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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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澄み渡る景色の元で

 しばらくの涙の後で、赤く腫れ上がった目元を拭いながら、ハドルはニアへとその目を向けていた。


 だがそこには先ほどまでのような逃げ腰なハドルの姿は何処にもなく、代わりに先ほどの涙があったからこそハドルは逃げる事なくニアのその目を見つめ、


「迷惑をかけました。あなたを命の危機に陥らせ、更にはそのツケもをとらせてしまいました。罰なら受け入れます。本当にすみませんでした」


「俺からも頼む。許してくれとは言わない。だから少しだけでいい、慈悲をくれないか」


 地面へと額が接するほどに深々と謝罪を、そしてこの一件への礼を伝えるハドルは本人の言うとおりどんな罰でも受け入れる覚悟を決めたかのようにニアへと頭を下げており、同時にハドルに続くようにオーゼンもまた、ニアへとその頭を下げていた。


 だからこそニアはそんなハドル達へと小さくため息をつくと、


「あのな…お前ら俺をなんだと思ってるんだ?ハドル、あの一件が君の意思でなかった以上その責任を君に取らせるつもりはないし、例え君に罪があったとしても君はみんなを避難させてくれた。俺からすればそれは君のしでかした事よりももっと大きな、感謝するべき事なんだ。だから気にしないでくれ」


「…ニアさん」


 それはハドル達にとって予想外の返答そのものであり、許されない事をしたのだと覚悟を決めていたハドルはニアのその返事に何処か呆気に取られたような表情を浮かべ、頭を上げたハドルはニアのその瞳を見つめていた。


 そうして呆気に取られるハドルの隣で同じく頭を下げていたオーゼンは、ニアがその反応をすることを心の何処かで信じていたのか、上げたその表情にはわずかな安堵の笑みが浮かんでいた。そして、


「もし君がまだあの地獄を繰り返したいって言うのなら話は別だが、君はきっと違うだろ?」


「…うん、もうしたくない。僕はもう、誰も傷つけたくない」


 最後の確認のように問いかけられたその言葉にハドルは迷うことなくそう返事を返し、それを以てニアもまた小さな笑みを返してみせる。


 その瞳にもはや迷いはなく、だからこそニアもまたハドルの元へと一歩を踏み出すと、


「ならそのままでいてくれ。それが俺の、君への罰だ」


「…!!」


 瞬間、ハドルはニアから逃げるように背を向け始め、その突然の行動にニアの脳内には小さな疑問が生じる。


 だが次の瞬間に微かに聞こえてきたその声はついさっき止んだはずの小さな涙の音であり、だからこそニアはハドルへ不用意に言葉をかける事をせず、代わりにその場で小さく笑ってみせるのだった。


 そうして数分後、再びハドルの涙が落ち着いたのを確認したニアはその場で大きく伸びをし、


「…よし、じゃあまぁ、一旦落着だな」


 凝った体はオーゼンの言ったとおり先ほどまでの体験の全てを忘れてしまっているかのように快調であり、本来であれば喜ばしいその現象に、気付いてしまったからこその気持ち悪さを自覚した時、


「…アンセル?」


 木々の隙間から見えたその姿は本来であればこの場にいないはずのアンセルの姿それであり、だがアンセルもまたニアと同じく“記憶を継続したまま今へと戻って来ている”のなら?


 瞬間、ニアはハドルをオーゼンへと任せ、本人ですら無意識のうちにアンセルへとその足で駆け出してしまっていた。


 一歩を駆ける度に鮮明になるその姿に、それがアンセル本人なのだと確信を持ったニアは駆けるその速度をわずかばかりに加速させ、そして、


「アンセル!」


「…!!」


 咄嗟に呼んでしまったその声に反応するように、アンセルはその歩みを止め、そしてわずかな警戒とともにこちらへと振り向いてみせる。


 だがその声の主がニアだとわかるや否や次の瞬間にはそんな警戒などなかったかのように驚きの表情へと切り替わり、そして、


「ニア…!!…場所を変えよう。幸い、部下達には既に要は済んだと伝えている。少しではあるが私にも仕事の暇に君と語るだけの時間は残されている」


「わかった」


 突然の提案を疑問に思うニアだったが、他の人に聞かれてはいけない会話もあるのだろうと理解をし、そうしてアンセルに連れられるままにオーグリィンの外れへと歩いていく。


 そうして数分後、人の気配のない程までに離れた草原へとたどり着いた時、アンセルは辺りを見まわしながら地面へと腰を下ろし、


「不思議なこともあるものだな。あれほど荒れ果てた地が見ると完璧に元の姿を取り戻し、あまつさえその出来事すら私たち以外の記憶には存在し得ないとは」


「そうだな、でも終わったんだ。俺たちは勝ったんだ」


 改めて見た周囲の景色には先ほどの戦いの最中では間違いなくなかった草原が広がっており、何事もなかったかのように生え茂る草木に目をやりながら、アンセルは優しい声色でそう告げていた。


 それは戦いに勝利したからこそ見れた景色であり、だが未だ実感が湧いていないのか、何処か遠くを見つめながらそう呟くニアは、次の瞬間には何故この一件が既に終わった事を知っていながらも足を運んだのかと、そんな疑問が湧いて来てしまう。


 そうして問いかけるべくアンセルの方へとその目を向けた時、アンセルもまたニアの疑問の気配を感じたのか小さく息を吐き、そして、


「君に問いたい。アストーと呼ばれていたあの少年。君と彼との間にはどんな関係がある?」


「アストー?関係も何も俺はあの戦いの直前に初めて会ったくらいだし、そんな関係って言えるほど関係もないが…アストーがどうかしたのか?」


「…そうか」


 瞬間、アンセルはニアへとその視界を移し、そしてわずかに張り詰めた空気の中でそう問いかける。


 だがニアからしてもアストーは知り得ることの方が少ないほどに不鮮明な存在であり、だからこそわずかに変わったその雰囲気を理解しながらも、嘘をつくことなくそう言葉を返してみせる。


 そうしてニアの返答を聞いたアンセルは何やら意味深気に再び小さく息をこぼし、だが次の瞬間にはニアが嘘をついていないと言う事を理解したからか、張り詰めていたその空気は元の空気へと回帰し、同時にアンセルは座り込んでいたその地点から立ち上がり、そして、


「いいや、なんでもないんだ。協力感謝する。それと、今回の件は誰の記憶になくとも勝てたのは君の手柄だ。よくやり切ってくれた」


「いや、俺は何もしてないよ。事実、アンセルがいないと何回死んでたかわからないし」


 実感の湧いていないニアに気付いていたからか、改めてアンセルはニアがいたおかげで勝てたのだと、小さな笑みとともにそう伝えてみせる。


 そうして変わらない謙遜を続けるニアへ、アンセルは再び小さく笑みを浮かべると、


「ははっ、そうか。なら私の助力も勝ちへの手助けになったということだな…っと、少し話し過ぎたな。ここへは君と…アストー君の安否を確認しにきたんだ」


「そうだったのか。ありがとう。今度アストーに会ったらそのことも伝えておくよ」


「あぁ任せた。では私はこのくらいでお暇させてもらう」


 そうしてニアの安否を確認したアンセルはニアへと言伝を頼み、そして大きく伸びをすると片道を遡るように去っていくのだった。


 そうして数秒後、吹き抜ける風に髪を揺られながら静かになった草原で辺りを唄う草木の音だけを聞いたニアは静かにその場から立ち上がり、


「…さて、俺も動くか」


 このまま立ち呆けていても何も変わらないと、オーゼン達のいる場所へとその足を向けるのだった。


 映った景色の全てはアンセルの言った通り元通りに復元され、同時に自分たち以外の記憶の何処にもその出来事が存在しないという、まさしく夢と呼ぶにふさわしいほどの異常であった。


 だがそれは同時に自身がカラクに勝ち、全てが元に戻ったということの何よりの証明であり、だからこそ、


「…こんなに天気が良かったんだな」


 戦いの最中には気付くことのできなかったそのなんてことのない事実に、ニアはつい笑みをこぼしてしまうのだった。










「…面識はなし、か」


 1人森の中を歩くアンセルは、ふとそんな言葉を呟いていた。


 それはアストーと呼ばれていた少年のことについてであり、だがただ疑問が湧いて来たがための言葉ではなかった。


 それはアンセルがニアと同じく目を覚まし、状況を飲み込むためにわずかな時間を要していた時、


「アンセルさん、今お時間よろしいですか」


「…?あぁ、構わない」


 王番守人を集め、これからオーグリィンへと赴こうと言うその時、1人の桃色の少女が何処か深刻な顔つきでアンセルへとそう声をかけた。


 それはいつかのオーグリィンへ侵攻した時にも同行していた少女であり、だが前回まではなかったその接触にアンセルがわずかな違和感を覚えた時、


「アガット達からの報告です。つい数分前、森を探索中に3人の死体を発見した、と」


「…死体?」


 それはアンセルとは別の行動をしている小規模な隊の者達からの知らせであり、別の要件で森を探索していたその最中、死体を発見したという旨のものだった。


 死体の発見。日常の中で滅多に聞かないその言葉にわずかに眉を潜めた時、


「はい。ですが、ただそれだけではないんです。その死因がどこか不審で、まるで見えない何かに押しつぶされたかのような…」


「…!!」


 瞬間、アンセルは驚愕にその目を見開いてしまう。見えない何かで対象を押しつぶす力を持った者。そんな力を持った者はアンセルの記憶の中でつい先ほどまで一緒にいた少年しか該当せず、だからこそ次の瞬間には隊の全員へのセレスティアへの滞在を指示し、己が身一つでオーグリィンへと駆け出してしまっていた。


 だがオーグリィンにいる、アストーに対しての唯一の手掛かりとも思えたニアもアストーについて知っている情報はなく、だからこそアンセルは小さく空を見上げると、


「…アストー、君は一体何者だ?」


 青い空へ、そう問いかけるのだった。

これにて2章は終いです!!

いかがだったでしょうか。いやぁー、長かったですね。私自身試行錯誤しながら書いていたので途中途中で文が変になったりしていたかと思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございました!

まだまだ物語は続きますが、三章を描くのにしばらくの期間を設けたいと思っています。

なので次会うのはまた一月二月後になります!それまで皆様、お元気で!!

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