白き王の物語
「『白き王』…それは遠い昔の、いつかの誰か。その物語が記された本のありかも分からなければ、その本を見たこともない。ただ民達全員の記憶にいつの間にか刻まれ、死ぬまで忘れることのない呪いのようなもの」
「それはどういう…」
「わからないわ。ただ、わからないのに全てを知っているの。例えば“『白き王』は黒い髪に黒い目、そして腰には黒い刀を携えた幼子を連れた少年である”、とかね」
遂に語られた『白き王』と呼ばれる存在の概要。
だがその概要は全てがあやふやであり、だからこそニアは信じがたいものを見たかのように眉を顰めてしまう。
だが続けてラノアの語ったその言葉はいつかの時に鎧を被った者に言われた言葉と一致しており、だからこそニアは驚愕にその目を見開いてしまう。
前回伝えられた時は状況が状況だったがためにあまりその言葉を真剣に聞いてはいなかったが、改めて伝えられたその言葉は完璧にニアの事を捉えており、だからこそその予言は一体何なのかと、ニアは更なる疑問を抱く事を余儀なくされる。
そうしてその話の概要を大雑把にでも理解した。否、理解したからこそ、ニアの中には新たな疑問が浮かび上がってきた。それは、
「なら、何で君はその『白き王』ってのを求めてるんだ?カラクリアの人たちの反応を見る限り、『白き王』は何やらよくない伝説のようだったが」
「そうね。だから難儀してるのよ。『白き王』の記憶は私たち一族が王位に着くよりももっと前から存在してた。でもあいつらは私たちをカラクリアから追い出す口実として『白き王』すらもを私たちがみんながカラクリアから離れられないようにするための嘘…みんなに施した呪いだって語り出した」
「…なるほどな」
「えぇ。さっきも言ったけど今のカラクリアはほとんど乗っ取られてる状態って言っても過言じゃない。そんな状況で王に最も近いものが先代の王家が悪だったと語り出したのなら、どうなるかなんて考えるまでもなく分かりきってるわ」
『白き王』。それは元々カラクリアに害する伝説ではなく、むしろはるか昔から存在していたにも関わらず今もなお続いているということはカラクリアに対し益を幸する予言だったのだろう。
だがカラクリアを乗っ取ったその者達がラノア達を追い出す口実として『白き王』として騙って仕舞えば、それまで『白き王』の記憶に疑問を思っていた民達はその事象をラノア達一族の成した事だとして解決し、そしてより乗っ取った者達の発言に信憑性が増してしまう。
狡猾で、だが人の心理を理解しているが故に成し遂げられてしまった悪業。だからこそ語るラノアの瞳には今にもこぼれ落ちそうな雫がその姿を現しており、
「私たちは逃げてしまった。幼いという事を理由にし、民達の疑問すら解決する事なくカラクリアを抜け出してしまった。今はもう私たちを信じてくれる民達は何処にもいない。だから期待していたの。もし貴方が『白き王』なら、私たちでなくとも、何も知らずに今も一生券面生きている民達に幸福をもたらしてくれるんじゃないか、って」
それは『白き王』という存在へ全てを任せる無責任な発言そのものであり、だが語るラノアの震えるその腕が、その発言をするまでにどれほどの長い葛藤を経たのかをニアへと理解させる。
そうして自身が感情的になっている事を気が付いたのか、あるいは目頭に浮かぶ涙を誤魔化すためか、ラノアはわざとらしく咳払いをしてみせ、
「でも貴方は『白き王』じゃない。予言は望めば叶うほどチンケなものじゃない。馬鹿らしいけど、私もそれをさっき理解したわ。だから、」
「だから、俺たちの出番ってわけだ」
「わけだー!」
「!?」
瞬間、ラノアの言葉を遮るように、あるいは代わりに語るように声を発したのは今という瞬間までニア同じく静かにラノアの話を聞いていたオーゼンと、そして続くように声を発したウミだった。
2人はここぞとばかりにニアの前へとその歩みを数歩進ませると、わざとらしくその指をニアへと向け、
「俺たちがカラクリアに潜入する。幸いなことに俺たちにはカラクリアに関して誰よりも詳しく、さらには王族に関しても浅くない知識がある、まさにうってつけの人もいる」
「一応言うけど私が強制したわけじゃないからね?さっきの話をこの人たちにもしたら、『わかった。そういうことなら俺たちに任せとけ』って言うこと聞かなかったんだから。まぁ、私にとっても願ってもないことだったし引き留めはしなかったんだけど」
「…それで女装か?」
「おうよ、ニアとかならまだしも俺は髪色が目立つからな。身分を誤魔化すには外見を変えるのが一番早いかなって思ったんだ」
当たり前のようにそう伝えるオーゼンは言ってしまえば数日前に厄介ごとを解決したばかりだと言うのに、再び新たな厄介ごとに首を突っ込んだと言うことに他ならず、だからこそニアはオーゼンのその躊躇いのない優しさについため息をこぼしてしまう。
だがその時ニアは気がついた。ニアへと語るオーゼンはともかく、その場にいる使用人、ウミ、さらにはラノアまでもがニアへとその目を向けていることに。
そうして同時にニアは理解する。
「…待て。俺“たち”?たちって言ったのか?いいか、俺は女装なんてしないぞ、ぜったい——」
「おー、やっぱ顔いいやつは何しても似合うんだな。なんか悔しいけどやってよかったって感じ」
「…オーゼンお前、いつか絶対に仕返してやるからな」
「おう、なら楽しみに待ってるぜ!」
そう声をかけるオーゼンの先、先ほどまでニアがいたはずのその場にはニアの姿はなく、代わりに何処か恥ずかしそうに全身を震わせながら、着慣れていないのだと一目でわかるドレスを身につけた長い黒髪の女性が立っていた。
頬は化粧のせいか赤く染まり、肌の露出に慣れていないのか両腕を抱き抱えるようにして隠しているその女性はオーゼンへと恨み言を吐き、だが対するオーゼンはそれすらが楽しみだと思っているのか、何処か楽し気に返事を返して見せるのだった。




