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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
57/105

地を踏み鳴らすは夢の跡 その四

 アンセルが加わったことにより、防戦一方だった戦いと呼ぶことすらが烏滸がましいと思えるほどの勝負は戦いと呼べるまでに昇華しており、同時にアンセルの天啓をモロに食らったことにより目で捉えることすら容易ではなかったカラクの動きはかろうじてその目に捉え、反応ができるほどまでに減速していた。


 そして変わり始めたことはもう一つ。アルクヘランの時のような対抗の手段すらない理不尽な戦いとは違う、無力に近しくとも対抗の手段のある戦いの中でニアは小さな蕾が開花の時を待つように、カラクの動きにわずかながらに対応し始めていた。


ーー…右、大ぶりに見せかけての反対、突き…っ!


 思考するニアはカラクの動きの一歩目を覚えることにより次にどの動作へと移るのかを誰よりも早く理解することに成功し、そして今もまたその動作を見極めることにより迫り来る攻撃を躱そうと身をひねる。だが、


 だが対する者の動きに対応し始めているのはニアだけではない。


 戦いを得て、カラクもまた3人の動きを理解し始め、そしてニアと同じようにそれぞれの動きの癖に適応し始めていた。


 そうしてニアの思考を上回ったカラクによって罠にかかるように隙だらけの背中を向けてしまったニアへ、容赦のない一撃が襲い来、そしてぶつかるかと思ったその瞬間、


「残念、それじゃまだ届かない」


 振り抜かれた拳はアンセルの天啓により呼び起こされた『過去のカラク』の拳と衝突することでその衝撃を互いに打ち消し合い、そうして弾かれるように半歩後ろへ下がったカラクへ、タイミングを図ったかのようにアストーの力が襲いかかり、地面へと押しつぶす。


 わずかに二秒間の出来事。だがその二秒間に絶えることなく互いの全力をぶつけ合うその戦いはニアだけでは到底戦いとなり得るものではなく、だからこそ地面へと降り立ったニアは背後に立つアンセルとアストーへとその目を向けると、


「助かった。ありがとう」


「まだだ」


 感謝の言葉を述べるニアへ、アストーはわずかばかりの警戒をも解くことなく、まだ戦いは終わっていないと、カラクの押し潰されたその地点を見つめていた。


 そうして時間と共に舞った土埃が晴れたことにより、落ちた穴の地点にいるカラクを視界に捉えるべくニアもまたその地点へと目を向ける。


 だが晴れた土埃により穴の姿が露呈したその瞬間、3人は遅れてその地点の何処にもカラクの姿がないことを理解し、そして同時にニアは自身の背後に殺気を感じたことにより考えるよりもはやくその身を屈ませてみせる。


「なっ…!」


「…!!」


 瞬間、ニアの上空には凄まじい風圧が吹き荒れ、何事かと目を向けたニアはその時にしてようやく“自身の首など容易に跳ね飛ばすほどの一撃”を考えるよりも先に屈んだことで奇跡的に回避したのだと理解する。


 地面へと押しつぶされたはずのカラクは誰にも気づかれることなく穴の元から抜け出し、そして今この瞬間、またしても誰にも気づかれることなくニアのそばへと忍び寄っていたのだ。


 そうしてニアが溢した声により遅れてその姿を視界へと捉えたアンセルは次の瞬間には迷うことなくカラクへと天啓を行使し、ニアの元に立つその体を『空を舞った一撃』を現在へと再起することにより遥か遠くへと吹き飛ばしていく。


 そうして何とか一命を取り留めたニアは急速に暴れ始めた心臓を落ち着かせる為に胸へと手を当て、そして続けてカラクへと視線を固定したまま自らの背後に立つアンセルへと声をかける。


「見えたか、アンセル」


「いいや。でも『見えてる』」


 問いかけられたその言葉に返答と呼べない返答を返したアンセルは先ほどまで自身がカラクがいると思い込んでいたその穴のありかを見つめており、そうしてしばらくの沈黙ののちに納得したように小さく笑って見せると、


「分裂…いや、分身に本体を移したな?」


 瞬間、吹き飛ばされた先の地面へと着地したカラクはその視線をアンセルへと移し、そして同時に小さく唸るような声を上げるのだった。









 始めて瞼を開いたその瞬間から、アンセルの瞳の中には常人には捉えられないものが映り込んでいた。


 多数の人の形をした何か。何処へ視線を移そうと連なるように視界へと入り込むその何かはアンセルにとって親の顔よりも見たものであり、同時に幼いアンセルにもそれが“現在”に存在するものではないことはすぐに理解できた。


 そして同時に今を生きる人の体にまとわりつく光の粒子。それは過去を介することによりその者の積み上げた力の度合いを表す者であり、弱きものは小さく、また、強きものは大きな粒子を身に纏っていた。


 だからこそアンセルは視界に映った巨大な粒子…即ちカラクの居所を一目見るだけで理解し、またその赴く先に誰かがいるということを理解したことによりニアへの加勢が叶ったのだった。だが、その眼の真価はそれではない。


 『追想眼』 それがアンセルに託された眼の名称であり、その効果は「持ち主が見た視界の中にて生物が行った行動の全てを自動的に記録する」というもの。


 一見すれば記録するだけに留まるその効果は時に対象の力を戦闘前に理解することにより奇襲を回避することや、その場で起きた事象を捉えること、そして何よりも、アンセル本人の天啓『再起(リザレクション)』が加わることにより、映り込んだ過去の中で最適なものをを自在に”現在“へと持ち出すことを可能としていた。


 そうしてその眼を以て再びアンセルは理解する。


 地面へと押しつぶされるその直前、間違いなく地面へと向かって行っていたカラクのその体は突如として二つに分かれ始め、そうして次の瞬間には元の体だったその抜け殻を捨て、安全帯へと生まれ落ちたもう一つの体に自身を移したのだと。そして、


「守宮…なるほど、危険に陥ればそう言う芸当も出来るんだな。生物で言う脱皮のようなものか」


 アンセルの力を以て、否、アンセル以外の誰にも見破ることのできなかったその不可解な現象は公となったことにより辺りを驚愕と納得で染め上げ、同時にこの瞬間にでようやく自身の警戒するべき最たる者がアンセルであることを理解したカラクは次の瞬間にはその場から姿を消失させ、瞬く間に半歩手前ほどまでへと接近する。


 そうして1秒とかからずに接近したカラクは同時に再びその体を撃ち抜く勢いで拳を振り抜いており、だがその拳がアンセルへと接触するかと思われた刹那、


「言っておくが、過去は何度でも再起する」


 瞬間、迫り来ていたカラクの姿はまたしても突如として消失し、そして次の瞬間にはその体は何かに吹き飛ばされるように宙を舞っていた。


 そうして幾度となく訪れる不可解な衝撃に全身の痛みを感じながらも、カラクは思考する。『何故一度力を使った場所から、再び同じ威力を感じるのか』と。


 これまでの短い戦いの中で、カラクはアンセルの天啓についてわずかながらにその理解を始めていた。


 自らが振り抜いたと同じ衝撃、同じ威力を好きなタイミングでもう一度起こせるのだと。そしてそれは自身が攻撃をした場所に限ったものであり、同じ箇所からニ度同じ衝撃が訪れないことから、一つの箇所で再起できる過去は一度きりなのだと。


 だが、それこそが罠だった。


 アンセルはあえて偽の発動条件をカラクに思い込ませることにより、これ以上自らをいなす術がないと勘違いしたカラクが飛び込んでくるわずかな隙を生じさせることに成功し、そうして疑いようもなく罠へと嵌ったことにより吹き飛ばされていくカラクのその視界の先に立っているのは、


「ふぅ…」

 

 足を開き、呼吸を整え、精神を統一し、刀士…ニアは今この瞬間自らの元へと飛来するそれを迎え撃つべく瞳を瞑り、鞘へと収まった桜月を握るその掌に力を込める。


 横切る空気の音に精神は研ぎ澄まされ、そうして自らの着地地点に立っているニアの存在に気がついたカラクもまたその存在を迎え撃つべく軽く体を捻ると、固く握りしめたその拳に再び力を込めてみせる。


 そうして時間にしてわずか0.2秒後。カラクの振り抜いた一撃がニアの寸前へと迫り、衝撃に揺れた空気がニアの頬を揺らした瞬間、


「真喝」


 振り抜かれた一撃がニアの肌へと接触するその寸前、万能の反射により同じく鞘から引き抜かれた桜月と接触したことにより辺りへと火花を生じさせる。


 最速の一手はもはやこの鋼鉄の肌を前にして仕舞えばなんの意味も為すことはない。だからこそニアはこの瞬間、エリシアと共に磨いた「真喝」という技の速度という長所を捨て去り、そして次の者へと繋ぐべく弾く力へと切り替える。


 そうしてわずか数秒。ガチガチと鳴る音と共に周囲へと散乱する小さな火花が両者がこの瞬間も譲らぬ一撃の最中であるのだと理解させ、だが圧倒的な力の差は一長一短で埋まるものではなく、振り抜いた拳を受け止めるその体は時間と共に後方へと擦り下がることを余儀なくされていた。


 だが、それでよかった。否、そうでなければいけなかった。


 何故なら始めからニアの目的はカラクの一撃を相殺することではなく、あくまで“時間稼ぎ”に他ならなかったからだ。

 

 ニアがそこにいたならば彼は力を行使することができず、だからこそあえてカラクの一撃を受け、次の瞬間には再び吹き飛ばされるように背後へと転がって行く。


 そうして転がっていくニアと変わるようにカラクのその視界に映り込んだのは、


「よくやった。後は任せよ」


 その声はカラクを倒すための一手に必要な時間をニアへと任せたがためにしばらくの間その姿を眩ませていた者の声であり、同時にその者が姿を現したということは、


 転がっていくニアへと視界の一片すらもを割くことなく賛美を贈るアストーの視界にはもはやカラク以外の何人も映っておらず、同時にその気配に異様なまでの不吉さを感じたカラクはニアと同じく咄嗟にその場から退避をするべく行動へと移ろうとするが、瞬間、その横腹を何かが撃ち抜くような衝撃が訪れ、カラクのその体を大きく左へと歪ませる。


 いつかの自身と同じ威力、同じ位置。だとすればそれを起こした者もまた1人しかいない。そうして咄嗟に視界を向けたその先に立っていたアンセルはわざとらしく小さく笑うと、


「それでいい」


 瞬間、カラクは理解する。


 こうして自らへと意識を向けさせ、一瞬の時間を消費させることすらもがこの女の策略なのだと。


 だが、気づいた時にはもう遅い。


 罠に嵌ったカラクがアンセルを視界に捉えるべく時間を浪費したがために、回避が間に合ったかも知れないその未来は完全に消滅し、そうして自身が罠に嵌ったことをカラクが理解した次の瞬間、


「…時は満ちた。余の名を以て命ずる、万物よ、朝露と化せ。 「歪み廃れし転王の終命(エルア・オリス)」」


 瞬間、カラクの体は突如として何かに打ち上げられたかのように宙へと浮かび、そして同時に目に見えるほどまでに歪んだカラクを覆う四方の壁がその体を押しつぶすべく襲い掛かっていく。


 幾十にも襲いかかるその壁はまるで波のようであり、だがまたしても自らへと襲い掛かるその壁を理解したカラクは再びその全身へと力を込めるが、ニアの稼いだ時間の一切を使って唱えられたその力を前に、もはやそんな悪あがきは意味をなさない。


 堪える体は時間と共に押し負けるように小さく変形して行き、だが次の瞬間には突如としてその勢いは急停止するように静止する。


 そうして襲いくる波が止んだことにより自らを押しつぶすその勢いにまたしても勝利したのだと、余裕の生まれたカラクが嘲るようにアストーへと小さく笑みを浮かべたその瞬間、音すらもを置き去りにするほどの衝撃がカラクの周囲一帯を包み込み、そして次の瞬間には目を見開いていたにも関わらず瞬きをしたのかと思い違えるほど突然に、カラクのその体は小さな箱ほどへと押し縮められ、そして呆気なく地面へと落下する。


 紫色の液体を纏った塊はもはやそれがなんなのかを何人にも理解させることなく沈黙し、そこに意思はなく、何者かであった原型もまた何処にもない。


「…勝った…のか…?」


「奴はそこの小箱と化した。もう動くこともできぬ…、っ」


「っと、勝手ながらに手を貸させてもらうよ」


 和らいでいた一撃ということもあり、不格好ながらに木の根へと衝突することでかろうじて2、3本の木々を薙ぎ倒すだけでその勢いを和らげることに成功したニアは起き上がることすらがままならない体勢のまま顔だけを起こし、アストーへと勝負の行方を問いかける。


 そうして問いかけられたアストーは大仕事を終えたがためか、ニアの言葉へ疲れを感じる声色で返答を返しながらもふらふらとよろけて行き、だがその体が地面へと傾いたその瞬間、横から伸びてきたアンセルの腕がその体を支えてみせる。


 ふとアンセルの方へと目を向け抵抗のそぶりを見せたアストーだったが、その力すらもが残っていないのか、次の瞬間には抵抗の意思を向けることをやめ、そしてその一連の動作にアンセルは小さく笑みを浮かべてみせる。


 そうしてアストーの勝利の言葉を聞いたニアは信じられないというふうに浅い呼吸を繰り返し、だが時間と共にその呼吸は荒いものとなっていき、そして次の瞬間には傷だらけのその腕を天へと伸ばし、そして、


「勝った…!はは、勝ったんだ!!」


 どこか泣きそうな声にも聞こえるその声は、それほどまでにニアが勝ち目のない戦いだと諦めていたかの証明であり、同時にそれほどまでにこの一線に命をかけたのだということの証明であった。


 カラクは小さな塊となり、動くことは愚か生きているかすらもが怪しい姿へと成り果てた。もはや脅威と呼べる存在ではなくなった。それは確固たる事実であり、同時に決して覆ることのない真実である。


 だがその時、ニアは歓喜する思考の片隅に妙な違和感があることに気づいた。


 それはカラクとの戦いが始まるより前の、あるいはその寸前の出来事。繭を破壊した時に突如として起こり、そしてその事実を否定するかのようにその数秒前へと巻き戻った、不思議な体験。


 アストーの力かと思ったその力は戦いの中で通じたどの力とも違ったものであり、同時にその不思議な体験をしたニアだからこそその疑問は脳裏へと浮かんできたのだ。


 アストーの力ではない。ニアも当然のように天啓を使うことができず、では一体あれはなんの力なのか、と。だがその思考は考えれば考えるほどにニアを思考することを拒むほどの絶望へと突き落としていく。


 そうして同時にニアはアストーが言っていたカラクの力の中で、今だになんの鱗片も見せていない力があることを思い出した。


 未だに見えていない『修正』の力。『適応』はカラクの意志に関係することなく、状況に応じて自動で発動する力だった。だとすればそれもまたカラクが目覚める寸前に起きた不可解な出来事の解答とするにはあまりにも歪であり、だからこそ必然的にその疑問の答えは一つへと収束する。


ーー『修正』…適応の力は言葉の通りの能力だった…だとすれば何を修正する…?この戦いの中で未だに発動の兆しはなかった。生きている最中には発動しなかった力…、いや待て、あの瞬間…繭の中にいたカラクが死んでいたのだとすれば…だとすれば、修正する対象はまさか…!!


 瞬間、ニアは焦ったように疲れ切ったその体を無理やりに動かし、そして自身の仮説があくまで仮説に留まるのだと納得させるためにその視界をアンセル達の方へと向ける。


 そして同時に、ニアは自身の仮説が仮説ではなくなってしまったことを理解する。


 自らの視界の先でアストーの体を支えるアンセルは微動だにすることなく完全に静止し、そして支えられているアストーもまた同じく瞬きの一つもすることなくその動きを止めていた。


 いつか見たその異様な光景。


 だがその時、再び視界の一端に小さなヒビが入った。それは時間と共に再びニアの周囲一帯を覆い尽くし、いつかと同じくニアが触れるその時を待つかのように逃げ場なく辺りを囲い込む。


 認めたくない現実。だが現実はそれを見て見ぬふりをする事を許さず、間も無く直面する現実に怯えるように半歩後ろに下がったニアの腰にかかった刀が不意にそのかけらに触れてしまった瞬間、


「っ…」


 ニアの周囲を覆っていたヒビは刀が触れた際の小さな衝撃により再び氷の膜が溶けるように空中へと小さな塊となることで霧散し、そして同時に、再び目の前の光景がその視界の中へと映り込む。


 あり得てしまったあり得てほしくないと心の底から願ったその現実はニアのこの戦いの覚悟など知らないかのようにその景色を突きつけ、そして目の前に立つ“それ”の姿をニアは鮮明に捉えてしまう。


「っ…そんな…」


 先ほどまであった地に落ちた塊はその姿を消滅させ、代わりに姿を現した存在により“それ”が塊の者と同一の存在なのだと理解させる。


 頭部のない怪物。先ほどまでニア達が死力を尽くして戦っていた怪物の姿は何処にもなく、そこにはただ、先ほど以上の殺気を放つ頭部の失われた、細長い人の形をした怪物が立っているだけだった。

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