幻想的な世界
「…??」
柔らかい草木に横たわる感覚の中、ニアは目を覚ました。
ついこの前も体験した覚えのあるその感覚を味わいながらもニアは重たい瞼をなんとか開き、だが次の瞬間には容赦なく瞳へと飛び込んできた陽光につい開いた目を窄めてしまう。
そうして瞬く間に意識を覚醒したニアは寝ぼけた体を起こすようにその体に力を込め、そしてその光景を目の当たりにする。
「…これは……」
先ほどまで自身のいた神秘的な自然。だが目の前に広がる光景はそれと似通っているようでまるで違っていた。
巨大な枝の上に建てられた家に、そこにいるのが当たり前と言わんばかりに行き来する、先ほどまでいなかったはずの人々の姿。何よりもニアの見つめるその中心には、
「…樹…!?」
ニアの知っているどの樹よりも遥かに巨大な、その頂上を追おうとも雲へとかかり、見えなくなることの方が先なのではないかと思えるほどに巨大な樹がそこには聳えていた。
ニアの見た家の建てられた枝もこの樹から分岐した枝の一つであり、あまりの壮観につい見惚れてしまっていた時、
「目が覚めましたか」
背後よりかけられたその声にニアは反射的に後方へと振り向き、だがその声が何処か聞き覚えのあること、そして次の瞬間にその瞳に映った影により、その者が誰なのかを理解する。
黒い髪に肩ほどへとかかるためか結われた黒い髪をした女性。それはつい先ほどニアを池の中へと突き落とした張本人であり、同時に変わらない涼しい瞳でこちらを見る女性であった。
そうしてニアが自身の存在を理解したことを確認した女は「それでは」と言う言葉と共に右足を地面へと擦らせながら後方へと動かし、身に纏っていたローブの端を軽くつまみ上げると、
「改めて、ようこそ我が家へ。歓迎します。お客人」
明るく照らす日差しの元で、女は無機質な声でニアへとそう告げるのだった。
背後に聳える巨大樹のせいか、あるいはその服を揺らす風のせいか。その姿はとても美しく見えた。
ーー家…お客人…?いや、それよりもオーゼン達は…、っ!?
だがそんな光景も長くは続かなかった。女がニアへと”お客人“と言う言葉を放った次の瞬間、ニアの存在を知ってもなお気にも留めなかった”家“へと住まう者達はまるで人が変わったかのようにその目を輝かせながらニアの元へと近づき、
「お客人…!?お客人だってよ、お前ら!!」
「初めて見たわ、お客人…、何をしにいらしたのかしら!!」
「今夜は宴だな!!用意して来ないと…!!」
瞬く間にその場の空気は歓喜一色へと染め上げられ、だが言葉一つでのその代わりようにニアは何が起きたのか理解できず、その脳内にわずかな混乱を生じさせる。
するとそんなニアの気を理解したのか、女はどこか面倒くさそうにため息を吐き、そして、
「お客人は疲れていらっしゃいます。讃えるは良いにしろ本格的な神祭は今宵までお待ちください」
瞬間、その場には張り裂けそうなほどの歓声が響き渡り、だが代わりに先ほどまでニアへと質問を投げかけていたもの達はその質問の息を潜ませ、神祭と呼ばれたその時を今か今かと待ち侘びていた。
そうして一旦の場の収まりを確認した女はニアへと声をかけ、
「着いてきてください。他の方々はすでに目覚め、先の地点へと向かわれています」
「…?あ、あぁ」
3人の中でニアが最も遅く目覚めたのだと、何気なく伝えられたその言葉にニアは先ほどまでから一刻にわからないオーゼン達の行方に安心し、そうして次の瞬間には女はどこかへと歩いて行く。
その歩みは目の前に広がる巨大樹の方向であり、これから向かうその場所が不明瞭だからか、ニアはわずかな警戒を忘れることなく女の後をついて行く。
そうして少しして女が足を止めた時、そこには、
「どうぞ。こちらを通れば目的地となります」
巨大樹の中、果てがないと思えるほどに進んだその先には3mほどの巨大な水鏡が立てかけられており、風に揺られるように静かに靡く水面はまるでニア達を待っていたと言わんばかりに反射したその姿を歪ませていた。
そうしてこの先が目的地だと伝え、自分の仕事はここまでだと言わんばかりに女は自身の背後に立つニアへと目をやる。だが、
「…あんたが先に通ってくれ。すまないが、俺はまだあんた達のことを信用できていない」
「はぁ…かしこまりました。では私は先に向こうで待っておりますので、お客人は好きなタイミングでいらしてください」
先ほどから何処か適当感のある女の対応にニアは本当に先ほどのニアをお客人と呼んだ時の者と同一人物なのかと疑問を抱くことを余儀なくされ、だがそんな思考をするニアを他所に女は躊躇うことなく水鏡へと飛び込み、その姿をニアの視界から消失させる。
揺れる水面は女が通ったと言う事実をニアへと伝えるように小さく反射する景色を歪ませ、そうしてその光景を見たニアはどこか躊躇いながらも覚悟を決めたように小さく域を吐き、
「…よし」
踏み出した一歩の元に、水鏡の中へと飛び込むのだった。




