語り、頼るは難敵へ
「改めて、この先の話をしよう」
「同感」
安全圏が安全ではなくなった状況の中で、ニアとオーゼンは顔を合わせながらこの先どうするべきかを話し合っていた。
何者かが自分たちを狙っている。それはもはや疑うまでもない事実であり、だからこそその先この王城で暮らすのは不可能ではないかと疑問にさえ思ったのだ。だが、
「なんで虫だけがこの部屋にいたんだろうな?偵察…?ラノアさんが言ってた言葉を重ねるなら、下手に偵察するよりもアガルダって人を遣わせる方がリスクも少なくていいような気がするんだけど」
「確かに…だとすれば今回の虫は犯人の1人でな暴走…もしくは、前提として目的が違うのか…?」
「虫を隠していて得をすること…俺たちの動向を見て何の徳があるんだ…?もし虫を捕まえること自体が反逆行為と捉えられるんなら既に誰かはこの部屋に来てるだろうし、うーん…考えれば考えるだけわからないな」
アガルダというものを知っているということ、それはこの場においてニアとオーゼン以外1人として存在しない。
であればこそ、何故わざわざバレるリスクのある虫などをこの部屋に残したのかと犯人の目的がわからないからこそ2人は長い沈黙を貫く。
だがその時、ニアはある一つの可能性へと辿り着く。
「…もしかして、目的はただ俺たちを盗撮すること?」
「いや、まさかそんなわけ…」
呟かれたその言葉にオーゼンは冗談を流すように笑い半分で返事をし、だがその言葉が最後まで語られることはなかった。
バレた途端に逃げるようにして姿を消した虫。そしてその位置も思い返してみればあからさまに人の目につかない場所に配置されていた。
浴槽の天井、ベッドの下。そして窓の端。
考えれば考えるほど点と点が繋がるように濃くなっていくその線にオーゼンは気持ち悪いものを見てしまったかのようにその両腕を押さえ、
「…じゃあ、もしかしてここにいる女性全員を盗撮してる可能性が…?」
「大いにあり得る。が、下手に他の人たちにこのことをバラして部屋に押し入ろうとして仕舞えば、逆にこちらが盗撮するための何かを仕込んでいるのだと勘違いされかねない。だから俺たちがすることはまず一つ。本体を叩くことだ」
シンプルにして最短の方法。ニア達がこの部屋に来たことを知ったからこそ、犯人は虫を忍ばせた。
だとすればおそらくオーゼンの言葉通りその魔の手はここに住まう全ての女性の元へと伸びていてもおかしくはないだろう。
だが今ニア達は下手に動くことができない。刀もなければ目だった動きをして仕舞えば数多の目に止まってしまい、この先の任務にも支障をきたす可能性が生まれてしまう。だからこそ、
「その為に、この王城において今一番信頼のたる人を頼る」
信頼のたる人物。数少ない関わりのある人物の中で最もニア達に親しく、また犯人ではないと確定している人物。それは、
「ライラットさんに、このことを打ち明ける。それが今、俺たちに出来る最大限の行動だ」
ライラットの天啓、それをニアは一度見ている。
だからこそ虫の犯人ではないことは確定しており、同時にこれまでの態度や関係からある程度であれば話を持ち掛けても断ることはないと判断したのだ。
だがこれは一か八かの話。もしライラットが虫使いの仲間であればこの作戦は水の泡と化し、更には何か理由をつけて追い出されてしまってもおかしくはない。
だがやらなければいけない。この先の任務を続行する為には虫使いはあまりにも邪魔であり、同時に不快感を隠せない存在だからだ。
だが、そうして決意を固めた次の瞬間、
「っ!?」
コンコンと、扉をノックする音が静かな部屋の中に響き渡った。
先ほどの一件と続けてこの来訪者。もしかすれば虫使いが直接ニア達を叩きに来たのかとニアは警戒をあらわにし、そしてオーゼンに隠れるよう仕草で合図を出すとゆっくりと扉のそばへと歩みを寄せていく。
いざとなればニアは肉弾戦を行えるが、オーゼンはそうではない。
そうして一歩、また一歩と足を踏み出し、扉に備えられたスコープから外を除いた時、そこに映ったのは、
「ライラットさん…??」
何処かそわそわとしながら片手に紙を握りしめたライラットがそこには立っていた。
先ほど言った通りライラットは完全な信頼とはいかずとも無視使いではないことが確定している唯一の人物。
だからこそその扉を慎重に開けた時、
「いらっしゃいましたか、安心しました」
「えっと…どうしましたか?」
「いえ、まだこの城についてあまり知らないのではないかと…なので、もしよろしければ共に案内しようかと思いまして」
手に握られた紙はおそらくこの城の内面図なのだろう。
何処か気恥ずかしそうにそう提案するライラットにニアは安堵のためか小さく息を吐き、だがその提案に対する返答は初めから決まっていた。なぜなら、
「すみません。実はもうメイドの方に案内をしてもらった後で…」
「あ…そう…ですか…、はい、わかりました。お困りかもしれないと心配して来たのですが、杞憂だったみたいですね。では引き続き何かあれば気軽にお声がけください。…えっと、レヴィーナ様?」
後数時間早ければ案内を頼んでいたことだろう。だがあいにくニア達は既にメイド達により案内を済ませていた。
だからこそその言葉を聞いたライラットは僅かに落ち込むようなそぶりを見せ、だが察されまいとすぐに笑顔を作るとその場から去ろうと背中を向ける。
だがその時、伸びた腕がライラットの服の裾を掴んだ。
何者かに掴まれる感触が訪れたためか次の瞬間にはライラットは歩みを止め、そしてさっきの今のその行動に僅かに困惑しながらもニアの方へと振り向いて見せる。
これ以上ない程に完璧なタイミング。メイド達に部屋を聞く必要も省け、さらには頼ってもいいと言質まで取った。ならばもう、ニアに躊躇う理由はない。
そうしてニアは困惑するライラットへとその目を向けると、
「ライラット様。少し、お話があります」
淡々とした口調で、そう伝えるのだった。




