地を踏み鳴らすは夢の跡〜夢の終わりを告げる者〜
「さて、それじゃあ決着と行こうか」
「愚問だな」
カラクの力の正体を明かしたアンセルとアストーはこの戦いを終わらせるべく目の前に広がる死闘へと身を投じるべく小さく言葉を交わし、同時にその先の暴風の中心にて今尚戦いへと身を投じているニアの元へとその一歩を踏み出すのだった。
ニアと相対するカラクの動きはその片足に負傷を負ったおかげか時間と共に衰退していき、故にニア達を圧倒していた『修正』発動直後のカラクと比べても、格段に見劣りするほどまでに弱体化を果たしていた。
それは『適応』そして『修正』の発動条件が明かされたことで誰しもがカラクのその存在を意識外に置かないようになったからであり、故にカラクの足に負ったその負傷はこれまでと同じ“瞬く間に回復する軽症”ではなく、“本来のあるべき負傷”としてカラクの体を蝕んでいた。そして、
ーー右、上、左…
時間と共に衰退していくカラクとは対に、ニアは時間を追うごとにその意識に更なる深みへと落としていき、同時にその力はカラクがニアを脅威とみなしたその瞬間と比べてわずかばかりにだが上昇していた。
だが、この戦いの中で成長しているのはニアだけではなかった。
「…っ」
『適応』の発動が訪れないことを不審に思ったカラクは、次の瞬間にはその発動条件が割れてしまったからなのだということを理解し、だが次の瞬間には『適応』によるニアへの対応を諦め、代わりにこれまでの積み重ねた適応、そして自身の“生まれ持った本来の適応力”を持ってニアの動きへと対応し始めていた。
そうして幾百回の攻防を得て、これまでと同じく振り抜かれたカラクの一撃をいなそうとその刀を僅かに傾け、その刃を滑るようにして再び体勢を崩そうとニアが構えたその瞬間、迫り来ていたカラクの拳はニアの構える桜月と接する寸前にて急停止を果たし、そしてくるはずのタイミングで衝撃が訪れなかったことで僅かにニアの意識が逸れたその瞬間、急停止した拳はいつかと同じくニアのその額を撃ち抜こうと急加速を始め、迫り来る。
カラクは高揚していた。久しく現れなかった自身の好敵手となり得る存在に。
自身と同じく、そして同じく常軌を逸した異常を持ち得る存在との死闘を。
だからこそ迫りくる一撃はニアとの勝負へ決着をつけるようにその額へと衝突し、そして、
「そこだ」
瞬間、そんな声がしたと同時に振り抜かれた一撃がニアへと命中するその寸前にて突然ニアの体は見えない何かに持ち上げられるかのように急上昇を果たし、それにより振り抜かれた一撃は寸前までニアがいた空間を抉り取り、凄まじい風圧を生み出す。
そうして宙へと浮かび上がったニアの体をカラクが理解した次の瞬間、ニアは見えない床を踏み締めるかのようにカラクを取り巻く空間を駆け始め、そして瞬間、カラクの体には幾数もの小さな火花が弾ける。
突然の異常。だがそれを誰が成し遂げたのかはこの場の誰もが言葉にせずとも理解できることであり、同時に自身を取り巻く周囲をかけるニアの姿をその五感にて捉え、そして叩き落とすべく拳を振り抜いたその瞬間、
ニアの体はカラクの一撃を横切るように左方向へと急加速を得、そして命中するはずだった自身の一撃が空を切ったことをカラクが理解したその時、既にニアは刀を構え、振り抜かれた腕へと狙いを定めており、
「ふぅ…」
静かに呼吸を整え、ニアは目の前にあるその腕を断ち切ることのみの、ただそれだけのために刀を握り、そして振るう。
振り抜かれた軌跡は全てを断ち切る閃撃のように滑らかであり、そうしてカラクの腕へと微かに接触し、微かに切り傷を入れたその瞬間、
「…!!」
突然カラクのその体は爆発寸前の風船のように膨張を始め、その異変にいち早く気付いたニアは目を見開き、振り抜いた一撃を中断しようとするが、それではもう遅い。
既にその刃はカラクの肌をわずかばかりに切り伏せるまでに接触しており、そしてそのカラクの突然の変貌ぶりに、ニアが“避けられない位置まで誘い込まれた”のだと理解したその瞬間、
接触していたはずのカラクの腕は突如として空白に染められたかのように何の感触もなくなり、あるはずのものが瞬く間に無くなったというその異常にカラクの腕を断ち切ろうと刀を振り抜いたには体勢を崩してしまう。
だがそうして地面へとその体が倒れるべく傾いたその瞬間、ニアは自身の背後に際ほどまで存在しえなかった一つの影があることを理解する。
そしてその影の正体を視界に捉えるべく咄嗟に振り向いた時、その目に映ったのは、
ーー…脱皮…!!!
そこにいたのは先ほどまでニアの目前にいたはずのカラクと同一のものであり、このあり得ない現実があり得てしまったことでようやくニアは“カラクが『修正』を発動してからこの瞬間まで、一度たりとも脱皮を使用していなかった”ということを理解する。
『修正』は戦いの軌跡を全て無に戻し、更には自身は好きに適応を得ることができるという攻略不能の離れ技。だが、だとすれば例え一度しか脱皮が使えなかったとしてもこの戦いにおいて“脱皮を使用した”という軌跡もまた無に戻り、再び使用できるようになっていたとしても不思議ではないのだと。
だが、気付いたとしても崩されてしまったその体勢で迫り来る一撃を躱す事は不可能であり、そうして迫り来る一撃は遂にニアの胴体へと命中し、
「ぐ…っ…」
瞬間、凄まじい衝撃がニアの体を訪れ、そのあまりの衝撃にニアは意識せずして小さな悲鳴をこぼしてしまう。
いくら動きが衰退したとて力は元のカラクと同等であり、だからこそ有無を言わさないその怪力に、再びニアの体は為す術なく彼方まで吹き飛ばされるかと誰もが息を飲む。
だが、続けて起こった事はそんな誰もの予想とは反したものだった。
カラクの一撃は確かにニアの体を貫き、その体へと余す事なく衝撃を伝えていた。だが命中したその体は吹き飛ばされる事なく、代わりに宙へと巻き上がるようにニアを空中へと吹き飛ばしていたのだ。
カラクの意図したことではない。カラクはニアを吹き飛ばすべく容赦のない一撃を振り抜き、そこに一切の手加減は存在しなかったで。あれば一体誰がこれを為したのか。
その答えは間も無くわかることであり、予想だにしなかったニアのその異常にカラクが僅かに反応を遅らせたその瞬間、
「…ナイスだアストー!!」
響いてきたその声は遥か上空へと吹き飛ばされたはずのニアから発されたものであり、同時にその体には先ほどの一撃が命中していれば確実に存在しているはずの怪我の姿がなく、その違和感を理解したことにより、カラクもまたニアの身に何が起きたのかを理解する。
持ち上げたのだ。振り抜かれたカラクの一撃がニアへと命中する寸前にて、その足元を上空へと急加速させることで本来であれば必中であったその一撃を躱し、同時に足元とは別にアストーによって押され、ニアの元へと帰ってきた桜月を不器用ながらに構えることでその勢いを緩和させ、それによって致命傷であったはずの一撃はニアの腕をびりびりと痺れさせる一撃として為していた。
そうして上空へと舞い上がったニアは臓器が浮く感覚に襲われながらも集中するように小さく息を吐き、そして今再び地上に立つカラクへとその狙いを定め、刀を構えてみせる。
ーー大丈夫、力はいらない。意識しろ、刃先、その寸前だけをこいつに当てるイメージ…斬れ、成し遂げろ!!
遥か上空から落下して生きていられる人間など存在しない。放っておいてもその死に様は未だ残っているアンセルたちとの戦いの中で自ずとその視界へと収められ、カラク自身もそのことを理解していた。
だがカラクはニアから目を離すことをしなかった。否、出来なかった。それはニアがこれから死ぬ人間だとは思えないほどに楽しげに笑っており、そこには自身がこれから死ぬなどとは微塵も思っていない、アンセル達を信じ、不安の一切を持っていないかのような表情だったからだ。
命中したカラクの一撃により既にニアの無意識は解かれており、今のニアはカラクが脅威と判断したニアとは似て異なる存在であった。
だが変わらない。カラクの見つめる先にいる刀を構えるその人間の瞳には他の全てが存在せず、故に躊躇うことなくその瞳はカラクだけを射抜いており、そこには他意も不安も恐怖もない、ただ仲間を信じ、自身のなすべきことを為そうという意思だけが宿っており、
『…!!!』
瞬間、先ほどの無意識のニアと同じ、身の毛のよだつ程の圧を感じたカラクはニアの構える一撃だけは絶対に喰らってはいけない一撃であることを理解し、だからこそ宙より振り降りるニアから距離を取るべく後方へと飛び下がる。
人の一撃は人の一撃の域を越えることができず、故に振り抜かれる一撃は距離さえとって仕舞えば容易に躱すことの出来る技に他ならない。だが、
「言っただろ?そこには既に“君”がいる。と」
瞬間、そんな声が聞こえてきたと同時に、カラクの体にはまるでカラク自身の力が反射してきたかのような衝撃が訪れ、飛び下がっていたその体は叩き落とされるかのように地面への墜落を余儀なくされる。
そうして地面へと墜落を果たしたカラクは咄嗟にニアと自身との距離を図るべく意識を頭上へと移動させ、そして、だからこそ恐怖する。
見ていなかったのだ。降り落ちるニアの瞳は飛び下がったカラクの行方を追うこともせず、まるでその一定の地点に動かないカラクが存在しているかのように思考の一端すらが飛び下がるカラクへと割かれておらず、まるで共に戦う2人が最適なタイミング、最適な状況で自身の望む場所へとカラクを追突させてくれるのだと信じて疑わないようにその瞳はカラクの墜落する、否、カラクのその体はニアの見つめるその地点へと落下していく。そして、
「ふぅ…」
不安はない。だからこそニアは再び小さく息を吐き、これから成そうとしているその一撃を持ってこの戦いを終わらせるために握るその刀を振り抜き、そして同時にその技は“完成”する。
振り抜かれた一撃は刃先だけをその肌へと接触させ、同時に自身の力だけでない、降り落ちるその勢いもを利用してカラクの体を切り伏せる一撃へと進化させる。
冷たさを持って、鋼鉄の肌を切り開く一撃。よって成されたその技の名は、
「寒縫」
瞬間、カラクのその肌は僅かな抵抗を成し得ながらも首元から生じた斜めの切り傷により二つへと切り隔てられ、だが切り伏せられたカラクに死という概念はない。
だからこそ切り伏せられたその体でありながらもニアへと腕を伸ばし、最後の足掻きと言わないばかりにその体を撃ち抜こうと一撃を振り抜く。だが、
「…真喝」
振り抜かれた一撃はニアへと接するその寸前にて地面へと振り落とされることでニアへなんの傷も与えず、同時に切り伏せられたその体は地面へと落下していくことで3人へ完全な沈黙を知らせる。
本来であれば戦いは終わり、これ以上の警戒は不必要なもの。だがこの戦いは違う。まだ勝負は決しておらず、だからこそ、
「女!!」
「アンセルだって!わかってる!!緊急だ、我慢しろよ、君達!!」
アストーの呼び声に反応するようにアンセルは返事を返し、同時にアンセルは何かに集中するように目を瞑ってみせる。
切り伏せられたカラクの体が地面へと着地するまでのわずか1秒にも満たない集中。そうして遂にカラクの体が地面へと着地するかと思われたその瞬間、
ーー3点の再起…負荷上等!!やってみせろ!!無敗の守り手!!
以前ニアの体は落下しており、だが真喝を用いてカラクの体を振り落としたおかげか地面へと落下するまでの時間はカラクよりは長く存在しており、だからこそアンセルのその瞳は赤く光輝く。
瞬間、アンセルの瞳は自身を取り巻く周囲一体の過去を捉え、そして同時にアンセル自身の天啓によって過ぎ去ったはずの“カラクの過去”は現在へと蘇る。
カラクの『修正』の破り方。一見倒すことなど不可能かに見える“意識の中にカラクを留めておくこと”という発動条件。だがそれはその当人の意識が現実にある場合に限った話であり、だからこそアンセルはその突破方を無意識に理解してしまっていた。
ーーよかったよ、カラク。私が君の天敵で、本当によかった。おかげでこの勝負は…
瞬間、アンセルへの激痛と引き換えに降り落ちるニアの体には凄まじい衝撃が訪れ、だがそれはニアだけではない。その場にいたアストー、そして過去を再起させているアンセル自身へも同等の力が降り注ぎ、そしてその体を吹き飛ばしていく。
それは意識せずして命中すれば人の体など容易に砕けるほどの威力であり、だからこそその一撃はこの勝負を確固たるものとするために必要不可欠なものであった。
カラクの『修正』の唯一にして無二の破り方。それは『修正』が発動するよりも早く、その場のすべての人間の意識を現実から手放させること。それは通常であれば叶うことなど不可能なことであり、だがアンセルという存在がいる場合にのみ、その限りではない。
避け続けてきたカラクの力はニア達の意識を現実から引き剥がすことなど造作もないほどの威力であり、だからこそ、
「ぐ…」
「っ…」
「ははっ…、私たちの勝ちだ」
小さな言葉をこぼしながら吹き飛ばされていく2人の意識は瞬く間に現実からの離脱を果たし、最後に残ったアンセルはこの勝負への勝ちを宣言したその瞬間にて吹き飛ばされて行った先にそびえた巨岩へと衝突し、その意識を手放すのだった。
カラクさんの能力。分かったとて対処することすら不可能なその力の破り方、みなさま予想できたでしょうか!!!そんな破り方が…!!みたいに思っていただけたなら何よりです!!
そして寒縫!!かっこいい!!!




