それはいつも思う事
王との謁見を終えた現在。
ニア達を窮地から助け出してくれたライラットは安心したのかほっと一息つき、だが続けてニアへとその目を向けると、
「…レヴィーナ殿。いきなり私のような者に言われても不快かもしれませんが、王へあの態度はいかがなものかと」
「…すみません」
「反省が欲しいのではありません。ただ次の機会への好転を。いつでも私がいるわけではありませんから」
ニアの声が聞こえていたのか、伝えるその言葉は至極真っ当な説教の様な言葉であり、だが不思議とその声色は人を責め立てる際のものではなく、むしろその者が無事であった事を喜んでいるかの様な優しい声色であった。
そうしてライラットは、続けてニアの横に立つオーゼンへとその目を向けると突然その頭を下げ、
「カラリナ殿。この度は怖い思いをさせてしまい申し訳ないです」
「そんなそんな!むしろ助けていただいてお礼を言いたいのはこちらと言いますか」
その行動に一寸の迷いもなく、同時にその声色に僅かばかりも嘘をついている気配はなかった。
だからこそオーゼンもまた嘘ではない単純な感謝の言葉を返してみせ、その言葉を聞いたライラットは安心した様に小さく笑い、そしてその頭を上げると、
「ありがとうございます」
短く、だがこれ以上にないほどに誠実に、感謝の言葉を述べて見せるのだった。
「…とはいえ、ひとまず王謁はこれにて終了です」
「これだけですか?」
「えぇ。王謁は王へと新たな王族になる挨拶をしに行くというもの。そこに王の承認は不要ですし、むしろ追い出されたおかげで時短までできました」
伝えるライラットは先ほどの一件はあくまで挨拶に過ぎないのだという事を伝え、続けてどこか子供じみた笑みでニアの行動のおかげで時短が出来たと、感謝の言葉を伝えて見せる。
その様子は見れば見るほどごく普通の好青年であり、ラノア達のいう通り本当に注意人物なのかとその脳内にわずかな疑問が浮かんだ時、
「ライラット様は…王に気に入られているのですか?」
そう声をかけたのは隣に立ったオーゼンだった。オーゼンもまたニアと同じ疑問を抱いていたのか、だが聞くとすればこのタイミングしかないと、その言葉を問いかけてみせた。
そうして問いかけられたライラットはその顎に手を添え、わずかに考える様なそぶりをすると、
「そういうわけでもない…というか、むしろ逆だと思います。明らかに僕にだけ向ける態度が違うし、あの方が私に笑いかけたことも一度としてありませんから」
苦笑いしながらそう口にするライラットにはまたしても嘘をついているそぶりはなく、だからこそ続けてオーゼンへとその目を向けると、
「おそらくあの方は私ではなく、私の実力を買ってくれているだけなのだと思います。ですから、もし私の身から力が離れて仕舞えばその時は気兼ねなく首を刎ねられてしまうでしょうね」
謙遜か、あるいはこれまでの経験からなる推測か。どちらにせよ、ライラットのその言葉は自身の価値は力にしか存在しないと語っているかの様であり、その自身を貶す様な言葉にニアは思わず、
「そう言ったことは——。…すみません。ですが、そう言ったことは言わないで下さりますか。あなたのことを他の方がなんと思っていようと、私は先ほどあなたに救われ、今ここに立っています。それは何よりも、あなたに力以外に、もっと素敵な魅力がある事を物語っているのではありませんか?…って、すみませんこんな上からで…」
「レヴィーナ殿…っ、はは!!」
一度止まってしまいそうになったその言葉をニアは無理矢理に動かし、そして自身が思った事。何よりも力以外に魅力がないものなど、世界のどこにも存在しないのだという事を語ってみせる。
その瞳は真っ直ぐにライラットを射抜いており、思いもしなかった言葉にわずかに驚いた表情を浮かべていたライラットもまた、ニアの迷いのない視線に次の瞬間にはその表情を正し、だがその言葉を終えた時、ライラットは不意に吹き出すと、
「そうですね。えぇ、確かにその通りです。お恥ずかしながら、生まれてこの方そんな言葉をかけられたことがないもので、少し反応が遅れてしまいました」
抑えきれないかの様に小さく笑みを浮かべながらそう口にするライラットは、しばらくの笑いの後に息を吐き、そして再びニアへとその目を向けると、
「まさか生まれて初めての叱りを受けるのがレヴィーナ殿とは…、ですが、その言葉が他意のあるものではないことは十分に理解しました。なので改めて…ありがとうございます」
感謝を述べるライラットのその態度は心の底からの言葉を述べているかの様であり、不躾な言葉を伝えてしまったのではないかと気構えていたニアはその反応にわずかに困惑してしまう。
だが次の瞬間にはこちらもまた小さく笑うと、
「えぇ。あなたにはきっと、あなただけの特別があるはずです。ですから、いつか現れるその人に、その者に愛された際、その方に嘘偽りのない感謝を述べられる様な、そんな生き方をなさってください」
その言葉はニアにとって嘘偽りのない、善人であるライラットに幸せになって欲しいと思ったが故の言葉であった。
だからこそ、その言葉を聞いたライラットは小さく目を見開くとそのまま数秒間硬直し、だがその時、冷静になったニアはようやく自身の傲慢に気がつき、そして、
「…ライラット様…?…あ…!すみません!“あなた”なんて大それた呼び方をしてしまって…!お気に障ってしまったでしょうか…?」
あたふたとしながら恐る恐る問いかけるのはここで王家に加わる事を拒まれて仕舞えば全てが水の泡になるからであり、だからこそライラットのその顔色を窺っていた時、
「あぁ、お見苦しい所を見せてしまいましたね。むしろ、どうか好きにお呼びください。…さて、ではそろそろ私たちも先へと進みましょうか」
「先?まだ何かあるんですか?」
「新たな王家に加わる者は1人や2人ではありません。なので、レヴィーナ様達と同じく招待を受けた方達はこの先に待つ広間へと足を運んでいただき、そこで心ばかりにも交流を深めていただくのです」
どこか急ぐ様に会話を切り上げたライラットへニアはわずかな疑問を抱き、だかまだ先があると知ったことにより疑問の矛先はそちらへと切り替わる。
当たり前と言えば当たり前なのだが、他にも招待を受けた者達は大勢おり、だからこそ一旦の交流のために全ての招待を受けた者達はそこに集められるのだと、ライラットはそう伝え、そして止まっていたその歩みを進ませていく。
「…どうかしましたか?レヴィーナ」
「…いえ、少し思うところがあって…ですが、えぇ、この話はまた後にしましょうか」
だがニアは先を歩くライラットについて行くことなくその場にて立ち止まったままであり、その違和感に気づいたオーゼンが声をかける。
だがその瞬間、何事もないという様にニアの意識は現実へと回帰し、次の瞬間にはライラットの背を追いかける様に前へとかけて行く。
その疑問は気付いて仕舞えばその疑問にたどり着くことは必然的なものであり、だからこそ何かあるのだと、ニアはその疑問を口にする事を拒むのだった。
”何故、3年に一度という高頻度で王家に加わる人がいるにも関わらず、見える景色の中にわずかな人しか居ないのか“と。




