災難、いやいきなり?
「永遠の別れではないとはいえ、離れるってなると寂しくなるな」
背後に立つ巨大な塔を見つめながら、オーゼンは過去を懐かしむようにそうつぶやいていた。
おそらく生まれてからずっと共にしてきた街との、しばしの別れ。寂しくないはずもなく、だが、だからこそオーゼンはわざとらしく笑うと、
「またな、みんな!!お元気で!!」
たとえその景色の先に誰もいなくとも、大きく振ったその手の先にはまるで全ての人々が送り出しているかのようであり、瞬間、吹き抜ける風と共にオーゼンはオーグリィンへとその背を向けるのだった。
そしてその先に立つニア達の元へと歩みを寄せると、
「よし、もう大丈夫。別れは済ませた。後は死ぬ気で生きるのみ、だ!」
そうしてオーグリィンに背を向けた3人の先には何処かへと続く開けた道があり、だがそれはニア達がこれから訪れる街へと続く、カラクリア付近へと続く道であった。
そうして数日…特に厄介ごともなく世が明け、暮れることを数回繰り返したのちに、
「でっ…か」
「おっきー!!」
「…でかいな、俺も初めて見たけどここまでとは」
3人が驚愕するその先には開いた巨大な門が聳え立っており、だが人の力で閉じることなど不可能ではないかと思えるほどにその門は巨大であり、だからこそニアとオーゼンは思わずその場に立ち呆けてしまっていた。
ウミは初めて見たその建造物に興味津々と言わんばかりに立ち呆けるニアの手を門の方へと引いており、数秒後、その事実に気がついたニアは何処かハッとしたような表情でウミへとその目を向けると、
「じゃあまぁ…行くか」
隣で未だ立ち呆けているオーゼンの意識を現実へと引き戻し、ニアはウミに連れられるままにその門の先…カラクリアの中へとその足を踏み入れるのだった。
「なんか…外からのイメージほど人は多くないな」
ウミに連れられるままカラクリア内部へと足を踏み入れたニアは、中央に向かうための微かな坂を登りながらも横を通過する人々の姿をその視界にとらえ、だがそれが想像していた人の数よりも3割ほど少ないことに気がついた。
それは数日前にオーゼンの言っていた、この国で起きた内乱あってのせいか、だが不思議と人々の暮らしに不自由さが付き纏っているようには見えなかった。
食材などにより大きく膨れ上がったバッグに、豪勢とは行かないまでもそれなりに裕福なのだと一目でわかる服装。何処となく違和感として付きまとうその不気味さを理解しながらも、ニアがそれを外へと出すことはなかった。
そうして連れられるままにカラクリアへと進行し、数分経った頃、
「何かやってるのか?」
「おまつりー?!」
「さぁ…せっかくだし見てみるか」
少なかったその人数は先へと進むに連れその数を増やし、遂にはオーグリィン程とはいかずとも先を見ることすらが困難な程までにその人数を増加させていた。
原因すらがわからないその人混みはその先に何かがあるからなのか、だが人々がそれほどまでに押し寄せる原因に興味を持ったオーゼンは更に先へと進むことを提案し、カラクリアへと着いたはいいものの明確な行き先が定まっていなかったニアはその発言に小さく息を吐き、そして、
「ウミ、乗るか?」
「のる!」
これ以上先へと進む以上、ウミを歩かせるわけにはいかないとニアはその場で腰を折り、そして自身の横に立つウミを肩に乗せるべくその手を差し出して見せる。
すると瞬く間に腕を伝い肩へと乗り掛かったウミは数日ぶりのその感覚だからか何処か楽しげに笑っており、そして続けてニアはオーゼンへとその目を向けると、
「じゃあまぁ、せっかくだから行くか」
そうして更に先に進むことを決めたニア達は、先の見えない人ごみをかき分けながら前へと進み、そして少しした時、
「——である。故に私は彼らを決して許しは…」
その声は人混みの更に奥から聞こえてきた。何かを演説するかのように、訴えかけるかのように語るその声は人々がそれ以上先へと進むことなく足を止めていたことからどうやらこの人混みの原因になった者の声らしく、どんな演説をしているのかと少し耳を傾けた時、
「——の成したことはこの国を今ほどまでに落ちぶれさせた。奴らは反逆者であり、許されていい者達ではない!!」
瞬間、その演説を聞いていた者達は何かに取り憑かれたかのように拍手始め、感性が辺りを包み込み、更には感激のあまり涙を流すものもいた。
突然のその騒音になんの準備もしていなかったニア達は反射的に耳を塞ぐことを余儀なくされ、だがその時、何者かがニアの体へと衝突した。
そうしてふと目を向けた先には黒いローブを身につけた少女ほどの背丈の者がおり、だがニアが自身を見つめていることに気がついたその少女はなんの声も発することなく、代わりに備えられたフードを更に深く被り、そして何処かへと去って行くのだった。
足早に去って行く少女達にふと疑問を抱くニアだったが、その時、
「…ニア、あの人たち何か隠してる」
ニアの元へと戻ってきたオーゼンは足早に去って行く少女達へと目をやりながらそう伝え、だが人混みが人混み故に追うことすらままならい状況にニアは少女達の追跡を諦め、だが目の前の演説にもなんら興味が湧かなかったため、その場を去ろうと来た道を引き下がって行くのだった。
当然ながら来た道を引き下がろうとも先ほどの少女の姿は何処にもなく、そうして自身の背後にいるオーゼンへ、これからどうしようかと問いかけるために振り向いた時、
「…!!」
突然ニアの背中は何者かに掴まれる感覚が訪れ、そしてその感覚に疑問を抱く間も無く次の瞬間には何処かへとその体ごと引っ張られてしまっていた。
そうして突然の敵襲かとその刀に手をかけた瞬間、ニアは自身の前方に先ほど見た黒いローブを身につけた者が立っていることを理解する。
そしてそれを理解した瞬間、何処かの暗い路地へと放り込まれてしまい、ウミが落ちないようにと咄嗟に手を添えたニアは、同時に硬い地面に尻餅をつく感覚を味わった瞬間、
「貴方、私のこと見たわよね?」
開いた瞼の先には先ほどの少女が立っており、倒れ込むニアを見下ろしながら、吐き捨てるように伝えられたその声に、ニアは反射的に疑問を抱いてしまう。
何故なら確かに見はしたものの、ニアからの少女への干渉はそれだけであり、その正体どころかこうして連れ込まれたその理由すら見当がつかないことであったからだ。
だが対する少女はニアのそんなそぶりを見てもなお見下ろすその態度を変えず、ただニアの返答を待っているかのようにその目を睨んでいた。そうしてこのままでは何も変わらないと理解したニアは状況の飲み込めない頭のまま小さくため息をつき、
「確かに見はした。だが、だからって君にこんなことをされる筋合いはないと思うんだが」
「黙って。貴方みたいな人は信用ならないの。どうせ私が目を離した隙に門番のところにでも逃げ込むつもりでしょ」
会話にならない返答をつらつらと述べる少女へ、ニアはこれ以上会話をしても何も進展はないのだということを理解すると、
「すまないが、冗談に付き合っていられるほど暇じゃないんだ」
「冗談…?貴方、そんなつまらない物言いでここから切り抜けられるとでも思っているの?」
「はいはい。なんでもいいが、あまり人様に迷惑は——」
その時、ニアはふと違和感に気がついた。
それは先ほどまでぞろぞろと響いていた足音のほとんどが消え失せているためであり、だが次の瞬間にニアと同じく少女もがまたその違和感に気がついた瞬間、
「全員、動くな!!」
「…?」
「チッ…!!」
「先輩…あの人、やっぱり…!!」
聞こえてきたその声は間違いようもなくニア達へと放たれており、だが反射的に振り向いたその視界の先にはニア達のいる路地を封鎖するように、数人の白い鎧を身につけた者達が立ち並んでいた。
そうして1人、ニア達へと声をかけたその者を“先輩”と呼んだ女は続けてニア達へとその目を向け、その様子に少女が唇を噛んだ瞬間、
「黒い髪に黒い目…それに、腰に携えた黒い刀…間違えようもない…!!『白き王』…、何をしにここへ現れた!!」
「…白き…王…!?」
聞き覚えのない単語に聞き覚えのない名称。だがその名称の意味がわからずともその瞬間、ニアは理解する。この鎧をつけた者達が現れたその理由は、この少女ではなく自分にあるのだと。
こちらを見つめる者達の表情はわずかに恐怖に歪み、その手足もわずかに震えているように見えた。それはまるで死を迎える時が来たことを理解したかのようであり、だからこそ、
「待て、白き王…?なんのことかわからない。それに、俺はただこの街を訪れただけの…」
「黙れ!!全員、警戒を怠るな!!!今日、我らの手を以って予言を終わらせる!!!」
聞く耳を持たないその者達の先頭に立った男が号令を出しながら腰にかけた刀へと手をかけた瞬間、全員が同じように刀へとその手をかけ、まるで何か、脅威へと直面したかのように最善の注意を払い、ニアへと進行するそのタイミングを伺っていた。
そうしてニアもまたこの者達は自分の言い分に耳を貸す気がないのだと理解したその瞬間、
「ちっ、王!こい!!」
「待て、だから俺は王じゃ…って、お前ら人の話を聞けーー!!!」
背後からそんな少女の声が聞こえ、変わらず王などという名称には聞き覚えがないと言葉を返そうとしたその瞬間、返事をするよりも早く少女はニアの腕を掴み、そしてそのあたりの地形は全て頭に入っているのか、複雑な道を迷うことなく駆けていく。
背後から聞こえてきた鎧の者達の声は時間と共に遠ざかっていき、だが完全に声が聞こえなくなっても尚少女はニアの手を引くことをやめず、そうして遂に路地を抜けた先にはニア達が足を踏み入れた先の巨大な門が聳えており、
「こっち、着いてきて」
ようやくのことでニアの腕を離した少女はなおも状況に込めないニアへ短くそう言葉を残し、そうして先ほどまでの警戒が和らいだのか、だがまだ完全には解けていないようでチラチラとこちらへとその目をやりながらも、足早に何処かへと歩いて行くのだった。




