地を踏み鳴らすは夢の跡 その八
「待たせた。状況は?」
時間稼ぎを遂行した直後の現在。
颯爽と現れた少年は抱えるアンセルへとそう問いかけ、だがボロボロなその状態を悟らせないためか、小さく震える腕や足へと躊躇うことなく力を入れ、その場に踏みとどまっていた。そして、
「すまない。やつの力の理屈を明かそうとしたんだが、私では及ばなかった」
「気にしないでくれ。それと、アストー」
「わかっている」
何処か嬉しそうな声色のアンセルは自身1人ではカラクの力の全貌を暴かなかったことを謝罪し、だがニアは辺りの大地などの代わりようからアンセルがどれほどこの地で戦っていたのかを想像し、そしてそれほどの重役を担わせてしまっていた事に心の中で小さく謝罪の言葉を放ってみせる。
そうしてアンセルをそっと地面へと下ろしたニアは続けてアストーへと合図を出してみせ、その合図を聞いたアストーはどこか不服そうな表情を浮かべながらも、次の瞬間にはその意を汲み取る様にカラクへと手を伸ばし、その体がどれほどまでに変化したのかを試す様に、カラクを四方の壁が不可視の障壁となり襲いかかる。だが、
「…なるほどな」
刹那、迫り来ていた障壁はまるで木の葉を振り払うかの様に容易に結晶となり霧散し、その現状を境へと収めることによりアストーはカラクのその代わりようを身をもって理解する。
「力は先程以上、速度も言うまでもなく、か」
「…それと、奴は五感が以上なほどに発達してる。先ほどまでと同じ不意打ちは当たらないと思った方がいい」
「承知した」
アンセルの言葉を聞くや否やアストーは自身の天啓が見破られていたことの種明かしをされた様に小さく納得の言葉を返し、そしてそれを隣で聞いていたニアもまた、改めて目の前に立つ怪物が1度目とは比べ物にならないほどの化物なのだということを理解する。
そうして幾秒かの静寂が訪れた。だがそれは実際は1秒にも満たない時間であり、お互いの緊迫した雰囲気が生み出した架空の秒数だった。だがその時、ニアは小さく息を吐き、そして視界の端でアンセル達に合図を送ると同時に、覚悟を決めた様にその足をカラクの方へと踏み出し、
瞬間、棒立ちだったはずのカラクはいつの間にかその場から姿を消滅させ、そして同時にニアの目前へと迫ったその拳はニアの顔を撃ち抜くべく手加減の一切をせずに振り抜かれ、
「真…っ!!」
だが、振り抜かれた一撃がニアへと命中するその寸前にて、カラクの拳は物理法則を無視したかの様に急激にぴたりと停止し、咄嗟のこともあり真喝の構えをとってしまっていたニアは襲い来る空気に反応して本来の位置へと刀を振り抜いてしまう。
そうして振り抜いた先には当然いたはずのカラクの姿はなく、先ほどまでならあり得なかったその行動にカラクがアンセルの思考をも成長の糧にしているということ、そして同時に“自身がその成長に釣られてしまった”のだということをニアが理解したその瞬間、
「…!!」
停止した拳は再び物理法則を無視するかの様に急速に加速を始め、そして釣られてしまったニアを撃ち抜くべく本来の軌道へと修正されたその拳は隙だらけなニアの頭部へと再び狙いを定め、そして次の瞬間には衝突し…
だがニアは死を垣間見たその瞬間、咄嗟に頭を後方へと反らせることにより間一髪のタイミングで振り抜かれた拳の直撃を避け、自らの視界の先で消滅する髪の毛を理解しながらも、次の瞬間には追撃の隙を潰す様にアンセルがカラクの過去を再起したことにより、遂に命中した自身の衝撃にカラクは地面を擦りながら後方へと引き下がっていく。
ーー勢いよく登場したはいいが、やっぱり俺だけがこの場で出遅れてる。食らいつけ、何がなんでも!
ニアは痛感していた。この場において、自身だけがカラクにとっての敵ではなく、“ただそこにいるだけの人間”に他ならないのだと。
現に先ほどもカラクはニアを圧倒できたにも関わらずアンセルの思考へと適応した自身を試す様にニアへと手加減をした状態で戦っており、数歩ではなく、数十歩、或いは数百歩、自分だけがこの場で出遅れているのだという事実にニアは小さく拳を握りしめる。
だがその焦りが戦場においてなにを意味するのか、それは語るまでもなく明確な事柄であり、だからこそニアは気付かない。
焦りを抱いたその瞬間、いるはずのカラクの姿がその視界のどこからも消滅していると言うことに。
そうして時間にしてわずか0.3秒後、本来よりもわずかばかりに遅れて消えたカラクの存在に気がついたニアは周囲へと警戒を敷くべく刀へと手をのばすが、それではもう遅い。
刀へとかけるべく手を伸ばした瞬間、周囲へとやっていたはずのその視界は突如として黒色に暗転し、そして次の瞬間にはその視界には視界のすべてを覆い尽くすほどの晴天が映し出される。
突然の事態に理解すらがままならない状況の中で、ニアはこの時にしてようやく自身の全身を激しい痛みが貫いていると言うこと、そして時間と共に変わるその景色は、殴り飛ばされた自身が地面を跳ねているせいで起こっていることなのだと理解する。
だが気付いたからと言ってニアに出来ることなど、この時にはすでに何も残されてはいなかった。跳ねる体は勢いを吸収しきれない地面のため何度も不恰好な着地を繰り返し、そしてその果てに木々の根へと凄まじい速度で衝突することによってようやくの停止を告げる。
「ぐふ…っ」
「っ、ニア!!」
こぼれ落ちる鮮血は本当に自らから溢れ出たのかと疑問に思うほどに赤黒く、だがその疑問すらがろくに形を維持できないほどに、次の瞬間には意識が朦朧とする。
次第にぼやけていく視界はニアがこれ以上戦えないのだと言うことを周囲の者達へ理解させ、そして時間と共にその意識は再び現実と離れ、遠のいていく。
痛みはニアの脳内を埋め尽くし、だからこそ次の瞬間には今この瞬間までニアの脳内のどこにもなかった。否、考えないようにしていたその言葉により痛みすらもが上塗りされ、その言葉は思考のまとまらないニアの脳内を埋め尽くす。
『先輩ならきっと』と。
ーー…まだ、ダメだ、まだ…起き…ろ…
力の差など等にわかっているつもりだった。もし倒されたとしても、何度でも、勝つまで立ち上がればいいと。だがそれはあくまでニアの理想でしかない。
その体はとうに限界を超えており、これまで戦いに復帰できていたことこそがカラクとの戦いの結末としてニアが望んでいる『奇跡』なのだと理解させる。
そうして思考は時間と共に現実から身を離していき、だが眠りへと着くその瞬間、ニアは小さな記憶を見た。
「先輩は、なんで強くなろうと思ったんですか?」
それはいつかの、なんて事のない会話の1ページだった。
読んでくれたそこの方、主人公なのにニア弱すぎでは…?と思いましたね?でも実際は違います。ただカラクが強すぎるんです。ニアは頑張ってるんです。とても!えぇとても!




