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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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暗い図書室の中で

「…虫…レヴィーナ様、それは確実な情報ですか?」


「はい、間違いなく」


 ライラットを引き留めたニア達は不審に思われながらも部屋の中へと導くことに成功し、計画通り先ほど起こったことの一部始終を伝えていた。


 虫、そして監視されている可能性。語られた話には一つの嘘も紛れ込んでおらず、故にその話に破綻が生じることもない。


 だがライラットはその話を聞いたからこそ深刻そうにその顔へと手を添え、何かを考えてるそぶりをしていた。


 以前にも何かあったのか。だがここの住人として加わってから三日と経っていない人物にそんな話を漏らすわけにはいかないのだろう。


 だからこそライラットはしばらくの沈黙ののちにその面を上げると、


「わかりました。その一件、こちらでも調査してみます。が、何しろこちらでも噂程度でしか聞いていなかった話。足取りを掴むことができたとしてもかなりの時間を要してしまう可能性があります」


「問題ありません。お願い出来ますか?」


「えぇ。わかりました。ですが、もう敵襲がないという確証もありません。なので念のため、これを」


 以前から噂があったという言葉に僅かな驚きを浮かばせながらも、ニアはライラットが自身の頼みを承ってくれたという事実に僅かに安堵する。


 そうして念のためと言わんばかりにその懐へと手を潜ませたライラットは続けてその懐から小さな鈴のようなものを取り出し、


「何かあった際はこちらを3度鳴らしてください。必ず駆けつけます」


 目の前で軽く揺らしながら、ライラットは続けてその鈴をニアの掌の上へと乗せて見せる。


 ミラディアに近しい便利道具のようなものだろうか。おそらくライラットの話の限りでは位置などの諸々の情報も一緒に伝わっていくのだろう。


 だが、心強い人が仲間になったという事実は揺るがない。だからこそニアは受け取った鈴を軽く握りしめ、


「えぇ、お願いします!」


 共同戦線は今、ここに成立したのだった。


 だがその時、ニアは何かを思い出したかのようにその懐へと手を忍ばせると、


「ライラット様、この玉を覗いてみてくれませんか?」


 取り出したのはいつかの意味深な風景が込められたビー玉。取り出されたそのビー玉にライラットは不思議そうな表情を浮かべ、だがすぐに玉の元へと顔を近づけていく。


 ニア達は知らない風景。だがおそらくここへと住んでからそれなりの年月を過ごしているライラットなら、この風景についても何かしら知り得ているのではないかと思ったのだ。


「廊下…?不思議なビー玉ですね。どこかの映像を映し出してるんですか?」


 その玉を覗いたライラットもまたニア達と同じく不思議な光景だという感想を抱くだけにとどまり、何かに気づいたそぶりも、何かを隠そうとしているそぶりも見えなかった。


 完全な不明。ライラットも知らないとなればこの玉の中に写されている風景を知る者は殆どいないと同意であり、


「これは虫の…おそらく媒体になってたもので、見覚えのない風景だったのでライラット様ならばもしかすれば、と思ったのですが」


「そうだったのですね。お力になれず申し訳ない。ですが、そういうことであれば今見た風景も先ほどの一件と同様にこちらで調査してみます」


 もしかすれば。と、期待していたことを明かしたニアへ、ライラットはその見えた風景もまとめて調査をしてみると言葉を残してみせる。


 そうしてやるべきことが決まったからか、ライラットはニア達の部屋の扉へと歩みを寄せると、次の瞬間には足早に外へと向かう。


 去り行く足音は扉が閉まるまでの微かな時間のみニア達へと伝え、そうして完全に扉が閉まった時、


「とりあえずはこれにて平気か」


「そうだな。でも、そうか…前々から噂はあったんだな…それでも現れたということは犯人はいまだに逃げ切ってるっていうこと…絞れそうな条件は出てるんだけど、いまいち絞るには物足りないんだよな」


 前々から噂があるということは、その噂の時点から今日までこの城にいる誰かが犯人という線が濃く、だがこの城には長らくこの城に住っているであろう者が数多く滞在していた。


 ある程度は絞れるかと思った条件ですら絞るに値しないことを改めて理解したオーゼンはこれからの自身達の行動をどうするべきかと頭を悩ませる。


 おそらく反応を見た限りニア達の予想通りライラットは犯人側ではなくどちら側と言えばこちら側だろう。


 民からの信頼が厚いライラットに任せておけばいつかは解決するだろう。だが、いつかではダメなのだ。だからこそニアはその場から重い腰を持ち上げると、


「もう少しだけ調査してくる」


 あと僅かにでもヒントがあれば何か点と点が繋がる可能性がある。たとえそのヒントにニアが気づかずとも、そのヒントを聞いたライラットが犯人を突き止めてくれるかもしれない。


 ライラットに頼るという行為に変わりはない。あくまで行うのは調査。危険に身を放り投げるつもりはないし、もしそうなって仕舞えば遠慮なく鈴を鳴らす。


 だがその時、立ち去ろうとニアが歩き出した瞬間、


「…そういう時は、1人より2人、だろ?」


「…オーゼン」


「行くか、時間は有限!」


 かかった声に振り向いたニアへ、オーゼンも同じく立ち上がり、そしてそんな言葉と共にニアの背中を追い越すようにその足を進めていくのだった。







 改めて王城内全ての廊下の確認。立入禁止区域は一つの扉の向こうに広がっているらしく、残念ながら禁止区域の廊下までは確認できなかったものの、その他の廊下はあのビー玉の風景と一致することはなかった。


 それはあの風景が禁止区域の中のものだと言うことか、或いは単なる他の場所が映し出されただけか。


 どちらにせよ変わらない“手がかりなし”と言う結果に、ニアはわかっていたことだと理解しつつもため息をこぼしてしまう。


 何か手がかりがないかと探し始めてはや5時間。明るかった外は光が降り注がずとも暗くなったのだと理解できるほどに沈んでおり、同時にニアとオーゼンはその手足がクタクタになる感覚に隠しきれない疲れを露わにしていた。


「…帰りましょうか。続きはまた後日」


「そうですね」


 解散の言葉は手短に告げられ、その言葉の元にニア達は自身の部屋の方へとその歩みを向けていく。


 そうしてニア達が部屋へとたどり着き、中へと足を踏み入れたのと同時刻、ライラットは王城内にある図書室にて本を探っていた。


 気が狂ったわけではない。ニア達に虫の話をされた現在、もしかすれば何か伝説のようなものがその存在を確証付けているのではないかと考えたのだ。だが、


「…ない」


 山のように積まれた本はこの王城についての歴史が記された本の数々であり、一冊一冊が並の本の3倍ほどのそれを、ライラットはニア達に相談されてからこの時間まで何冊と休むことなく読み漁っていた。


 幸いなことに昔から何かに夢中になることが多かったためか、集中力は切れることなく本へと没頭させ、だが手に取る本がなくなったことによりその意識は現実へと引き戻される。


 王城の歴史。ニア達にとってはラノア達に伝えられた歴史こそ信じるべき歴史であり、唯一の真実。


 だがライラットは違った。


 いつの間にか湧いてきた怒りを少しだけ漏らすように、その手で机へと軽く叩きつけると、


「…ベネッサ様。どうか、安らかに…。ラノアは…、あなたを殺したあの女は、必ず私が打ち取ります」


 衝撃により崩れた本の山へと目もくれず、他の誰もいない図書室のなかで、ライラットは静かにそう呟くのだった。

お待たせしました!長らく続いた日常パートですが、ここで一旦の区切りとなります!ここから続くは新展開——。

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