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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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地を踏み鳴らすは夢の跡 その七

「っ…!」


 吹き荒れる豪風の中心で、赤い髪の女…アンセルは1人戦い続けていた。


 否、それは戦いではない。一撃でももろに食らえば終わりの、瞬く間に接近するそれを避け続ける、いわば時間稼ぎ。


 カラクはそれを理解してなお、自らの動きを見切り、そして避け続けるアンセルとの戦いを楽しむように一切の手を抜くことなく攻撃を繰り出し続けていた。


 幾分の攻防により既に辺りには十分に再起させるほどの過去ができていた。だがアンセルはその過去を再起させることをしなかった。否、できなかった。


 再起させるのは紛れもないカラク事実の過去であり、命中させることができれば確かに時間は稼げ、同時に微かにでもダメージを期待することができる。


 だが、今のカラクにそれを命中させることは不可能にも等しいことだった。


 アンセルは迫り来る攻撃を屈むことで躱し、続けて次の瞬間にはその顔を撃ち抜くべく迫り来る膝蹴りを足を開き、さらに地面へと身を屈むことで回避してみせる。


 そして次の一手が来る前に後方へと飛び下がったことにより心許ない安全圏へと移動したアンセルは中断されていたその思考を再開する。


ーーこのままじゃ先に体力が尽きるのはこちら…それに奴め、先ほどまでと違いやはり「見ていない」な。目に頼った動きじゃない。アストーと呼ばれていたあの子の見えない力を避けたのも同じ。だとすればおそらく…


 ギリギリの戦いの中。アンセルは攻撃を避け、次の一手が襲い来るまでの微かな時間の中でアストーの天啓の発動場所を見極めた事のその訳を予想し、そして少しずつ自らの思考を固め始めていた。


 そうしてこの時間稼ぎの中でアンセルはカラクについて一つだけ確実に理解したことがあった。それは、


ーー五感、それを異常なまでに発達させてる。それも時間で慣れたものじゃない。まるで最初からそうであったかのように…!


 アストーの天啓は不可視のものであり、詠唱を交えた、一度カラクを倒した時ほどに圧縮したものでもない限りその目に捉えることは不可能であった。


 だがカラクは当然のように迫り来るアストーの天啓の場所を見切り、そして打ち砕いていた。その瞬間からアンセルには目の前に立つカラクが先ほどまでのカラクと何処か違うと言うことを理解し、そして違和感を覚えていた。


 初めは単に反応速度が異常なほどまでに発達し、アストーが構えたその瞬間に何処から攻撃が来るのか、おおよその位置を予想したのだと予想していた。だがそれは違った。


 視界があるという事はその分視界の外に割けるリソースが減るという事。だからこそカラクは自らの頭部、そして視界を捨て、迫りくる風や空気の揺れ、そして漏れる微かな声を全て感知し、自らの周囲何処からでも迫り来る攻撃へ回避行動をいち早く選択することのできる五感へと適応したのだ。


ーー…流石は適応のカラクって呼ばれるだけはある、まさか修正も合わせるとそんなずるみたいなこともできるなんてな


 その事実を理解したことにより何処となく押し寄せるため息を余すことなく吐き、そしてアンセルは改めて、この戦いは自身1人ではどう努力しようと勝つ事のできない戦いなのだと理解する。


ーーあの子の力は危険だと判断されて戻ってきたとしても常に警戒されるはず、詠唱を始めた時点で阻止しにかかられれば人手を失って終わりだ。だとすれば、この勝負の鍵を握るのはやはり……頼むぞ、ニア。折れてくれるなよ…!


 そうして同時に、アストーの力で一度は再起不能へと追い込まれたカラクはおそらくもうアストーへ詠唱する暇は与えないだろうと、流れるようにこの勝負の鍵を担う者が誰なのかと言う思考は結論へと至る。


 この場にいない少年は恐らく動くことすらままならない状態であり、もし仮に動けたとしても万全の状態とは比べ物にならないほどにその動きは鈍っているだろうとアンセルもわかっていた。


 だがこの勝負の行方はそんな少年の手に握られており、だからこそ必ずこの場へ帰ってくるとアンセルは信じ、そして再びその火中へと身を投じるためにその一歩を踏み出して見せる。


 だが刹那、足を踏み出したアンセルが瞬きをした次の瞬間には突如として先ほどまでなかったはずの拳が映り込んでおり、


「っと…!!」


 髪の毛の先が宙にて消滅する光景を目の当たりにしながら、アンセルは間一髪で命中を避ける事のできたその一撃へ間髪入れず距離を取るための一撃を放とうと“過去”を意識する。


 だか同時にそうして視界を前へと向けた事により、映った光景を以てアンセルは理解する。振り抜かれた腕はフェイントであり、アンセルが咄嗟に回避行動を取ることすらがカラクの講じた罠なのだと。


 本命の一撃は今この瞬間に振るわれ、迫り来ている蹴りであり、アンセルが回避行動を取ってから状況を理解するために動きを止めるわずか一瞬、始めから狙いを定めていたであろうそのタイミングに振るわれた一撃は確実にアンセルの避けようのない動体へと狙いを定め、刹那、それは接触する。


「ちっ…!!」


 体を貫く衝撃は容赦なくアンセルの体を軋ませ、だがかろうじて自らの体とカラクの蹴りとの間に腕を挟むことが間に合ったおかげか貫くその勢いは幾分か緩和されており、だがそれでも人1人を吹き飛ばすにはあまりあるその衝撃に、アンセルの体は他の2人と同じく後方へと吹き飛ばされていく。


 身に纏った鎧はその上からの衝撃を受けただけでその姿を破綻させ、吹き飛んでいる自らの前方へと塵として散ってゆく。


 だが黙って吹き飛ばされるアンセルではなかった。


 意識が飛びそうなほどの衝撃の中、遅れて自身が吹き飛ばされていると言う事実を理解したアンセルは空中にて体勢を立て直し、そして吹き飛ばされるその先に立ち並ぶ木の幹を掴むと、気を後方へと歪ませながらもぐるりと回転し、その勢いを利用するように再び来た道を凄まじい速度で駆け戻っていく。


 そうして瞬く間にカラクの元へと復帰したアンセルは不意に手のひらに握られていたそれをカラクの背中へと押しつけ、同時に小さく呟く。


再起(リザレクション)・逆行」


 瞬間、カラクの背に押しつけられた木の枝は元の位置へと戻ろうと物理法則を無視した力で急加速を始め、同時にその動線に立っていたカラク諸共その行方を逆行させ、吹き飛ばしていく。


 突如として起きた異常の事態。だが自らの背中に何かが当たったと同時に異常が起こった事により瞬時にトリガーが背中に付けられた木の枝であることを理解したカラクはいち早く自身の体から木の枝を取り除こうと腕をもがかせるが、そうして背中へと意識を割いた事によりカラクは気づかない。


 自らの前方から、吹き飛ばされた勢いを利用し、先ほどまで自らが立っていたその場へと戻る、不可視のアンセルの過去が迫り来ている事に。


 そうして刹那、迫り来ていた衝撃はそのままカラクの胴体を貫き、その衝撃にもがきが緩んだ一瞬の間に反応するように木の枝は元の位置へカラクを連れたまま回帰し、次の瞬間にはその先に倒れる木の元へと小さな音を立てて墜落する。


「一旦…か…、二つ同時は流石にしんどいな」


 二つの異なる過去を再起させることはアンセルへと身体の負担を背負わせる行為であり、大きく気力を削られたアンセルは小さなため息と共にそんな言葉をこぼす。


 だがまだ終わってはいない。先ほどの逆行は変わらずあくまで時間稼ぎ。次の瞬間にはカラクが何事もないように立ち上がることも、その身に怪我の一つも負っていない姿であることも容易に理解できる。だからこそ、


ーー修正…そんな力が自動かつ常に発動するのなら封印されるに至った辻褄が合わない。だとすれば私の為すべきは一つ。時間を稼ぎながらやつの『修正』の発動条件を見定める


 優に捉えられていたカラクの動きはもはやアンセルの目を持ってすらかろうじて視界の端に捉えられる程までに加速しており、その中で発動条件を見定めると言うことは不可能にも近しいことだった。


 だが、或いはそんな無理難題だからこそアンセルは小さく笑い、そして、


ーーならねば死ぬ。なら、死ぬ気でやるのみ


 勝機は自らにない。だからこそアンセルは今自身が置かれているその状況を俯瞰し、そして後続が続く際に少しでもその助力になれるようにと、諦めると言う選択肢を振り払い、笑って見せるのだった。


 だがその時、カラクを吹き飛ばした視界の先には突如として轟音と共に土埃が舞い上がり、だが次の瞬間には何かに振り払われるように宙へと霧散して行った砂埃を見た事によりアンセルは再びその身を引き締めるべく、意識を集中させる。


 だがその時不意にアンセルは自らの視界の中にわずかな違和感を覚え、そして次の瞬間にはその違和感がなんなのかを理解する。


ーー消えた…いや、さらに早くなったのか…。修正の発動条件もまだわかっていないのに、これ以上強くなられては立つ顔がないんだが…っ!!


 土埃の中から微かに見えていたカラクの姿はいつの間にかその場から消滅しており、またしても加速を得たカラクに幾度目かわからないため息を内心で吐くアンセルは、自身の限界が近いことを悟りながらも、周囲へと警戒を敷く。


 揺れる葉の音。そして周囲あらゆる角度から聞こえてくる何かが地面を踏み締める音にアンセルはカラクがもう自身1人では手に負える存在ではなくなったことを理解した次の瞬間、目で追おうとしていたその行動を止め、同時に耳を澄ませるように小さく呼吸を整え始める。


「…ふぅ…」


 考えのない行動ではなかった。もし仮に今のカラクがアンセルの様に相手を嵌める手法を用いるために思考しているのだとすれば、この目を瞑ると言う行動もまたカラクからすれば警戒に値する行為であり、同時に不用意に近づくことができない行為であった。


 だが、それこそがアンセルの罠だった。何故ならこの瞬間のアンセルは自身を守る行為の一切を捨てており、攻撃をされて仕舞えば防御の一つすらもができずに容易に命を奪われてしまう状態だったからだ。


 極限の状況の中で我が身を手放すその行為はカラクでなくとも警戒を敷くことを余儀なくされる行為であり、だからこそアンセルは確実に時間を稼ぐことのできるその行為を、自身の命をかけて実行したのだと。


 そうして辺りを駆ける足音は変わらず音をも切り裂く勢いで反響し、だが攻撃をしてこないと言う事はアンセルの罠にカラクがはまっていると言うことの何よりの証拠であった。


 だが同時に、アンセルのその異様な様子に自身がたった今も罠に嵌められていると言う可能性を思考し、そして理解したカラクは次の瞬間にはアンセルの整った顔へと狙いを済ませ、容赦なく握りしめた一撃を振り下ろす。


 だが、時間稼ぎは既に遂行されきっていた。


「よく繋いだ」


「……っ…!!」


 何処からかそんな声が聞こえると同時に、アンセルは自身の体が横へと吹き飛ぶ感覚と、そしてほとんど同時に自身の体が硬い地面の上へと着地する感覚に驚愕の表情を浮かべる。


 だが開いた瞼の先に見えた自身を抱き抱える少年と、そのさらに少し奥に立つもう1人の金色の髪の少年の存在を理解するや否や、アンセルは何処か安心した様に再び小さく笑い、


「…ふふ、やあ二人とも、待ってたよ」


 どこか安心した様に、冗談めかしくそう伝えるのだった。

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