やライラットを取り囲むと、


「やはりお前は英雄だ…!!あぁ、お前がいればこの国は安泰だ…!!」


 予想していなかったのか、ライラットは何処か困った表情を浮かべながら辺りへと目をやっており、だがその視界の何処にもレヴィーナがいないことを理解すると、


「すみません。少し寄る場所があって…皆様は号令通り広間へと向かわれて平気です」


 歩いて行くライラットの背中を王族達はただ眺めており、そうしてその姿が完全に見えなくなると元の号令通り、広間へとその足を向けるのだった。


 そうして来た道をわずかに引き返したライラットはレヴィーナ達の部屋の前へと辿り着き、同時にそこにいるカラリナの存在に気がつくと、


「カラリナ様。レヴィーナ様はどうなさいましたか?」


「ライラット様…!すみません、レヴィーナは突然体調を崩してしまって…大変申し訳ありませんが今はそっとしてあげてくださりませんか?」


「そういうことであれば承知しました。いくら王といえど体調を崩しているものを無理やり表へと連れ出すことはありませんので…では、私たちだけで行きましょうか」


 レヴィーナの容態を聞いたライラットは小さく納得の言葉を返して見せる。


 そうして続けてそれならば仕方がないとカラリナに共に行くことを提案し、そうして2人は広間へと足を運ぶのだった。







「…?」


 目を覚ました時、ニアは懐かしい天井を見ていた。


 それは久しく見ていなかった景色。白い天井に、体を取り巻く毛布のような軽い物体。


 そうして目を覚ましたニアは状況を理解するためにその体を起こそうと力を込め、


「いっ…」


 瞬間、上半身に流れた痺れるような痛みに、ニアは小さな悲鳴を上げながら布団の上へと再び倒れ込んでしまう。


 倒れ込む体を横たわるベットが優しく受け止め、だがその時視界の端で自身を見つめる存在があることに気がついた。


「…ヨスナさん?」


「お久しぶりですね、ニア様。どうです?忠告を無視して戦闘を行った挙句、手も足も出ずにコテンパンに打ちのめされた感想は」


「コテンパンって…」


 ヨスナは倒れ込むニアへ容赦のないそんな言葉を投げかけ、だが声色に出ずともその口調から何処か怒っているのだということを理解できた。


 それが心配から来るものなのか、あるいは呆れてしまっているからなのか。それは定かではない。


 そうして改めて先ほど体験した出来事を思い出したニアは深いため息と共にその景色を思い出し、


「ただ時間稼ぎさえ出来ればいいなと思ったんです。戦うつもりもなかったし、出来れば戦いたくもなかった。でも、」


「でも?」


「ヨスナさんの言っていたことが、よくわかりました。…あの人は別格だ」


 思い出すその景色のどこにもライラットの剣筋は見切れておらず、改めて理解させられる格の違いにニアは思わず笑ってしまう。


 流石は英雄。速度だけであればおそらくカラク以上かと思えるその異次元の太刀筋にニアは太刀打ちどころか一撃たりとも命中させることができなかった。


 そうして痛む腕を持ち上げたニアはその時にしてようやく腕や足などのライラットに切り伏せられた箇所が包帯に巻かれていることを理解し、


「ありがとうございます。それと、すみませんでした」


「反省は結構です。暗く落ち込んだところで現状は変わりませんから。それよりも私が聞きたいのは、何があってあの事態に陥ったのか。その理由です」


「そうですね。実は——」


 ニアは語った。


 自身が任務を無碍にしてまで『白き王』として人前に出たその訳を。


 語るニアをヨスナは声一つ発することなく聞いており、そうして語り合えた頃、


「なるほど。事情は理解しました。敵襲とは、とんだ災難でしたね。…ですが、だとすれば尚更これからどうなさいますか?その怪我で城へと戻ったとしてもおそらくアガルダ様に一瞬で見抜かれてしまうでしょう」


「それなんですが…アガルダって人、何処にもいなかったです」


「…??」


 伝えられた言葉にヨスナは不思議そうに首を傾ける。


 だが続けてニアがアガルダという人物を一度も目にしたことがないと伝えると、ヨスナは何かを考えるように小さな沈黙を貫き、


「…なるほど」


 呟くようにして伝えられた納得の言葉にニアは同じく首を傾げ、だがヨスナは1人でに状況を理解したのか改めてニアへとその目を向けると、


「おそらくアガルダ様はもういらっしゃらないのでしょう」


「何処か別の場所に行ったということですか?」


「えぇ。おそらく行ったのでしょうね。天国に」


 何をもってそう判断したのか、それはニアにはわからない。


 だが伝えるヨスナのその態度はアガルダという存在をわずかに残念がっているかのようであり、だからこそ、


「…それはどういう…」


「ニア様も王家へと潜り込んでから間も無くして聞いたでしょう。禁域という存在を。なるべくしてなった…というわけではありませんが、前回お伝えしたようにアガルダの洞察力は凄まじいものです。人のわずかな態度の違いからでも何が起こったのかを察することができ、ですからそれ故なのでしょう。おそらくアガルダ様は、禁域の何かしらの情報を察してしまった」


「それは…」


「えぇ、死罪です。あの方ならもしかすれば事情を察して協力してくれるかとも期待していましたが…そうですね。ニア様方からすれば難敵が1人減った、そう解釈いただいて構いません」


 アガルダとなんらかの関わりがあったのか、語るヨスナの瞳にはわずかな悲しみが浮かんでいた。


 それほどまでに信頼し、同時に警戒を余儀なくされていた人物。だからこそヨスナは次の瞬間にはニアに余計な不安をかけさせないようにと小さく咳払いをしてみせる。


 だがニアの中には未だ一つ、解決していない疑問があった。それは、


「…そういえば、ヨスナさんはなんであのタイミングで城に来てたんですか?」


「来ない方がよかったですか?であればあの場で死者が生まれていたことになりますが」


「いえ、そういうわけでは…」


「冗談です。お嬢様から命令があり、それ故に足を運んだのです。“ニアが死ぬかもしれない。今すぐ城に向かって。”と」


 ベストタイミングと呼ぶにはあまりにも都合のいい登場に疑問を余儀なくされていたニアだったが、伝えられたその言葉に小さく納得の表情を浮かべてみせる。


 理由はわからないが、ラノアが手配してくれたことによりニアは一命を取り留めることができたのだ。


 もしラノアの言葉がなければ今頃ニアはこの世におらず、だからこそ、


「…そういえばヨスナさん、ラノアは何処に…?」


「ラノア様は只今出かけています。ですが、ご心配なさらずとももう間も無く帰宅されるかと——」


 瞬間、ヨスナは語る言葉を途中で中断し、同時に小さな笑みを浮かべる。


 そしてその行動にニアが首を傾げた瞬間、


「包帯、足りてるかしら!!」


 備えられた扉は勢いよく開き、外の照明の灯が微かに部屋の中へと差し込む。


そして開いた扉の前には、


「…ラノア?」


 いつか見た黒いフードとも、玉座に座っていた時の豪勢な装いとも違う、ただの村娘だとしか見えない姿をしたラノアがそこにはいた。


 茶色いごく普通のローブを見に纏ったラノアは扉を開くと同時に中にいるニアが目を覚ましていること、そしてそのニアが物見珍しそうに自身を見つめていることに気がつくと、


「ちょっとストップ!」


 瞬間、開いた扉は勢いよく閉められ、閉ざされた部屋の外からは布の擦れるような音が微かに聞こえてくる。


 そうして数秒後、閉ざされた扉は今度はゆっくりと開かれ、そしてその先には、


「目が覚めたのね。よかった」


 何事もなかったと言わんばかりに平然の表情を装うラノアが立っており、その手には先ほど身につけていた茶色いローブがかけられていた。


 そしてもう片手には布袋が握られており、先ほどの言葉から察するに包帯が詰め込まれているのだろう。


 そうして当たり前のように横たわるニアのそばへと歩みを寄せるラノアだったが、


「…平然ぶっても遅いと思うぞ?」


「うるさいわね!目覚めてるなら目覚めてるっていいなさいよ!」


 1度目になんの表情も変える事なく部屋へと入ってくるならまだしも、既に慌てて扉を閉める姿を見てしまっていたがためにニアはつい言葉を漏らしてしまう。


 瞬間、平然ぶっていたラノアは数秒前と同一人物かと疑問に思うほどに慌ただしく反応を返し、同時に手に持った布袋を近くの机の上へと置いてみせる。


 微かに見えた布袋の中にはニアの予想通り溢れかえるほどの包帯が詰め込まれており、だからこそニアは小さく笑うと、


「ありがとう、ラノア。おかげで助かった」


「な、なに?別に…私がしたくてしただけなんだけど…?…それより、体の調子はどう?かなり重症だったから私…こほん、ヨスナが頑張って巻いてくれたのだけれど」


 無理な訂正なためか、ラノアのその言葉は何処か変になっており、だがいくら訂正しようと手に持った包帯からラノアがどれほどニアを容体を気にしてくれていたのかは理解できたからこそ、


「超元気。包帯巻いてくれた人が上手かったからだろうな。ありがとうヨスナさん」


「そ、そう。…ふん、ならヨスナに感謝なさい」


 何処か後悔したように顔を逸らすラノアへヨスナは面倒くさそうにじっと見つめ、そして小さなため息をついていた。


 同時に、先ほどのヨスナの言葉を思い出したニアは再びラノアへとその目を向けると、


「それと、何度も言うがありがとう。ラノアがヨスナさんを送ってくれたおかげで助かった」


「感謝なんて不要よ。ただ”見えた“だけだもの」


 布袋から包帯を取り出していくラノアは伝えられた感謝の言葉にわずかに動きを止め、だが次の瞬間には再びその手を動かしていく。


 見えたと言う言葉が何を意味するのか、それはこの世界から落ちて来てから幾度となく聞いた言葉故に深く考えずとも理解できるほどになっており、


「…まだ言ってなかったわね。さっきの言葉で大体わかるでしょうけど、改めて私の天啓は『未来視』。…とは言っても、好きに未来を見れるなんて便利なものじゃないし、むしろ見たい人は指定できてもどの未来が見えるかは完全な運っていうハズレな力よ」


 未来視。聞けば強力に見えるその力は続けられたラノアの説明により不完全な力であると理解させられ、それどころかハズレ寄りな力であると本人は語った。


 だがそれよりも、ニアは一つ気になることがあり、


「…見たい人は俺だったのか」


「違うわよ!いや、違わないけど…、潜入してもらってから一週間も経ったし様子が気になっただけ!別にちょっと興味があったなんてそんなことないから!」


 ほとんど自爆にも近い発言にヨスナは隠しきれないため息と共に額を手で抑え、同時にその発言に気づいたラノアは顔を赤く染め、


「とりあえず!!無事だったのならよかったから!!じゃあ私はこれで!!」


 よほど慌てているのか声を裏返っていることも気にせず何処かへと行くラノアは瞬く間に扉のそばへと寄り、そして息をつかせぬ間に部屋の中からその姿を眩ませる。


 そうして再び訪れた静寂。取り残されたニアは聞こえていなかったために訳が分からず頭の中に?を浮かべ、だが同じく取り残されたヨスナは深いため息を吐くと、


「お嬢様がご無礼を致し、申し訳ありません。それと、念のため補足を。お嬢様の力はの範囲はお嬢様から半径5キロ以内の人に限ります。いつでも盗み見られると言うことでは断じてないので、ご安心を」


 瞬間、消えかけていたラノアの言葉の意味を理解したニアはハッとした表情を浮かべ、同時にラノアを逃したことへ後悔したようにその手を握りしめる。


 そしてヨスナは理解する。もしかして余計なことを言ってしまったのではないかと。


ーー申し訳ありません、お嬢様。どうかお元気で


 だからこそヨスナは変わらない無表情のなかにわずかな焦りを浮かばせ、同時に心の中でラノアへと謝罪をするのだった。

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