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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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花はより可憐に

ーー…あれ、これ…まずいことになったんじゃないか?


 オーゼンは静かに焦っていた。


 先ほどレヴィーナ…もといニアと話していたライラットの表情はオーゼンがこれまで見てきた恋をしている者、あるいは恋と気付かずとも気になる人を見ている者と一致していたからだ。


 そして何より、会話の最中にニアの隣に立っていたにも関わらずライラットは一度もオーゼンの方へとその意識を割いておらず、だからこそオーゼンはその肌に薄い汗を滲ませながらニアのワンピースの裾を軽く引き、


「えっと…わ、私ちょっと急用を思い出しちゃって…一度家に帰ろうと思うの」


「そうね。私ももう十分楽しんだし、一緒に帰りましょ」


 意図していないのだろう。一刻も早くラノアにこのことを伝えなければと、その場から離脱する言葉を伝えたオーゼンへ、ニアはそんなふうに言葉を返して見せる。


 だが1人で帰ると言った方が帰って違和感を感じさせてしまうだろう。


 だからこそオーゼンはニアをカラクリアに引き留めることなく共にラノア達のいる宮殿へと駆け足で戻り、そして有無を言わさずニアを別の部屋へと移動させると予想外の帰宅に驚愕するラノアへ、


「はあ?!レヴィーナが惚れられた!?それもライラット…あの馬鹿に…はぁ…」


 事情を聞いたラノアもこの事態は予想外だったのか大きなため息と共はその日額へと手を当て、そしていつの間にかラノアの元へと帰還していたヨスナもまた、声には出さずとも何処か呆れた態度でため息をこぼしていた。


 知人だったのだろう。ため息をつくその姿はもはや慣れたような反応であり、だからこそオーゼンは不思議そうにラノアへとその目を向けると、


「危ない人なんですか?」


「…いいえ、むしろその逆。王族の中では1番のアタリと言っても過言じゃないでしょうね。容姿端麗、女子供にも優しく、誰も差別しないカラクリア国民からの支持も高い根っからの善人」


「…?じゃあなんでそんな厄介ごとに捕まったような反応なんです?」


「…それはあいつが、私たちの計画において最もハズレだからよ。公爵ライラット。齢二十にして、歴代のカラクリアで唯一二つ名を与えられた、正真正銘の英雄よ」


 語るラノアの見たこともないその態度から、訳を聞かずともあのライラットがただ者ではないのだとオーゼンへ理解し、だからこそその手のひらにはわずかな焦りが滲んでいた。


 そんな者の元にニアを置いても果たして平気なのか、と。だがラノアはそんなオーゼンの微かな焦りにさえ気が付いたのか、


「まぁ、あの馬鹿のことだから下手なことはしないはずよ。そこは安心して平気。でも、そうね。その報告はすごく助かるわ。それと、レヴィーナにはこのことは伝えないようにしましょう」


「それはどうして?」


「あの子、多分嘘をつくの苦手なタイプでしょう?そんな子に「多分惚れられてるけど上手く誤魔化して」なんて言ってみて。今回の計画の全部が破綻するわ」


 その判断は適切なようで、ラノアの普段から人をよく観察していることが表れている言葉だった。


 そうして少しの沈黙ののちに目を合わせたオーゼンとラノアは言葉すらが不要と言わんばかりに大きく頷き、


「ヨスナ。レヴィーナが正式に招待をもらった今、ここで明日までの時間を無駄にしているわけにもいかないわ。引き続き、少しでも王族の礼儀を教えてもらえるかしら」


「わかっています。それと、カラリナ様もまだ時間があります。レヴィーナ様はこちらで預かりますので、もう一度カラクリアへ訪れてみてはいかがですか?」


 ニアはこちらで預かるから大丈夫だと。オーゼンへ再びカラクリアに出向いて見てはどうかと提案するヨスナへ、オーゼンはわずかに迷ったそぶりを見せたのちに、


ーーさようなら、ニア…!!どうかお元気で…!!


 これから再び行われる礼儀講座を思い浮かべ、オーゼンはニアへと小さな別れを告げたのちに再びカラクリアへと足を運ぶのだった。








 そうしてオーゼンに別の部屋に移されたニアは、事態が飲み込めていないためか静かな部屋の中で考え事をしていた。


ーー先生…何処にいるんだろうな。地図に記されてたのは間違いなくここ。でも先輩が言ってた通り先生が一国の戦力の大半を担ってるんだとしたら、この前カラクリアに足を運んだ時、先生のことを誰も話していなかったのは少し引っかかる…


 カラクリアの王家選抜は確かに数年に一度のイベントで、注目度で言えば灰庵が訪れることよりもはるかに上だろう。


 だが、もし灰庵が本当にこのカラクリアを訪れていたのだとすれば誰かしらはそのことについて話していたとしても不思議ではない。


 だが、誰も話していなかったのだ。今日みたく何かのイベントな訳でもないただの日常。会話する内容など溢れているその日常の中にすら、灰庵の名前は聞こえて来ず、だからこそニアはわずかな疑問を感じていた。


 そうして果てのない疑問を頭の中に渦巻かせていたその時、


「レヴィーナ様。ヨスナです。只今よろしいでしょうか」


「…?はい、大丈夫です」


 叩かれた扉の向こうからは聞き慣れた声が聞こえてき、だからこそニアは頭の中に渦巻いていた疑問を一旦押し除け、そして叩かれた扉を開いてみせる。


 そうして開かれた景色の先には、


「えーっと…ヨスナ様…?これは一体…」


 それなりに大きなカバンに、丁寧に封をされた手紙。


 扉の先にそれがあることを予想していなかったニアはわずかに目をぱちぱちとさせ、だが対するヨスナは当たり前と言わんばかりに口を開くと、


「レヴィーナ様の着替え等荷物一式と、王城の図が描かれた紙です。最低限ですが、あまり荷物が多すぎても不審に思われますからね」


 そうして微かに開かれた鞄の隙間からはニア…否、レヴィーナがレヴィーナであるために必要な道具の一式が揃えられていた。


 だがニアはこの1週間にメイク道具の使い方など教わっておらず、だからこそ困ったような反応をしたその時、


「えぇ。言いたいことはおおよそ理解しています。ですから今からレヴィーナ様に教えるのは、このメイク道具の使い方、そして着飾る際に手本にするべきものの詳細などです」


「…なるほど?」


「とは言ってもメイク云々に関しては言葉で言ってもわかりはしないと思います。なので早速ですがメイクの時間といきましょう。大丈夫です。このまま日が昇る頃まで続ければ、自ずと多少はやり方を掴めるかと思いますので」


 瞬間、ニアは硬直し、そして聞こえたその言葉が聞き間違いではないかと何度も脳内で繰り返し再生する。


 だがいくら聞き直そうともそれは聞き間違いなどではなく、何よりもニアを見るヨスナの無気力な、だがどこか燃えているように感じる瞳がそれが本気なのだということをニアへと理解させていた。


 そうして地獄は再びニアへとその赤をたぎらせるのであった。

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