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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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地を踏み鳴らすは夢の跡 その十一

 自身の肌を横切る一撃を前に、ニアは瞬きすらすることなく冷静にその瞳でカラクを射抜いており、そして同時にその一撃に生じる隙の一切もを見逃さないように間髪入れず反撃を返して見せていた。


 先程までニア以外の誰にも鮮明に捉えることのできなかったカラクのその動きは、足に深手を負ったおかげかかろうじて減速を得ており、それに比例するようにアンセルの援護はより精密なものとなっていた。


ーー硬い、でも大丈夫…なんかわかってきた


 変わらず放った一撃はカラクの肌に弾かれ、だが弾かれる刀は弾かれるたびにどの角度から、どれほどの力を加えて一撃を放つのが勝機に最も近づくのかを理解し、同時にニアの意識もまた時間と共により洗練され、もはや冷たさ以外の感覚がないからこそ他の何にも囚われることのない、自由な存在となり始めていた。


 そして次の瞬間、振るわれたカラクの一撃をニアは刀身へと当て、滑らせることでその体勢を崩し、同時に再び滑らせたカラクの勢いを利用するように逆回転し、その胴体へと一撃を滑り込ませる。


 先程までと変わらずであれば、この一撃もまたカラクにとって脅威ではない一撃。だが、


ーー大丈夫、力は要らない。今なら切れる


 瞬間、その刃がカラクの肌へと接触するその刹那、身の毛がよだつほどの何かを感じ取ったカラクは突如として振るったのとは反対の腕で迫るニアの刀のその軌道を叩き落とすことで逸らし、そして同じくニアの体勢がわずかに崩れたその瞬間、流れるようにこちらもまたくるりと回転し、刀を握ったまま回避の間に合わないニアの頭部へと一撃を放って見せる。


 迫ったニアの一撃は一見すればこれまでと同じく受けたとて大した外傷にはなり得ない一撃。だが、カラクのその判断は正しかった。


 この瞬間、ニアは理解していた。全てを塞ぐその鋼鉄の肌を攻略する、唯一にしてシンプルな方法を。


 その鋼鉄の肌は全てを弾き、どんなに全力を込めた一撃を放とうともそれはカラクにとって一撃を受けたことに該当するほどの外傷にはなり得ない。だがアンセルの助力があった時には確かに切ることができた。それは何故か。


 単にカラク自身の力がその皮膚を貫いたのか。その可能性もあり得ないことではない。だがニアの見解は違った。刃先が触れるその瞬間、他のどこもカラクの肌へと接触させることなく、刃先のみをカラクの肌へと押し当て、そして全身のありとあらゆる力を振り絞ったその瞬間のみ、その一撃はカラクの皮膚をも貫く一撃と化し、同時にこの戦いの勝機を握る一撃となり得るのだと。


 狙ったとて死と隣り合わせの戦いの中でなし得ることは不可能にも近しいこと。だがニアは無意識の戦闘の中でその感覚を理解し、そして覚えてしまっていた。


 そして体勢の崩れたニアへ襲い来る一撃がその頭部へと命中するかと思われたその瞬間、またしてもその体は突如として見えない何かに殴られたかのように横方向へと吹き飛び、そして次の瞬間にカラクは何が起きたのかを理解し、同時にアンセルはわざとらしく笑って見せる。


 だがその時、アンセルのその表情を見たカラクは激昂したように再びニアへとその動作を再開し、瞬く間にニアへと接近し、一撃を放ったかと思われたその瞬間、


「…!!」


 振るわれた一撃はニアを捉えることなくその真横を通過し、あたかも初めからニアではなくその奥に聳える物体へと狙いを定めていたかのように振り抜かれていく。


 その一撃の先にはニアへの援護にまわっていたがために自身が狙われることを微かにその思考から除外していたアンセルがおり、そして次の瞬間にはカラクの一撃がニアではなく自身へと飛来してきていることを理解するが、その時にはもう遅い。


 振り抜かれた拳は既に目前へと迫っており、その光景にアンセルが死を垣間見たその時、


「油断か?無敗の守り手とやら」


 瞬間、そんな声が聞こえたと同時に突如としてアンセルのその体は見えない壁に押されるかのように横方向へと地面を転がっていき、同時に先ほどまでアンセルがいたその空間には振り抜かれたカラクの一撃により凄まじい風圧が辺りを包み込む。


 そうして一撃が振り抜かれた次の瞬間、追撃の隙を潰すようにニアが2人の間へと割って入り、そして再びカラクの注目を引きつけるように再び攻防を繰り広げてみせる。


 地面を転がるアンセルは自身が何かに押されたのだと理解するや否や再び体勢を立て直すべくその体を起こし、そしてその先に見えたのは、


「…アストー君?ということは…」


「時間稼ぎ、ご苦労であった。そして安心せよ。余の役目は既に遂行された」


 目の前に立つアストーは変わらない冷静な声色のまま、だがこの場に現れたということが何を意味するのか、言葉にせずとも理解できるそれをあえてカラクに突きつけるように口を開き、


 瞬間、その言葉が嘘ではないと理解したカラクがアストーを潰すべくその場へと駆け寄ろうと一歩を踏み出すが、アストーへと繋がるその道の先には常にニアが立っており、故にアストーの元へと辿り着くことは許されない。


 そしてカラクを足止めしていることを確認したアストーは小さく息を呑み、そして改めてカラクへとその目を向けると、


「刮目せよ。『守宮』のカラク。貴様の力の正体、それは“意識の中での生存”だ」


「意識の中で…?」


 ついに明かされたカラクの力の正体。だがそれはニアとアンセルが予想していたものとは大きくずれており、だからこそ今尚カラクとの戦いの中に身を置いているニアもまた、微かにその動きを鈍らせてしまう。


 “意識の中での生存”。言葉だけでは理解しえないその言葉をアストーはより詳しく語るように、だがそんな時間はないと理解しているからこそ端的に、必要なことだけを語ってみせる。


「『適応』の力。それは対する者の1人でも奴から気を逸らした瞬間に自動で発動する、戦いを延長するための力だ。なら何故延長する必要があるのか。その答えはシンプルなものだ。それは『修正』が、それによって実質的な不死になることを叶える力だからだ」


「…それによって…、!!…まさか」


「そうだ。『修正』の発動条件。それは、“他者が自身の存在を意識の中で捉えていること”だ」


 他者が自身の存在を捉えていること。それはアストーが長考の末に導き出した答えであり、同時にその思考に一寸のズレも生じさせず、完璧にその思考の疑問を解決させた間違いのない回答だった。


 そうして告げられたカラクの権能を前にアンセルは誰の耳にも聞こえないほどに小さく納得の言葉を返し、そして同時にアストーが言った通り、その力が実質的な不死を意味するものなのだと理解する。


 気づかなければ永遠にその壁を越えることはできず、もし仮に気付いたとしても対処することは不可能にも近しい、まさに難攻不落の壁。


 だが、だからこそアンセルは小さく歓喜していた。それは決してこの戦いに絶望したからではなく、むしろその反対だった。


 ただ1人、アンセルだけだったのだ。この場において、カラクの修正を乗り越えるために必要な最後のピースを持っていたのは。だからこそ、


「ははっ、なるほどな。でもそれは“相手の意識が現実にあれば”の話だろう?」


「あぁ。故に、残るは一つにして最大の課題のみである」


「そうだな…それじゃあ、改めて最後の戦いと行こうか」


 だからこそアンセルは小さく笑い、そして同時に自身の力がカラクにとってどれほどまでに相性が悪いか、それを理解したからこそ遅れてやってくる笑みを隠すことなく表情ヘと出してみせる。


 微かに傷を得た体は今までになかった限界の勝負に歓喜するかのように、そして自身がしくじれば全てが水の泡になると言うプレッシャーのためか小さく震え、だが自身の傍に立つアストーのその瞳を見るや否やそんな心配は無用だったと理解し、改めて小さく笑みをこぼしてみせる。


 そうして小さく呼吸を整えたアンセルは一歩を踏み出し、3人はこの戦いは決着をつけるべく、最後の戦いへとその身を投じるのだった。

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