カラクリアの出来事
「…なんで女装してるんだ?」
目の前の女性…改めオーゼンに投げかけたその言葉は当然の疑問であった。
久方ぶりに会ったかと思えば出迎えたその姿は女装した見覚えのない姿。意味の分からないその女装にニアがようやくなことで疑問を抱いた時、
「『白き王』。あなたは先ほどから否定しているけれど、私はまだあなたが白き王だと疑っているわ。だから、あなたが白き王である前提でこれからの話をさせてちょうだい」
「…?」
かけられたその声は先ほどからニアの背後に立っているラノアの声であり、だがラノアは状況に困惑するニアを横切り、その先に置かれた椅子へと腰掛けると、その横に置かれているもう一つの椅子へとニアに座るよう合図を出して見せる。
『白き王』。それはニアがカラクリアへと訪れてから幾度となく聞いた言葉であり、だからこそ合図の通りに腰掛けたニアが改めて呼ばれたその名称にわずかに眉を挟ませた瞬間、
「さっきも言ったわね。私はラノア。カラクリア次期国王よ。でも、だからこそ貴方はこう疑問に思ったんじゃないかしら。「何故次期国王がカラクリアではなくこんな場所にいるのか」と」
語るラノアの瞳は訝しむニアの瞳を躊躇うことなく射抜いており、そして先ほどニアが抱いたその疑問を当然の疑問として声に出して見せる。
次期国王。文字にして見れば大層なそれは普通ならば口にしない称号であり、だからこそニアはラノアのその語り口調に何かがあったのだと薄々気付いていた。そうして自身の違和感に気付いているニアを理解したラノアは小さく息を吐き、そして、
「私の母は、私の最も信頼していた家臣に…その仲間に殺された」
瞬間、その場の空気は凍ったかのように停止し、同時にその空気を以ってそれが嘘ではないのだと理解させる。
語るラノアの声は向き合いたくない現実から目を背けるためか小さく震えており、だが次の瞬間には今は感傷に浸っている場合ではないと、その拳を強く握りしめると、
「殺されたのよ、数年前に。でもあいつらは非を認めるどころか、あろうことかその罪を私に被せた。“王の座を狙い、母を殺した大罪人”ってね。そこから全てがおかしくなっていった。母を…統率者を失ったカラクリアはルールのない無法地帯のような荒れた国になり、住む人々の生活も苦しいものになっていった。でもその時、一つの希望が現れた。その者は貧窮に喘ぐ民にこう言葉をかけた。“先代の王族は自身の罪が明るみになったがためにカラクリアの民達を見切り、あまつさえ国民を見捨てたのだ”と」
それはおそらくオーゼンの口にしていた数年前に起きたとされるカラクリアの内乱の話であった。
だがニアの想像していた以上に混沌としたカラクリアの過去の話にニアは言葉を返すことすら忘れるほどにその耳を傾け、そして語るラノアの言葉は通常の何倍も重く聞こえた。そして、
「そこからは酷いものだったわ。母様が命をかけて守った民達はお母様の成したことの全てをなかったかのように批判し出し、まるで操り人形のように新たな王の誕生を望んだ。民達の言う希望が、王として望まれるその者達が、先代の王を殺した者達だとも知らずに」
語り終えたラノアは何処か疲れたように小さく笑い、だがニアにはその笑いは力のなかった過去の自身へと自嘲のように見えた。
必死に抵抗したのだろう。おそらく何代も続きカラクリアに平穏を届け続けた一族の、あっけない最後。
その一部始終を知りながらも幼いながらにどうすることもできず、人々の意思に流されるがままに国を追い出されたのだとすれば、ラノアのその絶望はどれほどのものだったのだろうか。
だが、だからこそニアの中にはいまだに解決できていない疑問があった。それは、
「事情はわかった。だが、それと君の言う『白き王』って言うのにはどう言う関係があるんだ?」
「直接の関係はないわ。『白き王』。それはカラクリアの民達全員が知る、遠い昔の、いわば伝説のようなものよ」
「伝説…?」
ラノアの話はニアが状況を理解するには十分すぎるものであった。だがその内容を理解したとしてもその中にニアが自身が『白き王』と呼ばれる理由に関しては一切触れられておらず、だからこそそのことをラノアへと問いかける。
するとラノアはこの話自体には『白き王』は関係しないと何気ない表情で伝え、続けて『白き王』ははるか昔の伝説のことであるのだと伝えて見せる。
そうしてラノアは再びニアへとその目を向けると、
「『白き王』…それは遠い昔の、いつかの誰か。その物語が記された本のありかも分からなければ、その本を見たこともない。ただ民達全員の記憶にいつの間にか刻まれ、死ぬまで忘れることのない呪いのようなもの」
伝えるその瞳に嘘をついている素振りはなく、ラノアは『白き王』について、そう語るのだった。




