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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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地を踏み鳴らすは夢の跡 その六

「ニア!!」


 アストーに続きニアが戦線から離脱した状況の中で、アンセルは吹き飛ばされていくニアの名を叫び、声を荒げる。


 だが、木々を薙ぎ倒す音は止むことを知らず時間と共に遠くへと、そして小さなものとなっていき、その事実に小さく舌を噛むアンセルだったが、次の瞬間にはそんな状況の中で自身ができる最善の行動はなんなのかと、その思考を止めることなく働かせていく。


 そうして薙ぎ倒す音がやがて聞こえないほどまでに小さくなり、一対一となったその空間を静寂が包み込んだ時、


ーーどうする、私1人では時間稼ぎはできても決定打には成りえない…!


 3人の中で唯一カラクの動きに対応することができていた最も力の近しい者であるアンセルだったが、その力の大半は天啓があってこそのもの。


 アンセル自身の本来の身体能力は常人が背伸びをした程度のものであり、迫り来る攻撃をかろうじて回避やいなすことは可能でも、再起する過去の残っていないこの場においてカラクに負傷を与える手段は無に等しかった。だからこそ、


ーー2人のどちらかでいい。ここへ復帰し、状況が転機するその時まで耐えろ…!たとえ私が戦えないほどになろうとも、ここまで紡いだ軌跡を死ぬ気で繋げ…!!


 思考するアンセルとは対照的にその目前に立つカラクはアンセルとの一対一の戦いを望んでいたと言わんばかりにニアを蹴り飛ばしたその体勢から立て直し、そして静かに、そしてゆっくりと消滅したその頭部をアンセルの方へと向ける。


 瞬間、殺気がアンセルの周囲をもれなく包み込み、そして同時に全身に駆け巡る冷や汗を感じながらも、アンセルは焦る自身を落ち着かせるように小さく笑みを浮かべ、そして戦いの中へと身を投じるのだった。

















『昔々、あるところに幸せに暮らす様々な種族がおりました』


 それは突然に始まった。黒いスクリーンに映し出されたそれはやがて白い文字として画面全体に鮮明に写り込み、聞き覚えのないその声はやがて子供にでも読み聞かせるかのように優しい口調で語り始める。


『羽を持ちながら、空を飛べない者。別世界へと住処を移し、平穏に時を過ごす者。穴蔵の中で一年中眠り続け、それを幸福と捉える者。人と仲良く暮らし、人が好きな影に生きる者。海の底に暮らし、生物の声を歌とする者。外の世界を憧れる、地底の者。誰にも従うことなく空を流れる、自由な者。世界を小さく思ってしまうほどに大きな体を持つ者』


 声と同時に映し出された絵には、羽を持った小さな体の種族。人と同じ見た目の、笑顔の絶えない種族。洞窟の中に一年中籠り、尚も一切を困ることなく過ごす種族など、それぞれの種族が幸せそうに暮らす絵が描かれていた。


 その絵は幸せに包まれており、まるで誰もがその暮らしに満足し、不満の一つも抱いていないかのように笑顔が溢れる風景が描かれていた。


『そして、日常は『渇望を』。平穏は『永遠を』、幸福は『不変を』、友情は『夢を』、歌声は『虚心を』、幻は『堕落を』、自由は『虚像を』、寛大は『因果を』それぞれの望みの証として世界に残しました。それは始め、小さな蕾でしたが、瞬く間に大きくなりました。それは人々の感情を吸い、同時に自らの力として蓄えました。かつての人々はそれを知っていましたが、咎めることをしませんでした』


ーーどうして?


 何処から聞こえてきた声が、語る者へとそう質問を返す。


 その声は何処にでもいるような幼い少女のようで、だがニアの知る誰と間違った声だった。


 透き通っており、純粋無垢なその声は善悪など関係なく自身が疑問に思ったからと、その疑問の赴くままに語る者へと問いを返したのだった。


 そして問いかけられた語る者はわずかな間沈黙を貫き、だが次の瞬間には少女の問いに答えるように口を開くと、


『それは彼らの望みの証であり、彼らがここにいたという何よりの証明だからです。それがいる限り、世界が彼らを忘れることはなく、同時に人々もまた忘れることはありません』


ーー何を忘れるの?


『——が人々に成した所業。彼らの最たる者の全てを葬り去ってしまったことを』


 その声は変わらず子供に読み聞かせるように優しい声色であり、だが同時にニアにはその声が何処か遠い過去を懐かしみ、そして残念がっているようにも聞こえた。


 だが、そうして少女がまたしても疑問を問いかけた次の瞬間、ノイズのようなものが語る者の声を遮り、そして返答の一部分だけをニアへ理解させることなく不鮮明な空白で埋めるのだった。

 

ーーそれから、その証はどうなったの?


『それから長らく、それは世界を彷徨い続けました。その中で見て、そして経験したその全てを糧とし、成長を続けました。ですが、いつしかそれより後に生まれた人々はその姿に嫌悪し、恐れ慄き、いつしかそれは、世界でこう呼ばれるようになりました。『厄災』と』


 瞬間、言い終わると同時に世界は終わりを迎えた。エンドロールすらが流れることなく役目を終えた黒いスクリーンは静かに幕を下ろし、観客が去るその瞬間を待つのみであった。


 立ち上がり、ぞろぞろと部屋を出ていく観客はその結末に満足したように明るい声で他者と感想を言い合っており、だがその観客の全てがモヤのかかった頭部をしており、映し出されない頭部から発される声だけが部屋の中に響いていた。


 そうして数分後。観客の全てが部屋を後にし、その部屋の中に一切の物音がしなくなった時、———は静かにその続きを語り始める。


『…ですがいつか、それを救う存在が世界に現れました。2度死せしその者は、予言として世界のたった一冊にその名を残し、それを後世に伝えました。そしてそこにはこう書かれているのです。『世界を見つめしその瞳には、消えゆくながらも眩い光が尽きることはない』と』


 ———が語り合えたその瞬間、視界の全てが黒に覆い尽くされ、同時に静寂が辺りを包み込む。


 そしてニアは目覚めを迎えた。


「…」


 開いた視界に最初に映ったのは、果てしなく広がる地面だった。


 冷たく、当たり前のようにそこにある地面はニアへ現実へと回帰した事を告げるようにその硬く、冷えた感触を味わせる。


「ここは…、っ…」


 ニアは辺りの状況を理解するべくその視界を動かし、その時にしてようやく自身が赤い血溜まりの元に横たわっているということ、そして同時に自らの手元から離れ、横たわる自身からわずかに離れた箇所に桜月が横たわっている事実を理解する。


 そうして体を起こそうと力を込めた次の瞬間、全身を痛みが貫いたことによりニアは小さな悲鳴と共に眉を顰めることを余儀なくされ、そして同時に先ほど自身の身に起きた出来事の一切を思い出す。


「…俺は、そうか…気を失って…」


 絶え間なく全身を横切る痛みと、力を込めようにも上手く入らないその体が先ほど起きた出来事が現実でのことなのだと理解させ、そしてその事実を理解したからこそニアは腕を地面へとつけ、次の瞬間には頭を眉を歪ませながらも、無理やりにその体を持ち上げていく。


 そうして見えた景色には自らがここへ来る道中に薙ぎ倒してきたのか、力なく横たわる木々の群れがその姿を見せており、だが、おかげで迷うことなく戦線に復帰することができるとわずかに感謝を覚えながらも、全身を伝う流血を軽く拭ったニアは、ふらふらとしたその足取りで立ちあがろうと力を込める。


 瞬間、鋭い痛みが足を貫き、その激痛につい倒れ込んでしまいそうになるが、奇跡的に折れていなかった足はあくまで激痛を伴うに留まっており、だからこそニアはゆっくりと立ち上がると、自らの手元から離れてしまった桜月を拾い上げ、そしてふらふらとした足取りで薙ぎ倒された木々の間を遡るように歩き始めるのだった。

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