侵入された部屋
「こちらが浴場となります。部屋にも備えられていますが、過去に大きな大浴場が欲しいとの要望があった事によりここにも作られました。どちらを使用しても結構です」
「ここが広間です。基本的には皆様ここで食事をとって頂き、数年に一度、この場でイベント等が行われることもあります」
「ここは…見ての通り庭です。あちらにある階段を登るとレヴィーナ様方の部屋へと続く廊下に出ます」
「ここは王室です。無断で入れば首を刎ねられます」
着々と案内をするメロウの言葉は不要な言葉を取り除いたかのようにシンプルであり、だがこれ以上ない程にわかりやすい説明であった。
そのおかげか、半日あっても回り切れるかと不安に思っていた王城は3時間も経たない内に立ち入り禁止区間を除いたすべての部屋を回りきっていた。
そうして改めて部屋の前へと辿り着いたニア達は大きく伸びをし、
「案内ありがとうございました。とてもわかりやすかったです」
「なら何よりです。では改めて掃除の件ですが、もう十分時間は潰せました。完璧にこなしたと言っても違和感を抱かれない頃合いでしょう」
その発言から察するに、おそらく掃除を終了したことは誰かに伝えなくてはいけないのだろう。
それが金銭の発生するものなのかは定かではないが、メロウ達の態度から見るに報告が不十分なものであれば何か厄介な事になるのだろう。
だからこそ、ニアは2人へと改めて礼を伝えると、
「では私どもはここら辺で失礼させて頂きます。また明日もお邪魔させて頂きますが、何かして欲しい事等があればその都度お伝えください」
軽く会釈をしたメロウ達は続けてその場に背を向けて去っていき、そうしてニア達もまた部屋へと体を向ける。
そうして手をのぶへと伸ばし、掴もうかと思ったその瞬間、
「レヴィーナ。せっかくですから、少し一緒に出かけませんか?」
「…?」
ニアを静止するように伝えられたその言葉にニアは首を傾げてしまう。
だが次の瞬間にはオーゼンの表情を見た事によりそれが勘違いではなく、間違えようもないほどにためているのだと理解したからこそニアもまた何か大事な事なのだと理解し、
「えぇ、いきましょうか。まだ日は落ちていませんからね」
そうしてしばらく歩いて、先ほど紹介された庭へと出た2人は空いた椅子を見つけた事でその元へと寄り、そして座り込むと。
「レヴィーナ。一つ、今から大事なことを言います。ですがどうか、大袈裟な反応をしないように」
「…わかりました」
辺りをキョロキョロと見渡しながら伝えるそのそぶりからニアはオーゼンの言葉がそれほどまでに重大なことなのだと理解する。
そうしてニアの元へと少し首を伸ばしたオーゼンは、その耳元で決して他者に聞こえないようにと最新の注意を払いながら、
「部屋を出る時、私は念の為ノブに付いている傷が上に来るように細工しておきました。ですが戻ってきた時、その傷の位置がずれていました」
「…!!!」
それはドアノブについた小さな傷。木の木片が割れているかのようなその傷は隠そうとも隠せるものではなく、逆に言えばその部屋を使っている者であれば目印として利用することも容易であった。
そうしてオーゼンが伝えた言葉。途中までしか語られていなくとも、その先に伝えたいことがなんなのかは必然的に理解できる。つまりは、
「私たちがいない間に、何者かが私たちの部屋に侵入しました。もしかすれば何者かが私たちの正体に気づいた…もしくは違和感を覚えた可能性があります」
「…まさか」
この王城へと辿り着いたからまだ1日も過ぎていない。更に言えば知り合った人も両手あれば数え切れるほどに少なかった。
なのにも関わらず警戒にも等しい行動をとられた。その早すぎる行動にニアは酷く動揺してしまう。
あのまま部屋へと戻って仕舞えば侵入されたものの目的もわからぬままレヴィーナはニアとなってしまっていた。だからこそニアは血の気の引く感覚を味わいながらも、
「…どうする。あの部屋以外に部屋を手配してもらう…?いや、それ自体は可能だろうがこのタイミングで部屋を変えればそれこそ黒だと自白するようなもの…どうする…どうする」
ぶつぶつと呟くニアは時間もを忘れるほどに現状を打破する方法を模索し、その思考を加速させていく。
だが案はない。何故ならこの状況で行動を起こすことの方が不審であり、同時により警戒を引き起こすトリガーにしかなり得ないからだ。
だからこそしばらくして、ニアは覚悟を決めたように小さく息を吐くと、
「カラリナ。いいですか。これから共に部屋へと戻りましょう。そしてまず始めることは部屋に何か細工がされていないかの確認。もしかすれば部屋を監視するなんらかの細工がされている可能性があるため、探す際も視界の端で微かに探る程度。そして見つけられた場合は大事なことはそこに映らないようにして過ごすこと」
「…えぇ、わかりました」
ニア達にとって最も警戒するべきこと。それは部屋にニア達の部屋での生活を監視する細工が施されていること。
バレて仕舞えばニア達の任務は一瞬のうちに水の泡となり、同時にその瞬間にライラットが襲いかかってくるだろう。
だからこそニアは再び小さく息を吐くと、オーゼンへとまで合図をし、そして部屋の前へと歩みを進ませる。
そうして加速する心臓を自覚しながらもドアノブへと手をかけると、
「っ!」
開かれた扉の先には暗い景色が広がっていた。
それはニア達が部屋を出た時と同一であり、まるで誰もこの部屋へと入ってきていないと伝えているかのようであった。
だがオーゼンは言った。何者かが部屋に入ったのだと。だからこそニアは警戒を抱きながらも、だが何者かに監視されている時のことを考え、バレないようにあくまで平然を装いながら中へと歩みを進ませていく。
「疲れましたね。カラリナ」
「そうですね。レヴィーナは疲れてないんですか?」
「私は今日はもう十分寝ましたので」
何気ない会話を。だが気付かれないほどの警戒を。
そうしてニア達は可能な限りの最小限で最大限の警戒を敷く。だがいくら探せど何かが見つかることはなかった。
辺りは既に暗くまではいかずともニア達が外を出歩いてた時と比べれば闇へと落ちていっており、だからこそニアはオーゼンの言葉に疑問すらを抱き始めていた。
だがその時、
「…見つけた」
呟くようにして発されたその言葉にニアはわずかにその動きを硬直させ、だが次の瞬間にはこの部屋に何をされたのかを理解するべく声のしたオーゼンの方へと歩みを寄せていく。
オーゼンは浴槽の中にいた。部屋の端に屈むオーゼンは何かを見つめるように微動だにすることなく静止していた。そして、
「…見てください、レヴィーナ」
部屋の中にも関わらずニアをレヴィーナと呼んだ。それはつまり、今この瞬間においては部屋の中ですら油断してはいけない状態ということであり、だからこそニアもまたレヴィーナとしての声を作り、オーゼンの元へと歩みを寄せていく。
そうしてオーゼンの頭上から覗き込む形でその目を向けた時、そこに見えたのは、
「…虫?」
ビー玉のような丸い見た目をした小さな虫。生き物のような、だが生き物ではないと1発でわかるその虫がそこにはいた。
オーゼンに自身の存在がバレたからか、逃げようと死角へと走り出すその虫だったが、易々と逃がすわけもない。
オーゼンは躊躇うことなく近くにあったコップを逆さにして虫の上へと被せ、同時に状況を整理するかのように自らの背後に立つニアと目を合わせる。
ここまで来れば間違えようもない。杞憂ではない。何者かに今、微かな攻撃を受けている。
重ねたコップは虫が逃げようと足掻いているのか嫌な音を響かせ、だがその時不意に響いて音は一瞬の元に消え失せ、代わりに静寂が訪れる。
コップの中で何かが起きたのか、あるいは開けたタイミングで逃げようと油断を誘っているのか。
どちらにせよ今のニア達に一寸の油断もなく、だからこそ2人はそのコップを退けることなくその場を後にし、代わりに他にもまだ隠れていないかと部屋の中をくまなく探すのだった。




