むし
結果として語るならば、部屋からは3匹の虫が見つかった。その全てが最初の虫と同じビー玉のような丸い胴体をしており、生き物と呼ぶには不完全な形状をしていた。
そうして捕まえた虫は最初の虫と同様にコップの中へと幽閉し、だがそれもまた最初の虫と同じくしばらくすれば沈黙が訪れる。
他には何もいない。そのことを理解したからかニア達は改めて浴槽のある部屋へと移動し、そしてドアを閉めると最初の虫がいるはずのコップを慎重にどけて見せる。
だがその時、覗いたニア達の元へと横たわってきたのは先ほどのような虫ではない、ただのビー玉だった。
「どうなって…、まさか!」
瞬間、何か嫌な予感を感じたニアはその部屋を後にし、先ほどと同じように虫を捕まえたその元へと駆けて行く。
そうして同じように被せたコップを退けた時、
「やられた…!!」
捕まえていた他の2匹も最初の虫と同じくただのビー玉と化しており、転がるビー玉が地面へ落ち、コロコロと音を立てながら転がって行く。
逃げられた。おそらく…否、確実にあの虫は誰かの天啓であり、ビー玉を媒体として作られた虫だったのだろう。
そうして自身の遣わせた虫の存在に気付かれたと理解した瞬間にその首を切り、証拠すらを残さないようにその存在を完全にくらませたのだ。
「…これで確定した。俺たちは何者かに狙われている」
そう言いながら立ち上がるニアは改めてこの任務を続行することの難しさを理解し、そしてこのまま続けていても実害が出るのは時間の問題だと理解する。
だがその時浴室から出てきたオーゼンは手に持ったビー玉を見つめながらニアの元へと歩いてき、
「ニア、見てくれ。これ…なんか変じゃないか?」
渡されたビー玉はごく普通のビー玉であり、特にこれと言って違和感を覚えることもない。
だがオーゼンは先ほど覗き込みながらこちらへと歩みを寄せており、だからこそニアもまた真似をするようにビー玉の中を覗き込んでみると、
「…廊下?」
歪んではいるが、そこには確かに廊下が見えた。
だがその廊下は見覚えのあるものではなく、ニア達の今いる王城のものとも違うようだった。
情報はない。だがこのビー玉から見える景色は確実にこの虫を遣わせた者と関係がある。
そんな不思議な確信を持ったからこそニアは3つのうち一つを自身のポケットの中に、そしてもう一つをオーゼンへと渡し、最後の一つを部屋の中にある机の引き出しの中へとしまってみせた。
「クソッ!!!なんでバレたんだ!!」
暗い部屋の中で、小太りの男が両腕を机へ叩きつけながらそう叫んでいた。
男はメイド達の動きを観察し、ニア達を部屋から誘き出したタイミングで部屋の中へと侵入した。
完璧なはずだった。バレる要素などどこにもなかったはず。だがバレてしまった。
思考する男は何故バレたのかと理解の及ばないその理由を考え、だがすぐさま怒りの方が上に来たのか、再び力任せに机を叩きつける。
だが気付かないのも仕方ない。何故ならドアノブの傷など、その部屋を使用する者以外に気にする者などいないからだ。
虫の存在は既にバレ、これからはその一挙手一投足に最新の意識を払いながら生活されるのだろう。
そう思うと何処からか再び怒りが湧き出てき、同時に完全な死角だったにも関わらず唐突にこちらへと振り返った女のことを思い返していた。
「…カラリナ…そうだ、あの女は確かそう名乗っていた。私は聞き逃しはしていない…!!王へと不敬を働いた賊民…、なら、何をしたって構わないだろう??ふふ…はははっ!!」
それはいつかの王謁の際の話。王へと不敬を働いた者の、もう片割れの女。
完全な背後を蠢いていたにも関わらず、何かを察知したように突然と振り向き、流れるようにその存在を理解した女。
だからこそ男は暗い部屋の中で甲高く笑い、そしてわずかに息を顰めると、
「決めたぞ、カラリナ…、貴様は必ず私が貰おう」
男は悪意に満ちた笑みで人知れずそう宣言するのだった。




