夢から覚めた時
「…あら?倒されちゃったのね、カラクちゃん」
世界ではないどこかで、???がそう呟いた。
色と呼ぶには不鮮明な髪色をした???は、見方によってありとあらゆる色に変化する、目の錯覚か何かが起こっているのかと錯覚するほどに不鮮明な髪をしており、だが少女程のその背丈よりも長い“白い”色をしたその髪は???の足元についているにも関わらずそこには何もないのだと錯覚するほどに、???の立つ足元よりもさらに下へと垂れていた。
???は遠い過去の自身が生み出したカラクが、今までの封印とは違う、生物のあるべき死を迎えたことにわずかな驚愕を抱き、そして何者がそれを成し得たのか、興味の赴くままにカラクの最後の記憶を辿ってみせる。そして、
「…ふふっ、そう。あなたが最後に満足な戦いができたのなら、私も嬉しいわ」
カラクの最後の記憶を見た???はカラクが夢を終わらせた者達との戦いを楽しんでいた事を理解し、だからこそうちに湧いた微かな悲しさを覆い隠すように、小さな子供へと笑みを向ける母親のような優しい口調でそう告げるのだった。
そうしてカラクへと短い弔いを終わらせた???は再びその目を夢を終わらせた者達へと向け、そして小さく笑みを浮かべると、
「いつか会うでしょう。えぇ、きっとそうね。楽しみに待っていなきゃ」
他の何も存在しない、だが壁一面にペンキが塗りたくられたかのように数多の色が弾けるその空間の中で、???は何処か楽しみと言わんばかりの声色でそう呟くのだった。
「…?」
暑い日差しに身を灼かれながら、ニアは目を覚ました。
開いた瞼に真っ先に飛び込んできたのは黄色く見える太陽と、だがその日差しに目を窄めるよりも先に見えたのは、太陽を覆い尽くすようにニアの上へと乗り掛かったウミの姿だった。
「…ウミ?」
「…!!にあ、おきた!!!」
そうして視界に映ったウミはニアが目を覚ましたことによる喜びを余すことなくニアへと伝え、そして子供ながらな幼い表現で歓喜の意を表して見せる。
起きてから何よりも先に聞こえたそんな慌ただしい声を横目に、ズキズキとわずかに痛む頭を押さえながらニアは乗り掛かったウミをそのままに上半身を起こし、そして自身が今何処にいるのかを理解するべく周囲へとその意識を巡らせたことで驚愕に目を見開く。
何故なら映った視界の中に先ほどまで自身がいたはずの荒れ果てた木々の姿はなく、代わりにその瞳に映っていたのは、
「…ここは…どうなってる?」
「さぁな、俺たちにもさっぱりだ」
ニアのいるその場所は暗い森の中のようであり、だが次の瞬間にはニアはその風景に何処か見覚えがある事を思い出し、そしてさらに次の瞬間にはそこがオーゼンが自分にカラクの一件の話をした場所、その地点である事を理解する。
意識を取り戻した瞬間に見えた太陽は暗い木々の隙間から溢れたほんの一雫であり、そうして状況が飲み込めずにその脳内に僅かな「?」が浮かび上がったその時、その声はすぐ隣から聞こえてきた、
「…オーゼン…?なんでここに…?」
聞き覚えのある声をした、ニアがこの世界に来てから1人しか見ていない水色の髪をした少年。咄嗟に隣へとその視界を振り向けたニアは自身の隣に立つその少年の存在に信じられないというふうに再びその目を見開き、そして本人ですら意識しないうちにそんな言葉をこぼしてしまう。
何故なら視界に映るその少年は先ほどの戦いから市民のみんなを非難させるために遠くへと去って行っていたはずであり、いくらニアが意識を失っていたとしても危険が去った事を知り得ない状況で近くに戻ってきているとは考えにくかったからだった。
「だから俺にもさっぱりなんだよ」
だがそんな疑問に対し、オーゼンの反応もまた“わからない”という答えに一貫しており、どういう事なのかとその首を傾けた時、
「あの後王番守人の人たちが非難誘導してくれてな。連れられるままに避難してたんだけど、避難してる最中に急に目の前が真っ暗になって、ふと目を開けたらここに戻ってきてたんだ。まるで時間を遡ったみたいに」
「遡った…?…!?怪我が…」
伝えられたその内容は到底理解できる事ではなく、だが先ほどまで理解できない事だらけの力を持った相手と戦っていたせいか、そんな異常を聞いてもなおニアの脳内は疑問に埋め尽くされる事なく、代わりに先ほどまで痛みに囚われていたことすら忘れるほどに完治したその体の存在に気がついたことで、ニアはオーゼンの言ったその言葉が嘘ではない事を理解する。
そうして自身がここにいるその理由を伝えたオーゼンは何処か安堵気に小さく息を吐き、そして、
「でも、一個だけわかったことがある」
「…?」
意味深に言い放たれたその言葉にニアはさらに僅かに首を傾げ、そうしてオーゼンが言おうとしていることの見当がつかないからか、その頭の中にはさらに僅かな「?」の文字が浮かび上がる。
そうしてニアですらまだその事象に気が付いていないのだと理解したオーゼンは小さく微笑むような表情を浮かべ、そして、
「今回の一件。みんなは多分、何も覚えてない。なんでかはわからないけど、多分『音』について知ってた人たちにだけ記憶が残ってるんだと思う」
その言葉にニアはオーゼンが微笑むような表情を浮かべていたその訳を理解し、そして同時に次の瞬間にはオーゼンと同じく僅かな安堵に息をこぼす。
誰も覚えていない。それはつまりあの地獄を当人たち以外の全員が忘れているという事であり、これまでと同じくなんてことのない平穏な生活へと戻ることが出来るという何よりの証拠だったからだ。
「…そうか」
「やり遂げたんだな。ニア」
そうして小さく笑みを含んだ言葉をこぼしたニアへ、オーゼンは何を以てその事象が起こったのか、その理由を理解しているからこそニアへと労いの言葉をかける。
一度でも食らえば終いの戦いはニアの勝利で終わり、全てが元へと戻った。だが、
「…いや、俺の力じゃない。あと2人、助力に来てくれた人たちがいたんだ。あいつらがいなきゃ俺は勝つどころか多分、傷の一つすら…、…!!」
それはアストーとアンセル。2人の助力があったからこそ成し得た奇跡であり、だからこそニアは謙遜でもなんでもなく、ただ思ったその言葉を声としてオーゼンへと伝えてみせる。
だがその時、ニアは2人の助力があったからこその勝利だという事を改めて思い出し、そして次の瞬間には何かを思い出したかのように辺りへと改めてその目を向け、そして、
「そうだ、オーゼン。ここにもう2人いなかったか?赤い髪の女性と…金髪の男なんだが」
「いや、ここに居たのはニアだけだな」
「…そうか」
何処かにいるかもしれない2人のことをオーゼンへと問いかけ、だが横たわるニアの近くには誰もいなかったという事を聞くと、ニアは僅かにその肩を落とし、だがその時、近くの草陰が小さく揺れた。
一見すればただ風で揺れただけに見えるその現象は、未だ戦いの緊張が抜け切っていないニアに僅かな緊張感を与え、そしてウミをそっと横へと下ろしたニアは慎重にその場から立ち上がり、そして、
「誰かいるのか?」
瞬間、問いかけた言葉に反応するように揺れていた草木は静寂を招き、その明らかに人的な出来事にニアがオーゼン達を背後へと下がらせるべく目配せしたその瞬間、
「…あの」
その声は草陰の中から聞こえてきた、幼い少年のような気弱な声。だがその声はニアにとって初めて聞く声ではなく、だからこそニアは強めていたその警戒を緩め、そして草陰の側へとその歩みを一歩ずつ進めていく。
それはこの一件を引き起こした他の誰でもない張本人の声。だが人前に出る事を拒んでいるのか、或いはニアと話すことにまだ心の準備ができていないのか。だが、だからこそ姿の見せないその少年の声のする草陰へとその歩みを進ませたニアはその草木を掻き分け、そして、
「…何してるんだ?」
「あ…えーっと…たまたまここに通りがかっちゃって…はは…」
掻き分けた草木の中に佇んでいた少年はニアの存在に気づくや否や子供のような言い訳を放ち、そしてあたふたとした様子のまま何処かへと立ち去ろうとその一歩を後退させてみせる。
だが、だからこそニアは引き下がろうとするその手を掴むために腕を伸ばし、だがその時、
「んの馬鹿野郎!!」
「!?」
聞こえてきたその声と同時に伸ばした腕は空を切り、代わりに少年のいたその場所には容赦のない飛び蹴りをかましたオーゼンが立っていた。
地面を擦るように蹴り飛ばされた少年は状況が理解できないというふうに目を点にしており、だが次の瞬間にはそれを成したのがオーゼンである事を理解するとその目を見開き、だがそんな少年の元へとオーゼンはさらに歩みを進ませ、
「たまたま通りかかっただぁ!?くだらねえ嘘ついてんじゃねえよ、こちとらお前の我儘で一生のトラウマになってもおかしくない思いしたんだが??それにお前ニアにも色々とやらかしたらしいな??謝る勇気もなくてまた逃げるつもりならまだ蹴り飛ばしてやるがどうなんだ??あ??」
「…オーゼン」
「だいたいお前はしばらく見ないと思ったらそんな壮大なこと1人で抱え込みやがって。お前にとって俺は厄介ごとに巻き込んだら足引っ張る足手纏いか??いやまぁ実際そうなんだがなんかこう違うんだよ!!」
オーゼン自身ですら言いたいことがまとまっていないのか、吐き捨てるように、あるいは吐き出すように伝えられるその言葉はぐちゃぐちゃであり、だが対する少年はそんなオーゼンの言葉になんの反応も示すことなく、自身の成したことがそれほどの事なのだと理解したからか、代わりにその目を伏せていた。
だがその手は震えており、この時にしてようやくニアは少年…ハドルがこの場から去ろうとしていたその訳を理解する。
“恐れていた”のだ。唯一の友であり、家族以外の誰よりも多くの時間を共にしたオーゼンに見損なわれ、その縁を手放される事を。
「…うん、ごめん」
「いいか?この馬鹿野郎が。さっきは状況が状況だったから俺はなんも言わなかったが、危険が去った今お前に言いたいことは山ほどあるんだ」
「…うん。わかってる。全部受け入れるつもりだよ」
「そうかよ。はぁ…ならまず一つ」
謝罪の声はオーゼン達の周囲を覆い、そして聞こえなくなるほどへと反響することで空間へと霧散していく。
そうしてオーゼンもまたハドルの気を理解しているからこそ、暗い瞳をしたハドルの表情にその言葉をわずかに詰まらせながらも、その続きの言葉を語る決心をする。
一歩、また一歩とオーゼンがその歩みを進めるたびにハドルは震える腕をオーゼンへと気づかせまいと背中へと仕舞い込み、そして遂にその目前へとオーゼンがたどり着いた時、
「困ったら頼れ。お前がどうなのかは知らないが、俺はお前を友人だと思ってたんだぞ」
瞬間、ハドルの全身は暖かさに包まれ、予想だにしていなかったハドルは閉じていたその目を驚愕のあまり見開き、そして何が起こったのかを理解する。
優しい温もりはハドルの気持ちを知っているからこそその本音をぶつけ、そしてハドルの成したことの全てを許すように、そして包み込むように語りかけていた。
「…!!」
瞬間、ハドルのその手のひらは先ほど異常に震え始め、同時にその視界は潤むようにぼやけ始める。
だがそれは先ほどまでのような、恐怖による震えではなく、むしろその反対のものだった。そうして自身の頬を伝うその雫にハドル自身が遅れて気づいた瞬間、
「…うん…ごめん…ごめんね、オーゼン…!!ごめん…!!本当に…ごめん…なさい…」
それは決壊し、内へと押さえ込んでいた本音は外へと溢れ出す。
幼い子供に背負わされた、身の丈に合わないほどの責任と重役。それは今にも崩れ落ちそうな、だがそれが自身の生まれた意味だと理解していたからこそ今日という日まで耐え忍んできた。
だがそれは溢れ出してしまった。生まれた意味はそんなものではないと、そう告げられてしまったから。頼ってもいいのだと、家族の誰も言ってくれなかったその言葉を目の前の友人がそう言ってくれたから。
だからハドルは、人前だということすらもを忘れてしまうほどに涙に濡れてしまっていた。
暗い草木から溢れた光は、2人を祝福しているようだった。




