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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
82/105

潜入当日、それにより注意人物

 そうして訪れた次の日の朝。


「朝…」


 机に伏したニアは意識の覚醒と共にその目を開き、そしてその時にしてようやく自身が眠りに落ちてしまっていたことを理解する。


 ヨスナの講座はヨスナの言葉通り日が昇るまで続き、だがそのおかげというべきか、無理矢理にでもその記憶には多少の技術が培われていた。


 そうして小さなあくびと共に大きく伸びをした時、


「…?」


 不意に自身の体から何かが落ちるような、そんな感覚が訪れた。


 空気と見紛うほどに軽いそれは地面にわずかな音のみを生じながら着地し、そうして遅れてニアがそれへと目を向けた時、


「…タオル」


 薄い一枚の青いタオルがそこにはあった。


 おそらく眠り落ちたニアへ、誰かが起きないようにとの優しさでかけてくれたのだろう。


 では気持ち程度の温もりを与えるそのタオルを誰がかけたのか。


 それは続けてヨスナのいたはずの場所に誰の姿もないことを理解したことによりおのずと推測でき、だからこそニアは小さく笑みを浮かべると、


「…よし、行くか」


 ご丁寧に、つい先ほどまで使っていたように思えるメイク道具は綺麗に着替えなど一式の揃った鞄の中に仕舞われており、ニアは慣れた手つきでその鞄を背負い上げ、そして重苦しいその扉を開くのだった。






 初めて見た際には思わず動揺したその宮殿も1週間を共にすれば自然と見慣れてしまい、その“慣れ”にわずかな寂しさを覚えながらも、ニアはラノア達のいるであろう広間への扉を開いてみせる。


 そうしてその扉の先に居たのは、


「来たわね、レヴィーナ…いいえ、ニア!」


「お待ちしておりました」


 変わらず長い階段の頂に座ったラノアは初めてその姿を見せた時と同様にニアを見下ろしながらそう口にし、だが今度はヨスナもがラノアの横につき、同じようにニアへと言葉をかけていた。


 そうしてわずかに違う1日のスタートラインにわずかにその胸の内にワクワクが生まれた時、


「寝れたか?ニア」


 かかったその声は共にカラクリアへと訪れた友人の声であり、だがどこか久しぶりに聞いたその声にニアは反射的に振り向き、そしてその先には、


「声は男でも女装したままなんだな」


「まぁな、…いよいよだな」


 わずかな沈黙の後にそう呟くオーゼンの瞳はわずかに揺らいでおり、その様子は酷く緊張しているようだった。


 言われてみればオーゼンは十日も経たないほど前にはいつも通りオーグリィンの案内人をしていたごく普通の少年であり、そんな少年が他国とはいえ、いきなり王族の元に呼び出されるとなればこの緊張も仕方のないことだった。


 だが、そんな緊張を理解しているからこそニアはわざとらしくオーゼンの額を叩くと、


「安心しろ。俺がいる」


 できる限り明るく陽気に、オーゼンの心配をわずかにでも吹き飛ばせるように。


 そうして伝えられた言葉にオーゼンはわずかに驚いた表情を浮かべ、だが次の瞬間には自身が心配される程に緊張していた事実を理解すると、


「あぁ!何かあったら頼らせてもらうぜ?相棒!」


 大袈裟に、だが嘘ではない笑いをその表情に浮かばせると、そんな言葉を返して見せるのだった。


 そうして改めて2人の意思を確認したラノアは小さく笑みを浮かべると、


「それじゃあ改めての確認をしましょう。ニア。オーゼン。あなた達にはこれからスパイの王家として王城へと潜り込んでもらうわ。そしてあなた達に探して欲しいもの。それはずばり、“夢のかけら”の在処よ」


「…夢?」


 ラノアの口から飛び出した予想だにしていなかったその言葉にニアは思わず眉を顰めてしまい、だが同じようにニアのその反応を予想していなかったラノアは不思議そうに首を傾げて見せる。


 そうして事態に理解が及んでいないラノアは状況を説明するべく、ニアはため息と共にその口を開き、


「…夢の厄災。そう呼ばれる奴の遺した『守宮』のカラクってのとこの前戦ったばかりなんだよ。だからこんな場所でその名前を聞くのは予想外だし、出来るなら聞きたくはなかった」


「…!!!…『守宮』のカラク…聞いたことがあるわ。…それで、勝敗はどうなったのかしら」


「俺が生きてるってのがとりあえずの答えだと思うが。…まぁ、大半は一緒に戦ってくれた奴のおかげなんだけどな」


 瞬間、ニアの言葉にラノア達はその目を見開き、だが問いかけに対するニアの反応を聞いたことで続けてその目を窄め、そしてヨスナとラノアはその目を合わせ、何かに納得したかのようにアイコンタクトをとってみせる。


 そうして改めてニア達へとその目を向けると、


「話が逸れたわね。夢のかけら。それはあなたの思っている通りの『夢の厄災』ヨハネが遺したとされる、願いを叶える代物…いわば奇跡の代物よ」


「『厄災ヨハネ』…どんだけこの世界に厄介事残してるんだよ…。事情はわかった。でもそんな物、既に誰かの手に渡ってるんじゃないか?」


「そうかもしれないわね。でも、そうじゃないかもしれない。私はそこに賭けたの。他の誰かよりも先に夢のかけらを手に入れ、必ず願いを叶えて見せる」


 もはやこの旅が始まってからの全ての出来事に関連していると言ってもいいほどに『厄災ヨハネ』はその存在をニアへと知らしめており、だからこそその口元からは堪えようのないため息が溢れだす。


 だがラノアの瞳には一寸の迷いはなく、ただ自身の目的のために、ただそれだけのために今までの行動の全てがあるのだと、言葉がなくともニアとオーゼンにはそれが理解できた。


「そして、ここからが絶対に覚えておいて欲しいこと。今回の任務にあたって、注意するべき人物をリストにまとめておいたわ。ヨスナ、お願い」


「かしこまりました。では僭越ながら…まず1人目、“老公カルデン”。富と実力を身につけ、ですがそれを傘に欲しいものは何が何でも奪いにくる。この方に関しては関わらないのが最も有効な対処法と言えるでしょう。そして2人目、“アガルダ”。名称も何もない老いた執事。ですがその洞察力は凄まじく、一瞬でも油断すれば間違いなく瞬く間に今回の一件を勘づかれ、公に広がってしまうでしょう。そして、最後の3人目。最優にして、このリストの中でも最も注意するべき人材“公爵ライラット”」


「あの人が!?」


 先の2人はともかく、3人目に挙げられたその名前にニアはその部屋に響くほどの声で反応してしまう。


 何故ならニアからみたライラットは微塵も注意するべき人物には見えず、礼儀正しいごく普通の好青年に見えたからだ。


 だからこそ、ヨスナはニアの反応を見たことでオーゼンの言葉が嘘ではなかったことを改めて確認するように短くその目を瞑ると、


「公爵ライラット。以前オーゼン様にはお伝えしましたが、齢二十にして歴代カラクリアの中で唯一二つ名を与えられた、紛うことなき英雄です。ニア様の実力は知りかねますが、ただ一つだけ伝えられることがあるとすれば、「絶対に勝てないから、戦いになった時点で全てを捨てて逃げてください」と。それのみです」


 伝えるヨスナに嘘をついているそぶりはなく、同時にその言葉にもまた本気以外の感情は込められていなかった。


 全てを捨てて逃げろ。その言葉は逆にいえば何か一つでも気にかけることがあってしまえば、逃げることすらが叶わないほどの存在ということの証明。


 だからこそニアは想像すらしていなかったライラットの警戒度に、小さくその拳を握りしめるのだった。

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