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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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ようやくのひと段落

「…これは…!」


「本当に、驚くことばかりですね」


 本日幾度目か分からない驚愕の言葉をこぼすのは他でもないニア達であり、ライラットに連れられるまま辿り着いた部屋の光景に、ニアは静かに驚愕していた。


 満腹時ですら空腹と思えるほどに食欲のそそられる匂いを放つ大量の料理に、汚れのひとつもない服を身に纏った、可憐な装いの人々。


 楽しげに会話する人々のその光景はニアとオーゼン、両者の想像していた交流会のイメージとは遠くかけ離れており、


「では参りましょうか。ここにある料理は好きに食べていただいて構いません。が、食べ過ぎない様にご注意くださいね?せっかくのワンピースが汚れてしまってはもったいないですから」


 目を輝かせ、今にも駆け出しそうなオーゼンへライラットはとりあえずの注意事項を伝えてみせる。


 だがそんなことは関係ない。美味しいものは美味しい。更には満腹ではなく空腹であれば尚更。だからこそ、


「あ、ちょっとカラリナ!」


 部屋の中へと足を踏み入れるや否や料理の元へと駆け出したオーゼンは瞬く間に片手に皿を、もう片手にトングを持ち、そして目にも止まらぬ速度で食材を掴み、皿の上へと運んでくる。


 その慌ただしっぷりにライラットだけでない、もとよりその部屋にいた者達もわずかばかりに困った様にその目を向け、だが、


「…美味しい!!」


 空いていた席へと座り、積んだ料理を頬張った瞬間、オーゼンのその瞳は先ほど以上に輝き出し、そして目に見えてものすごい速度で積まれていた料理の数は減っていく。


 だが何よりも注目するべきはその仕草。


 躊躇いなく頬張っているにも関わらずその仕草の一つ一つに可憐さと見紛えるほどの作法が身についていた。


 それもあの地獄の1週間の内にヨスナに叩き込まれた作法の一つであり、だがそのあまりの食べっぷり、そして美味しそうに食べる表情に先ほどまでオーゼンを迷惑そうに見ていた者達も食欲をそそられていく。


 そうして次の瞬間には1人、また1人と釣られるように料理の元へとその歩みを向け、


「…ちょっと食べてみようかな」


「私も!」


「私もこれ食べたい!」


「あ、私の分も残しておいてくださいね!!」


 十分に積まれていたはずの料理の数々は瞬く間に足を運んだ者達によってその数を段々と減らしていき、そしてついにはそこが見えるほどまでに数を減らしてしまう。


 そしてそれを口にするが最後、オーゼンを卑しい者を見るかのような目で見ていたもの達もまたその美味しさに目を輝かせ、その料理に魅了されたのかその他の料理にも手を伸ばしていく。


 そうして瞬く間に場の雰囲気を塗り替えたオーゼンを見たライラットは、未だ動くことなく同じくその光景を見ているニアへ驚愕の表情を浮かべながら、


「カラリナ様は、随分とたくさんおたべになるのですね」


「…えぇ、私も初知りです」


 もはや可憐な交流会の姿は何処にもなく、代わりに目の前には、並んだ豪勢な料理を美味しそうに頬張る民達だけが映っていた。


 そうして数分後、オーゼンの皿の上に山ほどに積まれていた全ての料理は綺麗に平らげられており、同時に並んでいた豪勢な料理の数々もまた、オーゼンに魅了された者達によってそこが見えるほどまでにその数を減らしていた。


 そうして満腹になったのか、満足そうにぽんぽんと腹部を叩くオーゼンへ、


「満足しましたか?」


「えぇとても。とても素晴らしかったです」


 もう今生に悔いはないと言わんばかりに満足した表情でオーゼンはニアへとそう言葉を返して見せる。


 そうして続けて自身と周囲で同じく大量の料理を食べたがためにお腹いっぱいになっている者達を見ると、


「ね、美味しかったでしょう?」


 そう言って、笑ってみせるのだった。


 そうして交流会を終えた帰り道にて、


「なんか…すごかったですね」


「そうですか?まぁみんなが美味しいものを美味しいと思ってくれたのなら何よりです」


「…いや、そこじゃなくて」


 ライラットと共に食事を終えたニアは先ほどの一件を思い返しながらそう言葉を投げかけており、だが対するオーゼンは何処か嬉しそうに言葉を返してみせる。


 だがそこではない。ニアが今最も気にしているのはそこではないのだ。何故なら、


「あのー…何か用でしょうか???」


「…?いえ?私共はただカラリナ姉様にお供しているだけにございますが」


 歩くニア達の背後、先ほどの交流会を終えてからずっとその後を着いてくる存在がいたことでニアはいてもたってもいられずに遂に振り向き、そしてその者へと声をかける。


 だが対するその者はかけられた言葉に対して心底不思議そうな反応を返し、そして続けてオーゼンのお供をしているだけだと返して見せる。だが、


「…姉様?」


「えぇ。カラリナ姉様です。あの食べっぷり、あの屈託のない笑顔…!私、あの瞬間、生まれて初めて誰かを尊敬しましたの!!」


 その瞬間、ニアは大きなため息と共にその額へと手を当て、それまで黙っていたライラットもまた困ったように苦笑いを浮かべてみせる。


 厄介なことになった。率直に、この女性の言葉を聞いて真っ先にニアが浮かんだ言葉はそれだった。


 余計なこととはいかないまでも、オーゼンのその躊躇いのない行動のために予想外の事態が起きてしまい、結果としてさらに予想外だった従者を名乗るものまでできてしまった。


 だがオーゼンは大して気にしていないようで、女性の言葉を聞くや否や技とその歩みを遅らせ、女性の隣に立つと、


「わかりますか…!あの料理美味しかったですね!あ、もしよろしければ今度一緒に何処か食べに行きませんか!?」


「えぇえぇもちろん!!カラリナ姉様のお誘いとあらば是非お供させていただきます!」


 何がそんなにオーゼンに対し忠実な反応をさせるのか、頭の中を???で埋め尽くされながらもニアはこの時にしてようやく気づく。否、それは初めから明らかであった。


 魅力されてしまったのだ。この女性はオーゼンのその食べっぷりに言葉通り人生で初めての尊敬の念を抱き、だからこそ食に関してオーゼンを何よりの指標としてしまったのだろう。


ーー…それにしても時間に反して信頼が深すぎる気がするんだが


 そうして再び耐えることのないため息をついたニアは、続けて今尚笑顔で女性と会話をするオーゼンへとその目を向けると、


「カラリナ様。お話もよろしいですが、私たちが先を急いでいることもお忘れないよう」


「はーい!それじゃあまた今度ね!」


「あっ!!」


 ニアの言葉を聞いたオーゼンは目的を忘れていたのか何処かハッとしたような表情を浮かべ、そして会話を切り上げると足早にニア達の横へと立ち並ぶ。


 わずかに申し訳なさを抱きながらもチラリと後方へと向けたその視界の中には何処か寂しそうな表情を浮かべた女性が立っており、だが次の瞬間には笑顔になるとオーゼンへとお辞儀をし、何処かへと去っていく。


 それはおそらくオーゼンが“また今度”と言ったからであり、考えなしとは言えど結果的に場を収めてくれたオーゼンにニアはわずかにホッとするのだった。









 おそらく招待したライラットすら予想していなかった完全な予想外の積み重ね。


 だがその予想外をなんとか切り抜けたニア達は、最後の部屋へと向かっているのか、長い渡り廊下を歩いており、だがその時、


「レヴィーナ様、カラリナ様はご友人とお聞きしまして、お部屋は同じの方がよろしいですか?」


「そうですね。お願いできますか?」


「お任せください。ちょうど2人部屋が空いていますので、そちらを手配させていただきます」


 合間合間のニアの言葉を通じてニアとオーゼンが友人という納得に至ったのか、ライラットは2人を同じ部屋にするか否かを問いかける。


 だがそれはニア達にとっても願ってもいないこと。だからこそニアは迷うことなくその提案を了承し、返事を聞いたライラットもまた笑顔を浮かべてみせるのだった。

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