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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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王家選抜祭

 先ほどまでニアのいた場所に現れた、見覚えのない長い黒い髪をした女性。


 それは他でもない、半ば強制的に女装させられたニア本人であり、だが睨むその瞳は視界の先で満足そうに頷くオーゼンを容赦なく射抜いていた。


 だがその時、そこに経つニアを見たラノアは小さく目を見開き、そして一言、


「…男装してたの?」


「お前はそれを悪口だと理解した方がいい」


「お前ですって!?貴方、少し外見が良くなったからって私にそんな方の聞き方をして——」


「にあってるー!」


 ほとんど悪口なその言葉はラノアが思っている以上にニアの心へと刺さっており、だが、だからこそ反射的に返してしまった“お前”呼びにラノアは聞き捨てならないと言わんばかりに言葉を返して見せる。


 だがその言葉は最後まで語られず、ラノアの言葉を遮るように間に入ったウミの声によって上書きされてしまう。


 飛び跳ねながらニアへとそう言葉をかけるウミは何処かのラノアとは違い純粋な善意のみでニアの容姿を褒め称え、だからこそニアはオーゼンやラノアには向けなかった小さな笑みを浮かべ、ウミのその体を軽く抱き抱えて見せる。


 そうして何処か悔しそうな表情を浮かべるラノアは改めてニア達の準備が整った事を確認すると、


「それじゃあ改めて、これから貴方達にしてもらう事を説明するわ。とは言ってもこれは完全に私の私情。もし貴方がこの件にこれ以上関わりたくないって言うのなら、私に引き留める権利はないわ」


 最後まで乗り気でなかったニアのためか、ラノアは嫌ならば無理はしなくてもいいとニア達へと言葉をかけ、その反応を伺うように最後の確認をとって見せる。


 だが、オーゼン達はニアが断る事を微塵もその思考に入れていないのか、返事は決まっていると言わんばかりにニアへとその目をやっており、


「はぁ…わかった。どのみちカラクリアに入れないと先生を探しにも行けないからな。それに、もう片足は踏み入れてる。こうなれば後は流れるままに、だ」


「…うん、ありがとう…、本当にありがとう…!」


 オーゼン達の目線に負けたように、だが始めから結論は決まっていたと言わんばかりにニアはラノアへとそう言葉を返して見せる。


 そうしてニアの言葉を聞いたラノアは再びその目頭を小さく潤わせ、感謝の言葉を伝えて見せる。そして、


「それで、俺たちは何をすればいいんだ?外見は変わったから確かにカラクリアには入れるようになったかもしれないが、だからって入っただけじゃ何も変わらないと思うんだが」


「そうね。でも、入る事に意味があるの。だって今年は“王家選抜祭”…、王に気に入られた者が新たな王族として迎え入れられる、数年に一度の一大イベント、その年だもの」


「…もしかして」


「えぇ。ニア、オーゼン、それからウミちゃん…やっぱりウミちゃんは私といましょう。改めてニア、オーゼン。貴方達にはまず選抜に勝ち、新たな王族として迎え入れられて欲しいの」


 女装で女性よりも王に気に入られ、選抜に勝ち残る。


 いくら上手に女装できたからと言っても無理なのではないかと思ってしまうその提案にニアはしばらく考え込み、だがいくら考えてもそれ以外に方法がないのならと割り切り、


「わかった。でももし選ばれなくても文句は言うなよ?」


「もちろんよ。何度も言うけどこれは本来なら私個人の私情。そこに人を巻き込んで、さらに難癖をつけるなんて事しないわ」


 ニアの言葉に返事を返すラノアの瞳に嘘をついている素振りはなく、だからこそニアは続けてオーゼンへとその目を向けると、


「女装はいいが、声とか仕草も変えないとまずいんじゃないか?俺はそう言うの苦手なんだが」


「それもそうだな…王様、何か俺たちが身につけておくべきことってありますか?」


「そこは安心して。期限までにここのみんなと、ヨスナが貴方達に一通りの礼儀を教え込んでくれるわ」


「期限?そういえばその王家選抜祭ってのはいつ…」


 ヨスナという聞き覚えのない名前にニアはわずかに首を傾げ、だが次の瞬間には未だに王家選抜の日を聞いていなかった事を思い出し、ニアはラノアへと問いかける。


 するとラノアは何気ない顔でニア達へとその目を向けると、


「1週間後よ」


「…?」


 当たり前と言わんばかりに放たれたその言葉にニアはわずかにその頭を白一色に染め上げ、だが次の瞬間にはそのあまりの猶予のなさを理解したからこそ、


「ギリギリすぎるだろ!」


「仕方ないじゃない!私だって貴方達が来るってわかってたらもっと色々準備してたわよ!!」


 柄にもなく声を荒げて返事を返したニアへ、ラノアもまたニア達が来ることなんて完全な予想外であったのだと、仕方がないと言わんばかりに声を荒げながら言葉を返して見せる。


 そして、期間がないとわかったからこそニアは小さくため息をつき、


「ならこんなことしてる時間もないな。使用人さん、お願いしてばっかりだけど教えてくれますか?」


「なんかニアの方がやる気出てないか?」


「できることが一つしかないならそれを全力でやる。普通のことじゃないか?」


 声をかけられた使用人達は声を発することなく、代わりに何処か楽しげな様子で首を何度も縦に振っており、だがその時横にいたオーゼンが自分よりもニアの方がやる気があるのではないかと声をかける。


 だがニアはその言葉に当然と言わんばかりに言葉を返し、その言葉を聞いたオーゼンもまた小さく笑い、


「それもそうだな。よし、使用人さん、俺にもお願いします!!」


「お嬢様、御用とは一体…は?」


 だがその時、使用人の1人が呼んだのか、ラノアへと会いにその扉を開いた黒い髪の女は、中に見覚えのない姿をした3人が居座っていることによりぽかんと口の開けた表情のまま固まってしまう。


 だが続けてニア達を見るラノアが何処か自信ありげな表情をしたことで次の瞬間には事態を理解し、そうして大きくため息をつくと、


「…なるほど、王家選抜にお客人様方を送り出す。つまりはそういうことですね」


「そういうことよ。それでヨスナ、貴方を呼んだのは他でもない、この人たちに王族として無礼のない作法を教えてあげて欲しいからよ」


「そういうことだろうと思いました。ですが、はい。承りました。それがお嬢様の命とあらば」


 何処か気だるげにしながらも、ラノアの命令であれば従うのみだと女…ヨスナはラノアへとそう言葉を返すのだった。


 だがニア達はまだ知らない。ヨスナのこの礼儀講座が、朝起きることすらが恐ろしくなるほどに厳しいものだとは、まだ誰も、気付いていない。

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