正体
「リベンジ…腕も碌に使えない状態で私と戦えると、本気でそう思っているのですか?」
とある平原の中で、倒壊した建物へと集まった傀儡達を操るリーダーらしき老人…もとい男は「リベンジ」という言葉を発したニアへとその言葉が本当にこの状況で言うべき言葉であっているのかと問いかける。
ニアの辺りには既に数人の意思なき傀儡達が取り囲んでおり、まるで野生の狩りのように時間と共にその足取りは一歩、また一歩と着実にニアの方へと進行してきていた。
だがそんな状況にも関わらず、あるいはそんな窮地だからこそ自身の焦りを悟らせないようにニアはわざとらしく挑発するように笑ってみせると、
「まだハンデが必要か?」
「…いいでしょう。ではこれで終わりとしましょう。あなたにはもはや情けをかけるほどの価値はない、ここで惨めに死を迎えるのがお似合いです」
伝えられたその言葉はニアが想定していたよりも今の男には効果が大きかったらしく、落ち着きを取り戻したかのように見えた男は再び静かに激昂し、そして手を伸ばし傀儡達に命令を下してみせる。
瞬間、命令を受けた傀儡達はその進行速度をさらに加速させ、徐々にニアを取り巻くその輪は小さなものへとなっていく。
ーーどうする?あいつの言う通り今の俺じゃよくても時間稼ぎ…いや、数秒の抵抗がようやくってところ、だがあいつのあの様子…余裕がないのはあいつも同じって事だ、おそらく俺が脱獄するのは完全な想定外…だとすれば、その隙間からこいつの計画を崩すチャンスも必ずあるはず…!
思考するニアは、傀儡達がその歩みを寄せるたびに比例するように焦りからかその思考を加速させ、だが同時に、焦りのばかりに違和感とは思えど思考するには至らなかったその事実にようやく違和感を抱き始める。
それは一見すればただ倒壊したニアの閉じ込められていた地下から最も近い場所にいただけのシンプルな理由なようで、だが今この瞬間まで頑なに老人をリーダーだと思いこませていたにも関わらず突然別のものがその老人になって変わったという事実に、ニアは近くにいたという理由のほかに、何か別の理由があるのだと理解する。そして、
「そういえば、お前のその姿はなんだ?てっきりあの老人が本体かと思ってたが…お前のそれは交代制なのか?それともあの老人は今は動ける状態じゃ…」
「っ…!黙りなさい!」
「なるほどな」
わかりやすい鎌をかけたにも関わらず過剰なまでの反応を返す男に、ニアは自身の仮説が正しいことを確信する。
ニアを助けた青い目の男はつい先ほどまでニアの目の前におり、故にここではない何処かにいる老人と接触することは不可能…だとすれば残された可能性は必然的に一つしかない、
ーーウミ、オーゼン…!
思い浮かべた者達が老人を討ち倒したことで、動けなくなった老人に変わって別の場所にいたこの男を操り今この場へと駆けつけた。
だとすれば必然的に男はニアの他にオーゼン達のいる方場所にも人員を割くことを余儀なくされ、ニアはそんな傀儡達よりも先にオーゼンと合流するべく得た情報により特定したオーゼン達のいる方向へとその足を踏み出す。だが、
「いかせませんよ。彼らと合流…えぇ、とても単調な思考です。だからこそそれは私という障壁が立ち塞がる事によりいとも簡単に成し遂げることはできなくなる」
ニアの考えを読んだのか、あるいは状況からそう予想したのか。そう伝える男は続けて傀儡達へと更なる命令を下し、そして次の瞬間、ニアの身柄を捕えるべく周囲を取り巻いていた傀儡達は波のように襲いかかる。
ニアはそんな傀儡達の頭上へと飛び上がると、飛び上がった自身を捕えるべく目の前から伸びてくるその腕を蹴り伏せ、そしてガラ空きになったその傀儡の肩を踏みつけることで一時的な傀儡達の輪からの離脱を講じて見せる。
だが傀儡達はそんなニアをみすみす逃すわけもなく、ニアが抜け出したことを認識した傀儡達は次々と脱したニアの元へと意思のない瞳で駆け寄って見せる。
するとニアはわざとらしくかけていたその足を止め大きく息を吐くと、その場に何かを狙うかのように傀儡達を待っていた。だが意志のない傀儡達にそんなことを思考できるわけもなく、考えなしに先頭を走っていた傀儡の1人がニアの元へと飛びかかり、
「悪いな」
瞬間、本来であればニアの体へと届いていたその腕はニアの姿が突如にして消失したことで空を切り、だが次の瞬間にはその視界が180度回転し、そして自らの後方から自身と同じくニアを捕えるために接近してくる傀儡達の元へと急加速し、そして衝突する。
衝撃に連鎖するように崩れていく傀儡達の様はどこか爽快に感じるほどであり、だが男はそんな傀儡達へと冷たい目を向け、そして次の瞬間には小さなため息をつくと、
「可哀想に…彼らはなんの罪もない一般人だというのに」
「悪いな、見ず知らずの他人より友人を大切にするタチなもんで「緊急故に致し方なく」ってやつだ」
不器用ながらにかろうじて地面へと着地したニアは小さな息をこぼしながら体勢を立て直し、伝えられた男の言葉にそんな返事を返して見せる。
気が痛まなかった訳ではない。現に1度目の戦いでは見ず知らずの者と言え操られているだけのなんの罪もない市民を傷つける事をその心が許さず、ニアは一度もオーグリィンの民たちを傷つける事をしなかった。
だが同時に、その甘さが原因で1度目は敗北したというのもまた事実。だからこそニアは迫り行く傀儡達がオーゼン達に危害を加える前に合流することを何よりの優先事項とし、その間にある出来事、つまり他者を傷つける事で痛むその胸を一時的に無視する事とした。
だが波のように倒れた傀儡は時間と共にその活動を再開し、何事もなかったかのように立ち上がると再びニアへと向かいその活動を再開する。
ーーどっちが可哀想な事してるんだよ…まぁ、こいつからすればどっちにしろ生贄にする命だからあまり価値はないんだろうが…意識は関係ないってことか
起き上がった傀儡の中には、その意識を失っているのか顔をぐったりと倒したまま体だけを起こし、ニアへと狙いを定め向ってくるものもおれば軽症だったのか大したダメージを喰らっていないかのように再びその活動を再開する傀儡もおり、本人の意識の有無が操られる条件に関係があると思っていたニアはその現状に小さくため息を吐き、そしてこのままじゃ埒があかないことを理解する。
意識がなくなりながらも飛びかかってくる傀儡達を回避しながら、なんとかこの現状を切り抜ける方法はないのかと模索し、だがその全てが”両腕が使えなければどうしようもない”という結論に収束する。だがその時、
「っ…!!」
飛び下がり、背後に聳える木のそばへと着地した瞬間、タイミングを見計らったように木の影に隠れていた傀儡の1人がその姿を現し、そしてニアがその姿を視界に入れると同時にその体へとまとわりついて見せる。
咄嗟にニアは自らの体にまとわりついた傀儡を落とそうと体を激しく揺らすが、その一瞬の気を取られることさえ戦いの中では常に命を奪われる要因となり得る。
「!!」
振り払おうと気をそよにやったその次の瞬間、その視界の中、映る地面に自身の元へと伸びる影が現れたことによりニアはその存在を理解し、そして咄嗟に視線を上へと振り上げたことにより続けて自身の体へとまとわりつこうと飛び掛かる傀儡の姿を視認する。
幸いにも咄嗟に体を逸らしたことで体へまとわりつかれることは避けられたものの、だが不安定な体勢での回避だったためかその体はゆらゆらと揺れ始め、そして次の瞬間には地面へと倒れ込んでしまう。
更に続けて襲いくる傀儡を理解したことにより一刻も早く体を起こそうともがくニアだったが、両手を縛られた状態で仰向けに倒れた事、そしてそんな状態で起き上がる事を阻止する大人1人を振り払うことは容易ではなく、そして瞬きをした次の瞬間、
「…!!」
一瞬にして視界の全てを埋め尽くすほどの傀儡達が現れたことによりニアは悲鳴すらもをあげることなく絶句し、そして次の瞬間にはその全てがニアの上へとなりかかり、そして埋め尽くす。
一度は経験したその圧倒的な質量。
だがそれは何度経験したとて乗り越えられるものではなく、時間と共に乗り掛かる数を増やす傀儡達により脱しようともがくニアの肺に残った空気は再び無理矢理にも押し出され、そして、
「…やはり無駄な足掻きに違いありませんでしたか」
沈黙が辺りを包み勝利を確信したことでそう呟くのは男であり、男は山のように積み重なった傀儡達をその場から退かせ、自身の勝利を確固たるものにするために先ほどまで生きていた人間のその死体を視界に移そうと歩みを進めていく。
その足取りは悠々なようで、初めから自身が負けることなど思考の片隅にも捉えていないかのように軽快であった。そして退いた傀儡達により見えた景色の中には無惨にも息の根の止まったニアが倒れ込んでおり、
「油断か?」
「っ!!」
瞬間、足を運んでいた男の元へそんな声が届いたことにより、男は踏み出したその足を引き下げ、辺りへと警戒を敷く。
聞こえてきたその声は他でもないニアのものであり、だが既に生き絶えているはずのニアの声など聞こえるはずがないと、あり得てしまったあり得ないはずの現実を理解しようとその思考を働かせた次の瞬間、その目に映った光景により男は何が起きたのかを理解する。
「…ふぅ、流石に危なかったな」
そう口にするのは傀儡達の退いたその箇所からのそのそと立ち上がり服についた土埃を払うニアであり、小さく言葉を漏らしたニアは続けて自身を見つめ、驚愕の表情浮かべる男へ気がつくとわざとらしく笑ってみせ、
「理解できないって顔だな。だがまぁ起きたんだから理解するしかない訳だが」
挑発するようにそう伝えるニアだったが、驚愕のあまりか男は今度はその言葉に何も反応を返す事をせず、代わりに自らを見るニアの体にどこか違和感を覚える。
手足は変わらずついており、頭部も当然のごとく付いている。そうして一見すれば当然の光景に過ぎないその景色は男へ耐えることのない違和感を伝え続け、不審に思った男がニアの体を見まわした事でようやく違和感の正体に気づく。
「あなた…どうやって手枷を?」
「なに、お前が俺の上に考えなしに乗っけてくれたおかげだよ。腕まで切れるかと思ってひやひやしたけどな」
問いかけられたニアの腕には先ほどまでその両腕を拘束していたはずの手枷が消失しており、だが命の危機にあった状態で手枷を外すなどという芸当ができるはずがないと、その現実に男はまたしても耐え難い疑問を抱いてしまう。
するとその反応がよほど期待通りだったのかニアはわずかに歓喜の表情を浮かべ、続けてその手に握られている桜月の刀身をわずかに鞘から引き出し、男へと見せてみせる。
そして漏れ出たその輝く刀身を見たことにより男はようやく理解する。
切ったのだ。通常であれば切れるはずのないその枷へ刃を当てた状態でわざと仰向けに倒れ込み、乗り掛かった傀儡達の重さすらもを利用したことで無理矢理と。
だが、であればなおさら理解し難い一つの疑問が浮かんできたことで、男は浮かんできたその疑問を内へと押さえ込むことなくニアへと問いかける。
「何故…では何故お前は死んでいない!?耐えられるはずなどない!あの人数を、お前のような小さきものの体で!」
「あぁ、耐えてないさ。でも一つだけ言うとすれば…そうだな、あの乗り掛かりは確かに厄介だが対策が不可能ってわけじゃない」
「何…!?」
「そんなに知りたいなら教えてやるよ」
男の疑問の通りニアの上に乗り掛かっていた傀儡の数は優に20を超えており、小さなその体で耐えることは愚か生き残ることすら通常であれば叶うことはない。
そうして理解し難い現状に眉を顰める男へ、ニアは仕方がないと小さく息をこぼすと、
「ただ1人意識を失わせた…ただそれだけのことだ。意識がある状態の人間なら乗り掛かったその位置から動く事はないが、もし土台である俺に最も近い者がその体をわずかにでも傾けた意識を失って仕舞えば?1人でも気を失って仕舞えばその者は力無く崩れ落ち、その上に乗っていた奴らも連鎖的に崩れ落ちていく。あとはそいつらが勝手に他のやつも巻き込んでくれるが…あいにく、考えなしに乗り掛からせてたお前の視点からじゃ、そんなことに気づく事もできない訳だ」
「そんな馬鹿げた方法で…!」
男は自身の操る人数が多いが故に、あるいはだからこそ一人一人の動きにその意識を割くことなく、例え雪崩のように崩れる傀儡が居ようとも、その傀儡達すらもを覆い隠すほどの傀儡が乗り掛かったがために男はニアのシンプルな攻略法に決して気づくことはなかった。
そうして説明を終えたニアは手に持った桜月を腰へとかけると、自身の目の前で驚愕の表情を浮かべる男へと目を向ける。
先ほどの男の反応から予想するにニアの一連の行動は全て男の予想から外れた行動であり、理由は不明であるが1度目に戦った時のようにニアの思考を読むことはおろか、その思考をかき乱すような所業も碌にできないようであった。
それが男の天啓に回数の制限があると言うことなのか、はたまた別の更なる要因があるのかはニアにはわからない。だがただ一つ、今のニアにとって男の天啓が不完全なものになったと言う、その確固たる事実さえあればよかった。
そうして計画が完全に破綻したのか、先ほどまでの余裕の笑みを何処にも感じられない表情へと変貌した男はたじろぐように、あるいは逃走のタイミングを図るように一歩、また一歩と歩み寄ったその足を引き下げ、逃すまいとニアも男の方へと足を踏み出した瞬間、
「ニア!」
「にあ!!」
「ウミ…それにオーゼンまで、なんでここに!?」
突如として聞こえてきた予想外の声にニアは踏み出した足を引き下げ、そしてそんな間の抜けた返事しかすることができなかった。
2人の声は足を踏み出したニアの背後の草むらの中から聞こえてき、ニアが男との戦いの最中であること知らないかのように、あるいは知っているからこそあえて男にも聞こえるように声を放ち、その場の驚愕の一切を掻っ攫って行く。
そうして呆然としながらも何故この場にいるのかと当然の疑問を抱くニアへ、オーゼンはわざとらしく指を指すと、
「ここは頼んだ、本体は俺たちが叩く!」
「たたく!」
信頼の証か、オーゼンは冗談めかした声色でそう伝え、草陰から頭だけをのぞかせているウミもまたそんな言葉を真似するように繰り返して見せる。
緊迫した状況を壊すように発されたその言葉にニアは肩の力がわずかに抜けるのを感じながら小さなか笑みを浮かべると、
「あぁ、了解した。こっちは任せろ」
「っ、あの者達を追いなさい!」
その言葉を聞いたオーゼンもまた小さく笑みを返し、そして次の瞬間には草むらの中へと再びその姿を沈めると辺りには再びの静寂が訪れる。
だが次の瞬間にはオーゼンの言葉を聞いた男は戦慄し、自身の警護にあたっていた傀儡達を二手に分けオーゼンの方にも送ろうと命令を下す。だが、
「悪いな、舞踏会はまだ開演途中だ」
「貴様…っ!!」
オーゼンたちを追おうと動き出す傀儡達の前にニアは当然のごとく立ち塞がり、そして男にそんな言葉を伝えて見せる。
舞踏会はまだ開かれたばかりであり、途中退場は許されない。だからこそニアは男を含めた傀儡全員へと目を向けると、
「時間稼ぎ、きっちりやらせてもらう」
信じる友人のために、再びその戦いの中へと身を投じるのだった。
草木により肌にわずかな切り傷を生じさせながらも、オーゼンはその足を止めることなく、代わりに自身の足元を駆けるウミが怪我をしないように心ばかりの手を添えて同じく森の中を駆けていく。
ニアへ本体を叩くと宣言をした直後の現在。数人は後を追ってくることを想定しどう撒こうかと考えていたオーゼンだったが、意外にも後を追うものは1人もおらず、オーゼンはニアが言葉通り足止めをしてくれているという事に内心わずかばかりに感謝を伝えてみせる。
だがニアへと宣言したにも関わらず実のところは未だに本体の足取りさえも掴めていない状態であり、だからこそオーゼンは一刻も早く本体を叩くために思考をさらなる深みへと落としていく。
ーー考えろ、本体だ。老人は倒したが、途端に頭がすげ変わった、それはつまり一見使い捨てに見えるみんなが必要とあれば頭にすることができるという事、ただ数を倒すだけじゃ埒が開かない、考えろ、何かあったはずだ…ここまでの道のりの中で何かヒントが…ヒント…みんな…?
ぶつぶつと呟く度にその思考を加速させて行くオーゼンは、これまでの自身の経験したことの中にわずかなヒントが隠されているはずだとそう考え、覚えている全ての記憶を可能な限り鮮明に思い出しさらにその思考を加速させていく。
そしてその時、オーゼンは男に操られている市民のみんなを頭の中に浮かべ、そしてついに解決の糸口へと繋がる疑問を抱き始める。
ーーなんで俺は操られていない…?
不意に思い浮かんできたその疑問は一瞬にしてオーゼンの頭の中を埋め尽くし、そして他のみんなと違って今こうして思考している自分自身がこの状況を打ち破るためのなんらかのヒントなのではないかと考える。
ーー条件がある?なら何でニアにだけ効果があった?嬢ちゃんが無事な理由は?年齢が幼いと効果を受けないのか?
ニアが何らかの攻撃を受けていたこと、そしてウミがその効果の一切を受けている様子がないこと、その過去の出来事から一つ、また一つと新たな説がオーゼンの頭の中に絶えることなく浮かび、そしてその説の一つが浮かび上がるたびにオーゼンの思考はさらに加速していく。
肌を撫でる風は辺りの草木だけを揺らし、鳴り響く小さな靡く音の元で暗い木々の間でいつの間にかその足を止めてしまっていたオーゼンは思考する。
ーー俺だけ特別…?いや、これだけ人を操り街を無茶苦茶にしたのに俺だけを特別扱いする必要なんて何処にも…
「…こどもいた」
不意に聞こえてきたその声に、オーゼンは加速したその思考を中断し、そして自身の足元に立つウミへと目を向ける。
一見なんの関係もないようなその言葉、だが手がかりのない現状の中ではどんな些細な情報も解決の鍵となる可能性があり、だからこそオーゼンは聞き返す。
「子供?」
「ニアがつかまったとき、ひとりだけこどもがちかくにいた」
「…!!」
その言葉を聞いた瞬間、オーゼンはひどく動揺したように、だが思い浮かんだその可能性がないことを信じるように小さく唾を飲む。
それは今まで考えすらしなかった可能性、だがつい先ほどその一歩手前までは辿り着いていものの、ウミの言葉がなければ決して思いつかなかった。否、そんなわけがないと無意識に排除していた可能性。
「…嬢ちゃん、その子供の見た目は分かるか、服装は?髪型は?」
「ウミよりちょっととしうえそうなおとこのこ、ふくそうは…だぼっとしたの、かみがたは…そう、おばけみたいにながかった!」
「…そうか」
返事をしたオーゼンの顔は暗く、辺りの薄暗さも相まってかその顔色は見えず、だがウミの言葉を聞いたオーゼンは不意に進行方向を変え、先ほどまでとは別の暗い森の中へと歩みを進めていく。
この瞬間、オーゼンは確信していた。何の罪もないオーグリィンの人々を操り、一瞬にして街を地獄へと作り変えた者の正体を。
そうして数分後、暗い森の中を歩いた先でその正体は露わになる。
「…やっぱりな」
「…!!オーゼン…なんでここに」
しばらく歩いた先には小さな小屋が建っており、だがオーゼンは慣れたように扉の側へと寄るとその扉を開き、こぼれ落ちる微風を肌で感じながら中にいる者へと声をかける。
その小屋は木でできた小屋であり、だが素人が建てたのだと一目でわかるような出来栄えと、そして小さく水滴の落ちる音が部屋の中へと小さく響いていた。
そうして声をかけられたその者はその小屋の最も奥に居座っており、オーバーオールを着飾り、ウミの言った通り目を覆い隠すほどの長いボサボサとした髪の少年だった。だがオーゼンが訪れることを予想していなかったのか、その者は薄暗いその部屋の中でもわかるほどに隠し切れない動揺を抱いているようだった。
そうして驚愕を隠し切れないその者へオーゼンは言葉を返すことなく、代わりにその側へと歩みを寄せると、
「ずっと違和感はあったんだ。この街をめちゃくちゃにした人たちの中に成人した男や女、老人はいても、子供の姿が何処にも見えない事に。おそらくみんな家族がおかしくなった事に怖がって何処かに逃げて行ったか、あるいは逃げることができないほどの子供は家の中に縮こもってるかのどっちかなんだろうな。それが普通なんだ、だからおかしいんだよ」
「な、何言ってるの…?ほら、外は危ないよ?早く入って、そこの女の子も一緒でいいから、僕女の子は苦手だけどオーゼンがいるなら…」
静かな空間を裂くように発されたその言葉はオーゼンがこの一件が起こってからウミの言葉を聞くまでにずっとわずかに引っかかっていた点であった。
だが小屋の中に居座るその者はオーゼンの言葉にたじろぎながらも何も知らないような反応を見せ、続けて外は危険だから中へと入ってきたほうがいいと伝える。だが、だからこそその瞬間にオーゼンの確信はより強固なものとなる。
「もういいんだ、下手な芝居はやめてくれ」
「…オーゼン?」
「子供を外で見た…それ自体は不思議なことじゃない。逃げ遅れた子や隠れてた場所にニア達が行ったって可能性があるからな、だけどおかしいんだよ。答えてくれハドル、何でお前は、お前だけがあの場に居たんだ?ここじゃない危険な場所に、何でお前の姿があったんだ?」
「…」
問いかけられたその言葉に、ハドルと呼ばれたその少年は返事をしない。
それはオーゼンの問いかけた質問に対しての何よりの答えであり、だからこそオーゼンは強く拳を握り締め、そして人知れず小さな悲しみに囚われる。
ハドルとオーゼンは友達だった。否、友達と呼ぶにはあまりにも親しい、歳の離れた親友と呼ぶ方が適切な関係の者達だった。




