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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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レヴィーナ

 1日目の朝から、ヨスナの講座は壮絶なものだった。


「ニア様、そこの裾はもっと高く!そんな格好では不遜を働いていると思われても文句を言えませんよ!」


「っ、はい!!」


「オーゼン様、格好ばかりを気にしない!足元がおぼついてしまっていますよ!意識をもっと全体に!」


「はい!!」


 ニア達の佇まいを見ていたヨスナは2人の佇まいに改善する箇所が多すぎると変わらない気だるげな表情の中に鬼の形相を潜ませ、そして一つの間違いをするたびにその鬼の形相はどんどんと現実へと姿を現し始めていた。


 初めは丁寧だったその口調も残りの日数があまりにも少ないが故か時間と共に強くなり、比例するようにニア達の中にはヨスナに対する恐怖心が生まれ始めていた。


 だが、だからこそ2人の成長速度は尋常ならざるものとなっていた。


 二度と怒られたくない。そんな恐怖心のおかげで学習能力はニア達に一度指摘された箇所を完璧に覚えさせ、代わりにその動きはより洗練されたものとなっていった。


 身振り手振りはもちろんのこと、話し口調や声、言葉遣いまで、ヨスナによりニア達だったその者達は時間と共に外見に違和感のない女性へと様変わりし、そうして流れるように迎えた1週間後、


「命名します。ニア、貴方の名はこの任務中、“レヴィーナ”。そしてオーゼン、貴方は“カラリナ”と名乗りなさい」


 ラノアの伝えるその言葉はもはや原型のない全くの新しい名であり、今までのニア達であれば間髪入れずに文句の言葉を垂らしていたことだろう。


 だが今は違う。新たな名を授けられたニア達は流れるようにラノアへとその頭を垂れ、


「ありがたき幸せ。レヴィーナ、そしてカラリナ。ラノア様のご命令のために只今より行って参ります」


「えぇ、任せたわよ」


 スカートの裾は地面へとつかないように微かに持ち上げ、見える足元は見えすぎないように細心の注意を払う。


 1週間のヨスナの王族講座を乗り越えた2人にはもはやその礼儀作法がもとより身についたものだと思うほどに完璧にマスターしていた。


 何よりもラノアへと言葉を返すその声はニアとは似ても似つかない年頃の女性の声であり、元の姿を見ていなければ誰が見ても年頃の女性にしか見えないほど、この1週間のヨスナの仕込みによりニア達は外見共に変貌を遂げていた。


 そして自らの教えた作法を躊躇うことなく披露するその2人にヨスナは変わらない気だるげな瞳の中に小さな満足さを浮かべ、別人のようになった2人を見たラノアもまた満足そうにドヤ顔を浮かべてみせるのだった。












ーーここからでる方法はわからないが、おそらく来た時と一緒…だよな


 ラノア達を後にそう思考しながら歩くレヴィーナ、もといニアは意気揚々と出たはいいもののその小さな世界から脱する方法を聞いていなかった事を思い出し、だが今更聞きに戻るわけにはいかないとその思考を加速させていた。


 その背後に立つカラリナ、もといオーゼンもまた戻り方がわからないようで同じ場所を右往左往しており、だがニアはこの小さな世界へと来る時、ニアは池の中へと突き落とされ、気がつけばあの世界へと辿り着いていた。


 この世界を行き来する方法が単純なものなのであれば、もう一度飛び込めば元の世界へと帰還できるだろう。だがもし違っていれば、使用人達が数時間かけて施した化粧、そして気合いを入れて見繕ってくれたそのドレスも全てが水の泡となることとなり、そうして一歩を踏み出す勇気が出ずにオーゼンと共に右往左往していたその時、


「地界…元の世界へとお戻りになる際はこちらです。…今、わからないからとりあえず飛び込もうとしていましたか?」


「いや、まさか…はは、それよりもヨスナ様は何故ここに?」


「いつものことなのですが、お嬢様は優先するべきことのみを伝えてその他の小さな事を伝え忘れます。例えば、今回の王家選抜への参加方法。そしてここから出る方法も」


 背後からかかったその声にレヴィーナとカラリナは反射的に振り向き、そしてその先に立つヨスナにわずかな驚愕を浮かべる。


 そうして何故ここにいるのかと問いかけるレヴィーナへ、ヨスナは癖なのか幾度とない大きなため息をつくとラノアの悪い癖を語り始める。


 それは愚痴のようであり、だがそれ程長くの時間を共にしているという何よりの証拠でもあった。


 そうして自身がここに来た理由を簡潔に述べたヨスナは続けてレヴィーナ達へと着いてくるよう合図を出し、そして少ししてついた先には、


「…ここは?」


 少し開けた自然の中には不自然に置かれた魔法陣のようなものがあった。不自然に光り輝くそれは何者かが足を踏み入れるのを待っているかのようであり、だがヨスナは慣れたようにニアをその陣へと立たせると、


「地界へと戻るための陣です。しばらく落ちるような感覚がありますが、どうか慌てないようにお願いします」


 近くにある背丈ほどの木の棒らしきものを手に取るヨスナはニア達へとそう伝え、そして少ししてからニア達と同じくその陣の中へと足を踏み入れる。


 だがそうして、ヨスナが手に持った棒で地面を強く叩いた瞬間、


「…?…っ!!」


「…!!」


 突然にニア達の臓器の全ては浮く感覚に支配され、同時にその視界が黒一色に染まったことにより焦りを覚える事を余儀なくされてしまう。


 ヨスナの言っていた落ちるような感覚。頭では理解していても慌てずにはいられないその状況に暴れ出しそうな手足を鎮めるためにニアは全身に力を入れ、その目を瞑る。


 そうして数秒後、鼓膜の片隅で小さな鈴の音が響き渡り、そうして開いた瞼に映ったのは、


「到着です。慌てはしてもそれを表は出さなかったのは偉いですね。とはいえ、オーゼンさ…カラリナ様はこの有様のようですが」


 いつか見た巨大な池のすぐそば、わずかに草木の姿が潜ませたその箇所にニア達は座り込んでいた。


 それは先ほどの落ちるような感覚のためか、だが慌てこそすれどそれを行動に出さなかったことは偉いと、ヨスナはニアへと声をかけ、だが続けてその横でものの見事に横たわっているオーゼンを理解したことで大きなため息を隠すことなくその場で吐き仰る。


 その瞳は無機質なようで、だがその芯ではニア達が何事もなくここへと帰ってこられたことにホッとしているような、その何処にも確証はなくとも、ニアは何処となくそう思うのだった。

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