地を踏み鳴らすは夢の跡 そのニ
異形の存在。目覚めたカラクの姿はそう形容することでしか表せられないものであり、いつかながらに脳裏に浮かんだその言葉をニアが理解したその瞬間、
「伏せろ!!」
何かに気づいたようにアストーがそう叫んだことでニアは反射的に身を屈め、そして次の瞬間には目の前に立つカラクが突如として叫び声にも近い甲高い咆哮をあげたことにより、二人は耳を塞ぐことを余儀なくされる。
発せられたその咆哮は二人のいる空間一体を揺らし、更には耳を塞いだ上からも鼓膜を揺らすほどのその声圧に遂には壁に小さなヒビが生じ始める。
「っ、逃げるぞ!」
だが壁に生じた小さなヒビは時間と共に連鎖するようにその規模を拡大させていき、この建物自体が安全ではないことを理解したニアは鼓膜を揺られながらも耳を塞いだまま動くことのできないアストーの腕を掴み、無理やりにも来た道を駆け戻っていく。
結果的にその判断は正しかった。
二人が砂の塔から脱出した次の瞬間、限界を迎えた砂の塔は激しい音を立てて崩れ落ち、そして地面へと落ちた衝撃により舞い上がった土埃が辺り一体を視認できないほどまでに覆い尽くす。
そうして間一髪脱出を果たした2人は崩れ落ちる砂の塔の風圧に背中を押されるように、あるいは吹き飛ばされるように地面を転がっていく。だが咆哮を上げたカラクの姿は何処にもなく、崩れ落ちた砂の塔にカラクが飲み込まれたのだとわずかな安堵を覚えたその瞬間、
「…ァァ…ァ!!!!!」
微かに、だが確かにその声は何処からか2人の耳へと伝わってきていた。それはわずかしか聞こえていないにも関わらず、あたりの空気をもれなく振るわせる絶叫の声。
聞き間違いかと思うほど微かだったその声は時間と共にその絶叫を拡大させていき、そしてやがてその声が鮮明に聞こえるようになったその瞬間、
「やはり自滅するほど愚かではないか…!」
雪崩のように崩れ、積み重なった砂の塔は爆発するように轟音と共にその行方をくらませ、そして代わりに舞い上がった土埃の中から再びそれは姿を現す。
悠々と、巨大な砂の山に飲み込まれたにもかかわらずかすり傷の一つすら負わずに当たり前と言わんばかりにニア達の前に立ち塞がるのはカラクであり、だがカラクはまたしても何かを警戒するように動くことなくニア達を見つめていた。
何秒経っただろうか。アルクヘラン以来の死の権化にも近しいそれを前に、ニアはいつの間にか過呼吸気味になっていたその息を整え、そして、
「行くぞ」
先手を打ったのはアストーだった。アストーはニアへと短くそう伝えたのち、目の前のカラクを自らの元へと引き寄せるかのように、手を引いてみせる。
瞬間、カラクは何かに背中から押されたように突如としてニアのいる方へと接近し、そして目の前に立つニアに気がついたその瞬間、その細い腕を振り抜くために拳を強く握りしめる。
対するニアは目を瞑り柄へとその手をかけることにより技の構えを完成させ、そして迫り来るカラクを迎え撃つためにその時を待つ。
そうして振り抜かれた腕がニアへと接近し、そしてぶつかった瞬間、
「真喝」
最速の反撃。構えた一撃は細いカラクの腕など糸も簡単に切り飛ばせると誰もが思うほどの万能の反射。
そして振り抜いたその刀は、一切の抵抗を受けることなく向かいくるカラクの腕へと直撃し、
「な…っ!!」
だが次の瞬間接触し、そしてその体勢を崩されていたのはニアの方だった。
振り抜いた刀はまるで鋼を幾十にも重ねた鋼鉄と接触したのように完膚なきまでに弾かれ、だがかろうじて軌道をずらすことができたその拳は、ニアのわずか右隣の空を切り、同時に訪れた凄まじい衝撃に生えていた木々の群れは為す術なく吹き飛ばされる。
自らの背後で起きたことを理解し、直撃することが致命傷になりかねないとわかっていながらも腕を宙へと振り上げたその体勢では回避の動作へと映ることも叶わない。
そうして当然の如く放たれた蹴りが躱すことすらがままならないニアの胴体へと迫り来、接触し、そして、
「チッ…!!」
瞬間、間一髪のタイミングでアストーが力を行使した事により、振り抜かれたその蹴りがニアへと直撃することはなく、代わり寸前のタイミングでカラクの体は後方へと吹き飛ばされていく。
木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされていくカラクだったがその姿に以前として数の一つもついておらず、さらには宙で回転し、地面へと四肢を接触させることで勢いを和らげると反撃を繰り出すべく今度はアストーへと狙いを定める。
だがその瞬間カラクの辺り一体は歪み、そして追撃を許す間も無くその四方はカラクの体を押しつぶすべく迫り来る。
「シィ…ァァァ!!」
当然の如くカラクは自らを押しつぶそうとするその空間から脱しようと力を込めるが、カラクの四方を囲むその空間は時間と共にギチギチと音を立てて縮小していき、カラクの体が押し負けているように見えた。
そうして抵抗するべく伸ばした腕は見えない壁により無理やりに折りたたまれ、
「下がれ!」
だがアストーがそう叫んだ次の瞬間、カラクを覆う四方の空間には小さなヒビが生じ、そして次の瞬間にはカラクを覆っていた四方の空間は瓦解する。
不可視のそれから抜け出したことにより地面へと落ちたカラクだったがその体は時間と共にゆっくりと、そしてふらふらと起き上がっており、そして次の瞬間、
「…!」
カラクは突如としていたはずの場所からその姿を消滅させ、代わりに舞った土埃が自身の方へと向いていたことから、アストーはカラクが自らへと狙いを定め襲いきていることを理解し、そして次の瞬間にはその姿を視界に収める。
そうして迫り来るカラクを理解したアストーはその体を再び何処かへと吹き飛ばすべく力を行使する。だが、それこそがカラクの狙いだった。
アストーが回避よりも追撃を選択し、そして動作に移ったことを確認したカラクはそれを待っていたと言わんばかりにさらにその速度を加速させる。
一瞬だった。アストーが力を行使しようとしたその瞬間、加速したカラクは一瞬の間にアストーのそばまでその歩みを進ませており、その予想外の出来事に反応の遅れたアストーの胴体へ拳を振り抜く。
だがその拳がアストーへと接触する直前、突如としてその体は横方向へと吹き飛ばされ、代わりにアストーのいた場所からは何か硬いものが擦れるような音と、そして小さな火花が咲き乱れる。
アストーよりも早くカラクの動作を理解したニアは反応の遅れたアストーでは回避が間に合わないことを理解し、そして迫り来る攻撃に対してのできる限りの防御の構えを取った状態でアストーに向けられるはずだったその攻撃を引き受けたのだ。
そうして振り抜かれた拳は刀身へと直撃し、そして次の瞬間、
「ぐ…らぁぁ!!!」
拳を受けた刀は小さな火花をあげ、ニアは襲いくる衝撃に吹き飛ばされないように可能な限り声を出し、そして力を込める。
その結果、先ほどはわずかにしかその軌道をずらすことができなかった拳は今度こそ完全にその軌道を狂わされ、ニアの刀を握る腕と共にその行き先は空中へと向かう。
凄まじい速度で空を切り、そして振り上げられたその拳は空間を凪ぐ程の衝撃を発生させ、辺り一体をわずかながらに真空にも近い空間へと変化させる。
そして空間を凪ぐ程の一撃を変えるべく受け切ったニアの手のひらは衝撃のせいかビリビリと痺れなており、受け身の体勢すらもを整えることのできないまま着地したその体は不恰好に地面を転がっていく。
「…っ!!」
そうして吹き飛ばされるように地面を転がっていくニア、そして拳を空へと振り上げたカラクを理解したことでアストーは反射的に自身が今するべき最善の行動を理解し、そして間髪入れずカラクのその体を木々の果てへと吹き飛ばしていく。
立ち並ぶ木にぶつかったことによりようやく停止したニアは咄嗟にその体を起こし、そしてアストーがカラクを吹き飛ばしたことを理解するや否やわずかに安堵の息を吐き、そしてアストーの横へと立ち並ぶ。
「大事ないか」
「かろうじてな」
一時の交戦の末、更にはたった数回の攻撃を受けただけでも嫌でも理解させられる圧倒的な実力の差。一撃でも碌に食らえばいとも簡単に命の糸を断ち切るその一撃を前に、ニアは初めから分かりきっていたその答えへと改めて辿り着く。
「1人ではどうしようとも勝てる可能性はゼロ」であると。だからこそニアはこの勝負の鍵を握るのはアストーであると確信し、そしてアストーが不自由なく力を行使するための援護に回ることを決意する。
ニア自身、アストーの天啓の実態を完全に理解しているわけではなかった。だが先の数秒の出来事の中でわずかに得た情報から、その力の正体、そしてその発動条件を仮定する。
ーー1つ、空間を凝縮する力であること。2つ、天啓を発動する条件はおそらく『触れる』こと。繭を押しつぶした時も手で触れた直後に見えない壁に潰されていた。だが今回アストーはカラクに触れていないはず、だとすれば天啓を通してでも触れさえすれば力の発動は可能。そして3つ、凝縮する空間は同時に複数人方向から可能。そして耐久の限界を超えると砕け散り、霧散する。
そうした仮定を終えたニアは自らの前方、その果てで体を起き上がらせているカラクを視認したことにより警戒を強め、気を引き絞るようにその刀を強く握る。だがその時、
「言っておくが、この戦いの鍵を握るのは主だ。余の力は攻撃に向かぬ。故に期待するな」
「どこが…、!!」
ニアの思考を読んだかのように伝えられたその言葉にニアは反論を返すべく口を開くが、声を発するよりも早く視界の果てでカラクが完全に体勢を立て直したことを理解したことで会話は中断され、代わりにニア達は再び襲いくるカラクに備えるべく気を引き締める。
「余が隙を作る。主が勝てねばこの勝負勝機はないと思え」
端的にそうアストーが口にした次の瞬間、目の前の果てが爆発するかのように土埃を上げ、同時に先ほどまでいたはずのカラクの姿は消失し、その足場が抉れている光景を目の当たりにする。そして、
「走れ!」
土埃の中からその姿を現し、同時に凄まじい速度で接近するカラクを確認したアストーは叫ぶようにニアへとそう伝え、そしてそれに言葉の代わりに行動で示さんとニアは自らへと向かい来るカラクへと走り寄っていく。
そうしてニアとぶつかるかと思ったその直前、凄まじい速度で接近するカラクは、その速度故に目の前から襲いかかるアストーの天啓に気付くことはなく、次の瞬間にはあえなくぶつかることでその動きを半ば無理矢理に急停止し、そしてその瞬間、タイミングを測ったかのように隙だらけのその首元へ飛び込んだニアの刃が迫る。
「ふっ…」
自らの全力を込め振り抜く一撃。だがそれですらもカラクの皮膚を断ち切るには容易に力が足りず、それ故に次の瞬間にはいとも簡単にニアの刀、そしてそれを握る腕は宙へと弾かれてしまうだろう。
だがそれはニア1人であればの話であり、本来なら再び弾かれるはずだったその一撃はアストーの天啓の力もが加わることにより威力を数段増され、遂にはカラクの肌をも断ち切れるほどの威力を手にする。
そうして振り抜かれた一撃は再び確実にカラクの首元へと狙いを据え、直撃し、
「ッ!?」
だがその一撃がカラクの首元へと届くことはなかった。
天啓を纏った一撃。その威力を危険だと判断したのか、先程まで防御の素振りすらもを見せなかったカラクは振り抜かれ、自らの首元へと迫る刀と自らの首の間に腕を挟み込み、そして訪れる衝撃を和らげようとする。
「っ、あぁぁ!!」
接触するその肌は小さな火花を生じさせ、全力の一撃は時間と共に弱まっていく。だが弱まっていくその一撃を自覚しながらもニアは決して握った刀から手を離すことなく、抜けていく力を再び振り絞るように声を荒げ、そして次の瞬間、遂にその刀は振り抜かれる。
一閃。振り抜かれた一撃は間に入った鉄壁の肌に大きいとは言えずとも確実な切り傷を生じさせ、小さな血を滴らせながらもその勢いは弱まることを知らず、次の瞬間、防御体制のカラクのその体は勢いのあまりか宙へと浮き、そして刹那、木々の果てへと凄まじい速度で吹き飛ばされていく。
吹き飛ばされたカラクの体は体勢を立て直すことすらが許されないままに幾本もの木々を薙ぎ倒しながら遂には地面へと衝突し、それによって巻き上がった土埃によりその姿は深い霧に紛れたようにニア達の視界から分断される。
「…助かった」
早まった呼吸を落ち着かせるためにニアは大きく息を吸い込み、そして深呼吸を繰り返しながらそんな感謝の言葉を伝えてみせる。
刀を握っていた腕はアストーの天啓の助力があったとは言え未だにびりびりと終わることのない痺れを知らせ、だからこそニアは尚も警戒を解くことなくカラクの吹き飛ばされていった方へと目を向ける。
だがアストーは何も言葉を返すことをせず、代わりにニアと同じく警戒を解くことなくカラクの吹き飛ばされた方へと目を向けており、
「っ…!!」
瞬間、突如として発生した強風によりニア達の前方を覆っていた土埃は振り払われ、同時にその中心から再びそれは姿を露わにする。
そうして2人の目に映ったのは、
「どうなってる…」
小さく呟かれたその言葉はニアのものであり、だがその声色はまるで信じられないものを見たかのように絶望にも近い色に染まっていた。
だがそれすらもが仕方のない事なのだと、それが当然の反応なのだと。何故ならカラクが吹き飛ばされたはずのその地点から姿を現したのは、先程までとは全く異なる姿の生物だったのだから。
その姿は先程同様に細身の人型ではあるものの、その全身には先ほどまで間違いなくなかった鎧のような鱗を纏わせており、そして何よりも何事もなかったかのようにこちらへと歩いていくカラクの体には、先ほど生じたはずの傷の一切が消え失せていた。
「適応と修正、それがやつの能力だ」
ニアの言葉に返すように、あるいは吐き捨てるようにアストーはそう言葉を発する。だがその表情はどこか油断した自らを悔いているように見え、それはアストーもまたカラクの能力のことを考える余裕がなかった程に全力を尽くしていたという事を意味していた。
ーー適応…これはそうだとすれば、単に身を固めただけ…?いや、だがさっきまではそんな予兆…
“適応”により身を固めたことは理解しつつも、”修正“の様子が見られないことにわずかばかりの疑問を抱くニアだったが、次の瞬間にはそんな疑問など頭のどこからも消滅する。
何故なら警戒して見ていたにもかかわらず、自らと距離の空いた場に立っていたはずのカラクがいつの間にかすぐそばまで迫ってきていたからだった。
その速度は先ほどよりも数段早く、先ほどまでの速度に慣れてしまっていたニアの意表の裏をついたかのような速度に、ニアはつい反応を遅らせてしまう。
そしてその隣、反応の遅れたニアと反対に迫り来るカラクをわずかにその視界に捉えることのできたアストーはニアと同じく焦りながらも、カラクのその体を再び遠くへと吹き飛ばすべく天啓を行使する。
そうして再び不可視の空間がカラク目掛けてその行動を開始し、迫り来るカラクの体をまたしても正面から迎え撃ったかと思ったその瞬間、不意にカラクは迫り来るその攻撃をわかっていたかのように宙へと飛びあがり、そして本来なら衝突していたであろうアストーの天啓を回避すると同時に、天啓を行使する為にガラ空きになったアストーの横腹へと容赦のない蹴りを入れて見せる。
「ぐ…っ…」
空間を割くように振り抜かれたその蹴りは文字通りアストーの臓器を貫く勢いであり、そのあまりの衝撃に口から溢れ出る大量の鮮血と共にアストーは意識を失い、次の瞬間にはその体は無抵抗のままに彼方へと吹き飛ばされていく。
「っ、アストー!!」
接触した木々はまるで豆腐のように容易にひじゃげ、だがその体は止まる事なく遂には視界に捉えられないほどまでに遠くへと落ち、鳴り響く轟音により停止した事をニアへと知らせる。
そうして1人の、この場において最も脅威であった者を排除したカラクは軽やかに地面へと降り立つと、残された脅威ではないニアへとその目を向け、
ーーこいつ、笑って…
不意にニアにはカラクのその表情が笑っているように見えた。それは数千、数万年ぶりの復活を喜んでいるためか、或いは一方的な戦いを喜ばしく思っているためか。
だがどちらにせよ、その事実をニアが知り得ることはない。何故ならこの時すでにニアの体は宙を待っていたからだった。
「がっ…」
自身ですら気付かぬ間に吹き飛ばされていたその体は、ニアが自身が吹き飛ばされているという事を理解したことによりより鮮明なものになり、そして同時に瞬間的にその全身に巡る耐え難い激痛が、それが殴り飛ばされ事によるものなのだと知らせる。
自然と開いた口からは大量の血が吹き出し、だが幾本もの木々を薙ぎ倒しながらもその勢いは弱まる事を知らない。
ーー勢いを和らげろ…力を入れろ、全身に…!踏みとどまれ…!!
浮いた体はニアへ対抗することすらもを許容せず、だがその全身へと力を込め、浮いたその足を後方へと突き出す事によりかろうじて地面への接触を果たし、そして地面を削りながら数十メートルを吹き飛ばされ続ける事により少しずつその勢いを和らげ続け、数秒後、その体は一本の木にぶつかった事によりようやく停止する。
だが踏みとどまり、自身の意思でその場へと立った時既にその体は冷たい暑さに襲われており、吹き出た鮮血がその口元を、そしてその服の所々を赤黒く染め上げていた。
「はぁ…はぁ…」
無理やりに足を地面へと擦らせていたことでその足には既に先程までの感覚はなく、代わりに絶え間なく訪れる痛みがニアに足がまだついている事を知らせていた。
そうして倒れるように前へと揺らいでいくニアはかろうじて地面へと刀を突き刺した事で倒れる事なく踏みとどまり、代わりに片膝を地面へとつける事で荒れた呼吸を整えようと試みる。
だが全身を訪れる痛みは既にその意識を手放すには容易いものであり、なんとか持ち堪えていたその意識もまた時間と共に現実から離れていってしまう。
ーーダメだ…まだ倒れるな……立て…立って…また…
いくら意識を保とうとその思考を働かせようと、力の尽きたその体は既に体を起こすことすらがままならない状態であり、そうして倒れ込む体は冷たい地面へとぶつかり、
「…?」
だが崩れ落ちたその体は何秒経とうと地面へと衝突することはなく、代わりにその体は何かに支えられる感覚と共に空中にて静止する。
そうしてその状況に疑問を抱いたニアはいつの間にか閉じてしまっていたその瞳を再び開き、そうしてその視界に映ったのは、
「…アンセル…?」
「久しいな。いや、久しいというにはあまりにも最近か」
赤い髪に赤い瞳、そしてその身を包む白い鎧。間違うはずもない、ニアへ慣れた口調で語りかける威厳のある声色はニアにとって多く知り得たものであり、そしてそれらの特徴に該当する人物は1人しかいない。
王都セレスティアの王番守人。いるはずのないその人は、ニアへと小さく笑いかけるのだった。
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