王謁
「でっっか…」
「ですね…」
目の前に立ち聳えるその物体に、ニアはこの世界に来てから何度目かわからないその反応を改めて繰り返していた。
だが仕方ない。何故ならそのどれもが想像よりもはるかに巨大であり、今回もまた例に漏れずだったからだ。
ーーこの世界の城は何処も大きすぎるんじゃないか?いや、もしかして城はこのくらいが普通なのか…?
カラクリアに進行し、わずかな坂を数十分と登った先にあるその建物は端が見えないほどに巨大な、石で造られた古き良き城であり、所々に見える小さな傷跡がその城の歴史の長さを物語っていた。
そしてニア達が恐る恐る立ち寄るそこには赤い柵で仕切られた扉があり、その前には数人の門番が瞬き一つしないほどに厳重に警備をしていた。そして、
「止まれ。何用だ」
「先日の王家選抜でライラット様にご招待頂いたレヴィーナと申します。…もしかしてお話はお聞きしておられませんか?」
「…少し待っていろ」
重圧を放ちながら問いかけるその門番はいつかの『白き王』の時と同じ白い鎧を身につけたもの達であり、だかライラットの名を聞くや否やその眉を顰め、そしてもう1人の門番へと合図を出すと城の中へと姿を消していく。
そうして待つこと数分後、小さな足音と共に厳重なその扉は開き、そして、
「レヴィーナ殿…!お待ちしておりました!…っと、そちらのお嬢様は?」
「初めまして、カラリナと申します。イヅネ様からご招待いただき、こちらのレヴィーナと共に参った次第でございます」
「あぁ、イヅネ殿の!そういうことなら話が早い。お二人とも、どうぞ足元にお気をつけて着いてきてください」
現れたライラットは前回同様にごく普通の好青年であり、だがその横に立つオーゼンの存在に気づくや否や何処か気恥ずかしそうに咳払いをしてみせる。
そうしてかけられた言葉にオーゼンは慣れた口調でライラットへと自己紹介をしてみせ、知人だったのか、出された名前に疑問を抱くことなく2人を王城の中へと誘い入れるのだった。
言われるがままに着いて行ったその先には大きな扉があり、開かれたかと思えば着いて行った先にさらに大きな扉。
幾重にも開かれ、なおも目的地へと到達し得ない現状にニアが何かの罠にハマっているのではないかと疑問にさえ思ったその時、
「着きました。ここが目的地、王謁の間の入り口となります。この先に王がお待ちになっておられますので、まずはそちらに挨拶をお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
歩みを止めたその先には最後と思わしき金色の扉が備えられており、ライラットはその先にカラクリアの王が待っていると、先に挨拶を済ませるようニア達へと伝える。
カラクリアの王。それは聞いた話の通りでは先代の王…ラノアの母を殺した者達であり、だからこそ2人は改めてその身を引き締め、ライラットへと感謝の言葉を述べると、その先へと足を進ませていく。
そうして金色の扉はニア達が接近することに気がついた門番達により開かれ、そうして開かれた先には、
「…これは」
「言いたいことはわかりますが…本当に、言葉が出てこないですね…」
その光景にニア達は立ち呆けていた。何故なら目の前に広がるその光景は初めて見た光景などでは到底なく、むしろその逆の——
ーーラノアの…あの宮殿と同じ…!?
豪華に飾り付けられた装飾品に、部屋の中心に引かれた赤いカーペット。そして何よりもその中央に聳え立つ、長い階段。
完璧に再現された一室に浮かんだ驚愕はその部屋の細部へと目を向けるごとにさらに大きなものとなっていき、だがその時、
「よく来たな。乙女達よ。…ふむ…、片方は可憐で片方は天真爛漫…乙女達よ、誰に声をかけられてここへと足を運んだ?」
その声はニア達よりはるか上空の、階段の先に備えられた椅子の元から聞こえてきた。
そうして目を向けた先には小太りの、見せびらかすような豪勢な服装に頭に冠をつけた50歳程の男が座っており、肩肘を立てながらニア達へと目を向けるその姿は長く語らずとも自身を慢心している国王であると理解できた。
だが今はその姿が気に入らずとも反旗を翻すことはできない。だからこそニアとオーゼンはヨスナに倣った通りその場でお辞儀をして見せると、
「僭越ながら私はライラット様にお声がけをいただき、」
「私はイヅネ様にございます」
「ライラットにイヅネ…そうか。それで、ここで何をするのかは聞いておるか?」
気味悪くニヤニヤと笑いながらそう口にする国王はニア達の品定めをするかのようにその体を見まわしていた。
気持ちの悪いその目線は離れていたとしてもニアの心境を害し、だからこそニアはつい、
「すみません。その目線をやめていただかない限り、私はその質問にお答えすることはできません」
「…何?」
告げられたその言葉に王は先ほどまでのニヤニヤとした笑みを潜ませ、代わりに眉を歪ませると、圧のあるその声でニアへと睨みかける。
瞬間、その場の雰囲気は先ほどまでのものではなくなり、代わりに罪人を処刑する空間のような、重苦しい空気感へと様変わりする。
だがそれは大して違ってはいないだろう。何故なら王は今この瞬間にも階段の下に立つ門番に自身に無礼を働いたニアを捕まえろと命を出すべくその手を空へと伸ばし、だがその時、
「お待ちください、王!」
その声が部屋の中に響くと同時にニア達の入ってきた扉は凄まじい音を立てて開き、同時にその声の主の姿を部屋の中にいるもの全員に理解させる。
白い髪に白い瞳をした、整った顔立ちの青年。空気を引き裂くように部屋の中へと飛び込んできたその青年をニアは知っており、だからこそ、
「ライラット様…!?」
呼ばれたその名の青年はわずかに息を切らしており、それが何かをしたのちに部屋の中へ足を踏み入れたからか、あるいは王の仕草を遮るほどの無礼な行為を働く事を無理矢理に自身へと納得させたためか。
部屋の中へと踏み込んできたライラットは他の何も語る事なくただ黙々と王へとその目を向けており、王もまたライラットへとその目を向ける。
そうして沈黙が貫く事数秒。短期間に二度も自身の意を拒まれたことに王は耐え難い怒りを覚え、だからこそその怒りはライラットにすら容赦なく降り注ぎ——
「興が冷めた。そこの者達を連れ、いち早くここを去れ。2度はないぞ」
「感謝します。…お二人とも、着いてきてください」
だが伝えられたその言葉は到底ニアが想像した最悪のものではなく、むしろ何の咎めもない、面倒くさくなったがために邪魔な者達を追い出そうとしているかのような、そんな言葉だった。
そうして伝えられた言葉にわずかに胸を撫で下ろしたライラットは、続けて呆気に取られるニア達へと着いてくるよう言葉を残し、そうして部屋を後にするのだった。




