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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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ヨスナの大鎌

 その現状に、ニアの心臓はひどく鼓動を早めていた。


「初めまして、『白き王』」


 自身を見下ろしながらそう口にするのは他でもない英雄ライラット。


 注意を引き、逃げる。当初の目的はもはや今という地点において完全な破綻を告げ、同時にニアに新たな目的だけを伝える。


「話せないのでしょうか。人の形をしている以上、言葉は理解できていると助かるのですが」


 明るく照らす太陽と重なる影。


 ただ一瞬、ほんの一瞬の接敵。ただそれだけの時間があれば、ニアが現状を理解するには事足りていた。


ーーこの人には…どう戦っても勝てない…!!


 先ほどの一瞬でその速度はニアとは比べ物にならない程なのだと理解でき、同時ニアの体に軽く壁へと放り投げたことから、力もまたニア以上であると理解できた。


ーー逃げることは不可。戦っても勝ち目はない。なら——


 瞬間、ニアは咄嗟に壁を蹴り反対方向へと飛び上がると、地面へ着地すると同時にその刀に手をかけて見せる。


 ニアを見つめていたライラットはそんなニアを追跡することなくただその場に立ち尽くしており、だがその瞳はニアを一瞬たりとも逃すことなく捉えていた。


 そしてニアが刀へと手をかけたことを理解したライラットは不意に手首にかけられたブレスレットの一つを掴み、


「曲がりなりにも私は騎士。『白き王』。あなたに戦う意志があるというのなら、私も敬意を持って相手をしましょう。…最も、逃すつもりもありませんでしたが」


 瞬間、手首から離れたブレスレットは次第にその形を変形させていき、瞬く間に光を反射する鋼鉄の鋼へと変化する。


 剣を握るその仕草はライラットの言葉通り“騎士”という肩書きが様になっているほどであり、同時にニアが接近を待つようにかすかに息を呑んだその瞬間、


「…?」


——消えた。


 視界に捉えていたはずのライラットの姿はいつの間にか消滅しており、同時にその体にはわずかな温もりが生じる。


ーー何が起きた。


 頭の中にはそんな疑問が生じ、だがその疑問は疑問として成立するよりも早く、現状を以って解決される。


 何故なら、


「っ…!!」

 

 突如として鋭い痛みが全身を駆け巡った。


 予想すらしていなかった激痛にニアは崩れ落ちるようにその場にうずくまり、同時にようやく自身の体の異常を理解する。


ーー切られた…!?


 全身を刺すような激痛にニアは反射的に自身の体へと目をやり、自身の体から流れる赤い血液を見たことにより何が起きたのかを理解する。


 目に見えないほどの斬撃。真喝の構えをとっていたニアですら見えないほどのその速度でニアの体は切り伏せられたのだ。そして、


「…『白き王』。予言とはこの程度のものなのでしょうか。…或いは、この予言自体が誰かの悪戯であったか」


 その声は背後から聞こえてきた。


 何かを考えるような口調のその言葉はニアへと語りかけることなく、代わりに独り言のように声に出されていた。


 そうして反射的に振り向いたその視界の先に見えたのは、


「…ライラット…!!」


「やはり言葉を話せたのですね。それに私の名前を知っているとは、喜んでいいことなのかどうか、少し複雑です」


 白い剣を握ったライラットは再びニアを見下ろしながらかけられた言葉へとそう返事を返し、続けて剣を伝う血を払うように、軽く腕を横へと振り払って見せる。


 滴った血はニアが切られたことを何よりも証明し、だからこそニアは倒れ込んでいてはいけないと無理矢理その体を起こし、


「…継続の意思あり」


 ライラットへと改めて目を向けたニアは静かに深呼吸を繰り返しながら再び刀へと手をかける。


 わずか一瞬、ほんの一瞬でもあれば城の外へでも逃げ出すことができる。


 もはやオーゼンと待ち合わせるという目的もまた不可能という結論へと辿り着き、だからこそ今を生き延びるためだけにニアはその意識の全てを集中させ、瞬間、


「真喝」


 微かに捉えたその動きに反射するようにニアは刀を振り抜き、そしてライラットへと最速の一撃を見舞ってみせる。


 ライラット程の速度があろうとこの一撃を躱すことは不可能であり、人間である異常多少の怯みも強制される。


 そうして反射の一撃が確かに接触したことを確認し、逃げ出すために微かに体を捻った瞬間、


「はやいですね。でも、まだ足りない」


 そんな声と同時に、ニアの視界に映る景色は瞬く間に切り替わり、同時に全身からは赤い鮮血が吹き出した。


 駆けるために踏み出していたはずの一歩は地面を滑るようにしてその体を大地へと押し倒し、同時に背後にいたはずのライラットは今度は前方にその姿を現す。


 そうして霞む視界の中に映ったライラットの姿は、


ーー無傷…


 攻撃を喰らった痕跡どころか、擦り傷一つすらがその体には生じていなかった。


 まるで初めから何も行われていないかのようにライラットは至極当然の装いでそこに立っており、同時に倒れ込むニアを見たライラットはわずかに残念そうな表情を浮かべると握る刀を大きく振り上げ、


「さようなら、『白き王』。あなたの予言は今日終わる」


 そうしてトドメを刺すべく、その剣がニアへと振り下ろされた瞬間、


ーー…?


 何かの音が聞こえた。


 それは鉄と何かがぶつかる音のようで、次の瞬間には誰かが地面を退く足音のようなものが聞こえてきた。


 体は未だ痛みに覆われており、だがいつの間にか瞳を閉じてしまっていたことを理解したニアは再びその瞼を上げ、そうしてその視界の先に映ったのは、


「…」


 ニアに覆いかぶさるようにして現れた一つの影。


 それがライラットと相対しており、一触即発を躊躇わない程の空気感がそこには生まれていた。


 そうしてニアの意識は覚醒する。否、痛む体を無理矢理に叩き起こし、現実を理解するために奮い立たせる。


 そうしてニアが起きあがろうと力を込めた瞬間、ニアの前方に立つその者はニアへと軽く目をやり、だが次の瞬間には再びライラットへとその目を向ける。


 そうして起き上がったニアの視界に映ったのは、


「…ヨスナさん…?」


 黒い髪に、軽いメイドのような服を着た人物。


 ニアの言葉を聞いたヨスナはその言葉に返事を返すようにして軽くその目を向け、続けて逃げろと言わんばかりに後方へと指を指して見せる。


 そうしてニアはようやく理解する。自身の前方に立つヨスナの手に握られていたもの、それは、


ーー鎌…!?


 ヨスナの体格と同じか、或いはそれ以上のサイズの黒い巨大な鎌がそこにはあった。


 黒い断面が太陽の光を吸収し、同時にその立ち姿は死を連想させるほどの存在感を放っていた。


 そして再び後方へと指を刺されたことにより、その場から離脱する目的を思い出したニアが再び大地をかけようと一歩を踏み出した瞬間。


「っ!?」


 背後からは何かがぶつかる音が聞こえ、同時に辺りに小さな砂埃が生じる。


 それがライラットとヨスナが戦っているが故なのだということを理解するのに一瞬の時間すら要さず、そうしてニアが一定の距離を離れたことを確認したヨスナはわざとらしくその場で鎌を振り抜いて見せると、


「ここまでです。私どもは退かせていただきます」


「逃すとでも?」


「来るんですか。()()()()()


 地面へと引かれた線はまるでそれを超えたら命の保証はしないと語っているかのようであり、だからこそライラットは歩いて行くヨスナへ追撃を行うことなくその場で剣を手放すと、


「次は切ります。そこの『白き王』にも、そう伝えておいてください」


 伝えられたその言葉にヨスナは何の返事も返すことなく、続けてニアの元へとわずかに歩みを寄せると、


「失礼」


「!?」


 細いその腕でニアの体を軽く抱き抱えると、何のためもなしに飛び上がり、城の塀を越えて行くのだった。

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