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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
50/105

ただの決意

「…?」


 目を覚ました時、地面に横たわったニアは同時に自身の腕に慣れない感覚が訪れていることに気がついた。


 不思議に思ったニアは手を動かそうと力を入れるが、返ってくるのはジャラジャラという金属の揺れるような音と、一緒くたになったまま腕を離すことができないという感覚の気持ち悪さだけだった。


「…ここは」


 そうして眉を顰めたニアは、横たわったまま続けて辺りへと目をやり、そこでようやく自身が無機質に塗装された広い部屋の一室である、冷たい鉄の芯の立てられた部屋の中に閉じ込められていることを理解する。


 そうして視界の中に映る自身が閉じ込められている部屋と同じいくつもの鉄の芯が建てられた部屋、そして今もなお自身の両腕をその背で一緒くたにまとめ上げる感覚から、ニアは一つの結論を導き出した。


 幽閉あるいは監禁。つまるところ、今のニアが置かれている状況を表すに最も適した言葉はそれだった。


 辺りに人の気配はなく、静寂と言う名の孤独だけが空間を漂い、そして檻の中に閉じ込められ、逃げることのできないニアの元へとやがて流れ着く。


「目が覚めましたか」


 そう理解が及んだと同時に、その声はニアの耳へと届いてくる。


 その声はニアの知った、オーグリィンと言う広大な街を一瞬にして地獄へと作り変えた張本人、その老人の声。


 圧倒的な戦力差でニアを完封し、意識を失ったニアを操った傀儡たちを使い、この狭い牢獄の中に連れてきたであろう者の声。


ーー桜月は…そんな都合のいいことはないか


 ニアは咄嗟に両腕が自由に動かない状況の中で、自身の愛刀が変わらず腰にかかっているかを確認するべく目をやる。


 だが敵がそんな反撃を許すような悪手を選ぶわけがなく、当然のように抜き取られた桜月はまるで嫌がらせのようにニアから見える1番遠い部屋の隅に置かれていた。


 分かっていた事実ながら、嫌がらせのように置かれることは想定していなかったニアは本人の意思とは無関係にため息がこぼれ落ちてしまい、そして続けてこちらへと向けてその足音を接近させてくる老人へと、


「…ここは何処だ」


「地下ですよ。誰も知ることのない、暗い歴史の紡がれた、ね」


 ニアの問いにそう答える老人は何処か軽快な足取りで姿を現し、そしてニアの閉じ込められている鉄格子の前に立つと、閉じ込められたニアのその格好が無様だと笑うように、小さく気味の悪い笑みを浮かべて見せていた。


 それはただ敵を煽るだけの行為、意味などあるはずもないただの愚行。だがニアはその嘲笑の中にわずかな違和感を覚えてしまう。


 ふと、他の何も気にすることがなくその笑みを目の当たりにしたからか、その笑みが何処か子供びているような、煽ることなど微塵も考えていない、純粋な笑みのように思えてしまったのだ。


 そうしてわずかな違和感を抱くニアに老人もまた気づいたのか、その気味の悪い笑みは時間と共にやがて静まり、そして老人は短く息を吐くと、


「さて、冗談はここまでにして、本題と行きましょう。貴方がここに囚われている理由はご自身で理解していただけていますね?貴方は触れてはならない禁忌に近づいてしまった。そして知ってしまった。この地に眠る存在を」


「…それは、知るだけでも許されない程の存在なのか」


「…ふむ。いつから質問ができる立場になったのか…だがまぁいいでしょう。冥土の土産というものです、答えてあげましょう」


 老人は、ニアが触れてはならないものに触れたがためにこんな事態になってしまったのだと、そう語った。


 だがニアは大した情報は持っておらず、強いていえば”何かがこの下にいる”という、その程度の情報しか持ち合わせていなかった。


 だが老人の言葉と、そして何よりもニア自身が今囚われているこの地下牢獄と言う存在から察するに、その些細な情報だけを持った人間ですら野放しにすることのできない脅威と判断され、そして今のニアと同じくわずかな情報しか持っていなかった過去の誰かもまた、ニアと同じこの地下に囚われてしまっていたのだろう。


 そうして老人は、脱獄どころか反旗を翻すことすら出来ないニアは脅威ではないと判断したのか、問いかけられたその疑問に言葉を返すように口を開くと、


「貴方は、厄災という言葉をご存知ですか?」


「…!!厄災…!」


 予想すらしなかったその言葉にニアは隠しきれない驚愕を露わにし、同時にその全身は隠しからない動揺を覚えてしまう。


 厄災。それはこの世界のありとあらゆる生物の頂点に立つ者の呼び名であり、同時に最も疎まれ、畏怖され、そして嫌悪される最悪の象徴。


 いつかの場所でニアと対峙し、そして圧倒した末に恩師である人を未だ目覚めることのない眠りへと誘った、許すことのできない存在。


 そうして呟かれた言葉に過剰なほどまでに反応を示したニアを見た老人は静かに目を瞑り、


「その様子ではご存知のようですね。話が早くて助かります。ですが、残念ながらここに眠るのは厄災ではありません。近しくも遠い、似ているようで別物の存在」


「どういう…」


「厄災ヨハネ。自身の世界を持ち、そしてその世界のありとあらゆる変数を操作する彼女は、やがて自身の世界に退屈を感じ、外の世界…つまり、この世界へと顕現しました。その際に彼女と共にこの世界へと現れた脅威、もしそれがこの地に眠る者の正体だとすれば?」


「ヨハネ…」


 老人が口にした厄災ヨハネと言う名をニアは知っていた。


 それは極夜へと赴くよりもわずか数日前のエリシアと共に暮らしていた頃の事。


 ふと目をやった先の、開いた扉の中に一室を埋め尽くすほどに揃えられた本の山が目に入ったニアは、ふとどんな本があるのかと疑問に思いながらその小さな書庫の中へと足を踏み入れ、そしてその中でふと目に入った一冊の本を取り出していた。


 それは古びた、だがエリシアが手入れをしているのか埃をかぶることなく時代の流れだけを感じさせる劣化の仕方をした本であり、開いたその本の中にその名前は登場していた。


 『夢の厄災』 開いたページに大きく書き出されていたその文字をニアは覚えており、だが肝心なその力は不明な点が多く、唯一記されていたのはこの現実とは違う、自身の世界を持つと言うことだけだった。


 だが厄災はすでにこの世の何処にもおらず、噂によれば一つは封印され、そしてもう一つは多大な犠牲を払ったのちにこの世からその生を断ち切られたなど、聞けば両手で数えきれないほどの説がその耳に入ってき、その真偽を確かめる術は誰にもなかった。


 だが老人は言った。


 この地に眠る、オーゼンと共に探ろうとしていたそれの正体が、厄災と共にこの地に降り立った怪物であると。


 だからこそニアは人々にその正体を明かすことのできない理由を、明かして仕舞えば危険だと人が寄り付かなくなり、人に溢れたこの地はやがてかつて人に溢れたただの廃村と化してしまうことを恐れたからなのだと予想した。だが、


「…厄災の…、なるほどな。だが、そいつはもう直ぐ目覚める。お前は知らないかもしれないがもう時間は…」


「知っています。だから、街の人々には私の人形となりこの地に命を捧げてもらうことにしたのです」


「…は?」


 不意に呟かれた自身の予想を遥かに超える言葉に、ニアはそんな間の抜けた返事しかすることができなかった。


 その言葉はニアが思考から排除していた可能性そのものであり、このオーグリィンで育った者がそんなことをするわけがないと割り切って考えていたわずかな可能性。


 そして老人が当たり前のようにその可能性を選んだことで思考をわずかに停止させたニアへ、老人はその反応をも予想の範疇だと言うように小さく頷きを返すと、


「封印には対価が必要です。いいえ、物事の全てにはそれ相応の対価が。かつてこの地に眠る怪物を封印した者がどれほどの対価を支払って封印するに至ったのか、それは私にはわかりません。ですが、例えどれほど強大な存在だとしても、この街を埋め尽くすほどの人間の命…数にしておよそ6万ほどですか…ですが、それほどの命を捧げれば、被害を出すことなく再び封じ込めることができると、そうは思いませんか?」


「お前…お前は、自分が何を言ってるのか理解しているのか」


 この街に住む何の罪もない、ただ明日の生活のこと、そして共に暮らす家族のことだけを考えて生きてきた人々を、老人はこのオーグリィンを守るための生贄にすると、当たり前のようにそう口にした。


 そしてこの地獄を作り出した老人がそれを冗談ではなく本気で言っているのだと言うことを、ニアは無意識のうちに理解して、否、させられてしまっていた。


 そんなニアの反応が予想外だったのか、あるいはその反応すらもが予想通りだったのか老人はニアの否定的な意見を遮ることをせず、代わりにニアへとその目を向けると、


「貴方こそわかっていない。いいでしょう。伝えましょう。理解を持って賛同を得られることを期待しましょう」


 突如として何かが吹っ切れたかのように声を高らかに荒げる老人は、理解し難いと眉を顰めるニアへ自身の思考が理解されることを願いつつ、次の瞬間には再びその情緒を落ち着かせると、淡々と説明を語り始めた。


「私の一族は代々貴方のような危険因子を孕む存在を街から遠ざけ、いつか目覚めるそれをすぐさま再びの眠りへとつかせるために準備してきました。これから語る物語も、私の一族に代々受け継がれてきた物語です。それは遠い昔の話、この地には厄災とその眷属のような者が降り立った。その数はたった4体。突如として降り立ったそれに人々は驚きながらも、この地に住んでいた者達は彼女達を敵だと判断し、何の危害も加えていない彼女達の命を暴くべく襲いかかった…だが、次の瞬間にはその全てが消え去った。人々が暮らしていた痕跡も、生きていた人々も、その全てが。私もその歴史を見た時、自身の目を疑いました。そんなことがあり得るのかと、貴方と同じ否定的な意見を持った時期もありました。ですがこの地の何処にもないのです。終末の果て、そう呼ばれる以前の歴史が。そしてそれを持ち得るのはこの時代において私1人。仮説でも虚言でも、その歴史を知った私はこの隠された歴史を偽りだと決め打つことができず、そして決定打となったのはかの少年、オーゼン君でした。彼は不思議で、同時に危険だ。生かしておけばこの地に眠る怪物を不用意に呼び起こしかねない。だから処刑という手荒な手段に出るしかなかった…どうです?納得していただけましたか?」


 語り終わった老人はまるで興奮した自身の心を沈めるように大きく深呼吸をし、そして先ほどまで否定的だったニアが自身の意見に賛同するよう気が変わっていることを願うように、わずかに目を瞑ったのちにその反応を伺うようにニアへと目をやった。


 一見すればただの昔の話、しかもあり得た可能性の方が少ないほど、遠い昔のいつかの話。


 だがニアは厄災の一角と相対し、そしてその圧倒的なまでの力を知ったが故にこの老人が語った物語が本当のことである可能性を、厄災であればそんな作り話でしか聞かないようなことも可能だと言うことを理解してしまっていた。


 そうして数秒。思考を働かせる間にいつの間にか顔を屈ませていたニアは、思考がまとまったことによりその表を上げ、そしてわずかな期待を込めて自身を見つめる老人へと目をやると、


「あぁ、十分理解したよ」


「えぇ、そうでしょう!貴方ならきっと理解してくださると…」


「十分理解した。お前はただの独りよがりでこの街に住む人たちを見殺しにしようとしてる狂人だってな」


「あぁ…残念です」


 賛同の意を口にしたニアへ、瞬間、老人は隠しきれない興奮を余すことなく表情へと露わにし、だが何処か足早に口走るその老人の言葉は、遮るように発されたニアの言葉によりその先を語ることはない。


 そして続けられたニアの言葉により、いつの間にか幼い子供のように輝いていた瞳は再び暗い漆黒の中へと沈み、短い言葉を最後に会話は打ち切られる。


「まだ時間があります。貴方はどうか、次の人生では正しい判断のできる人間に生まれ変われるよう、祈っておくといいでしょう。あぁ、それと、貴方のお友達であるオーゼン君は、ここではない遠くの狭い監獄の中に捕らえさせて頂いています。貴方に見つけられるとは思いませんが…そうですね。探してみてはいかがでしょうか。生きてここから出ることができたなら、の話ですが」


 嫌味を含んだその言葉だけを残し去ってゆく老人に、ニアは何も言葉を返すことはしなかった。


 去ってゆく足音はやがてニアの視界の何処にも捉えられない場所へと移動し、そして扉の開くような音を最後にばたりと聞こえなったこのでその場に静寂だけをもたらす。


「…とは言ったが、どうするか」


 1人になった部屋の中でそう呟いたニアは、念の為と言わんばかりに縛られた腕を動かそうとするが、変わらず鎖に繋がれたその腕はジャラジャラと金属の擦れる音だけを響かせ、その部位を自由に動かすことを許容しない。


 その事実を改めて理解したニアは、自身ではどうしようもないその現状を諦めるように小さくため息をこぼし、そして、


ーーどうか頼んだぞ、ウミ


 そう呟く頭の中には、咄嗟だったとはいえ自身が身の丈に合わないほどの重役を背負わせてしまったただ1人の小さな少女の姿が浮かんでいた。

















 同時刻、ニアが捕えられている牢獄とはまた別の牢獄にて、


「…俺は間違ってたのかな」


 冷たい地面に横たわったオーゼンは、ふとそんな言葉を呟いていた。


 冷たい部屋にこだまする反響音はその冷たい独房の中にオーゼン以外の誰もいないことを伝え、その事実にオーゼンの瞳は影を得る。


 だが、感情のない傀儡に自身がこれから処刑されると言うことを告げられても、特に恐怖は感じなかった。


 実感がないからか、あるいはそうなっても仕方がないことに首を突っ込んだのだと、そう自身で理解していたからか。


 実際にその時にならなければ人は危機を感じないと言うことをオーゼンは知っていた。だが実際に自身がこれから死ぬのだと知った時、自然とオーゼンは理解する。


 死が迫る時、人はこれから死ぬと言うことの恐怖よりも先に自身がそこに至る原因となった出来事が間違っていたのではないかと、たとえ誰かのためにしていたことだとしてもそれは自身が命をかけるほどの事ではなかったのではないかと、そんな他責の言葉が無意識のうちに頭の中に湧いて出てくるのだ。


 砕いて言ってしまえば、後悔の念。


 音なんて無視しておけばよかったのではないか。想像よりも本の量が多かったからと、書館になど籠らず幾冊かを家に持ち帰って読めばよかったのではないか。と、いくら考えたところで成ってしまったその現実を嘲笑うかのように、冷たい思考は冷えたオーゼンの体をさらに凍えさせていく。


 だが、いくら考えたところで現実に変化があるわけもなく、人の気配のない牢獄の中でオーゼンは諦めたように瞳を閉じると、まもなく実行されるであろう処刑の時間を待ち、


「…いた」


「…?」


 聞き間違いかと思うほど微かに、その声は耳を掠めた。


 だがそれは声だけが伝わり、肝心の姿が何処にも見えないことでオーゼンはその声が幻聴であると理解する。


 変わらずオーゼンの閉じ込められている牢獄の周囲に人の気配はなく、死ぬまでの孤独な時間をせめて少しでも紛らわせるようにと、静寂を苦痛と理解したその脳がなんてことのない音を人の声と錯覚したのだろうと。だが、


「…おーぜん、いきてる?」


「…!!」


 今度は先ほどより鮮明に聞こえてきた声に、オーゼンはそれが幻聴でないことを確信し、同時に人の気配のない空間にその声が聞こえてきたことで驚きを通り越し困惑にも近い感情を抱いていた。


 そうして困惑し、どう反応を返せばいいのかわからないオーゼンは、そんな場合ではないと分かっていながらも頭に浮かぶ「?」をないものとすることはできなかった。


「えっと…嬢ちゃんか?」


「よかった、おーぜんいきてる」


「そんな簡単に死ぬほどやわじゃないんだけど…、ちょっと待っててくれ」


 その声の主がウミであることを確信したオーゼンは念の為と聞き返すが、当然のように続けられたその言葉に困惑しながらも苦笑いを余儀なくされる。


 そして何気なく会話するオーゼンは、思い出したように念の為と閉じ込められているその部屋から見える範囲に傀儡があるかを確認し、そうして辺りの何処にもいないことを改めて確認すると小さく安堵の息をこぼすと、


「それで、嬢ちゃんはなんでここに?てか何処にいるんだ?」


「…うしろ、うえ」


「は?うぉぉ、!!…っ!!」


「…おーぜんびびり?」


「俺からみたら生首が生えてるようにしか見えないんだから驚くのが妥当だと思うんだけど…」


 未だに声だけが聞こえるその現状に遅いながら不思議に思ったオーゼンは、ウミに何処にいるのかと問いかける。


 そうして返された言葉通りに自身の背後を振り向くと、視界の中に白い何かが垂れ下がっていることに気がついた。


 そうしてそれを追うように視界を上へと持ち上げた時、オーゼンの視界の中には遂にウミの姿が映り、だが宙を逆さに顔を出したウミはオーゼンから見れば生首が垂れ下がっているようにしか見えず、思わず声を漏らしてしまったオーゼンは途端に口を抑え、そしてまたしても困惑を隠せないままウミへと問いかける。


「…それで、なんでここにいるんだ?ニアは無事か?」


「…つかまった」


 短い空白の後に告げられたその言葉に、オーゼンは目を見開き、そして次の瞬間には握りしめたその手のひらを小さく震わせ始める。


 それは決して歓喜の情のためではない。むしろその逆の、自身が持ちかけたその一件で自身だけではなく、つい先日に自身が依頼をしてしまったがためにこの一件に巻き込まれてしまった少年も、同じような被害に遭ってしまったのだと知り、そして後悔してしまったからだ。


 初めから依頼さえしなければ、この一件に巻き込まれたのは自分1人で済んだのに、と。そうであれば、ニアはただの1人の旅人にすぎなかったのに、と。


「…そうか、すまないな。俺のせいで」


 悔やむように力なく呟かれたその謝罪の言葉に、ウミは何も返事を返すことはしなかった。


 それはただ返事をしなかっただけなのか、或いはウミもまたオーゼンのせいでニアが被害に遭ったのだと、事の責任はオーゼンにあると考えたからか。


 わずか10秒にも満たない静寂はオーゼンにとって100にも近しい静寂となり、起きてしまった現実が自身のせいなのだと、先ほどよりも勢いのついたその言葉がまたしてもオーゼンな脳を支配する。


「まかされた」


「…?」


 静寂を破るように小さくその呟かれた言葉は、先ほどまで何の反応も示さなかったウミから発されたものだった。


 何の脈絡もないその言葉を不思議に思ったオーゼンはウミの姿のあった方へと目を向けるが、そこには既にウミの姿はなく、代わりにウミほどの小さな者であれば抜けられるかもと思えるほどの小さな吹き抜けた穴から、その声は聞こえてきていた。


 それはおそらく、劣化により生まれた隙間。


 ニアの捕らえられた牢獄と同じく、古くから誰にも知られることなく使われてきたがために、小さな亀裂が肥大化した結果に生まれた小さな抜け道。


「にあに、おーぜんのことまかされた」


「ニアに…?」


 その言葉を聞いた瞬間、オーゼンは胸の奥が熱くなる感覚に襲われた。


 それは厄介ごとに巻き込んだ自分をきっとニアは見限り、そして恨んでいるだろうと決め合っていたためか、或いはいつの間にか諦めていたその心に、再び生きようとする僅かな意志が生まれたためか。


 だが、ニアはオーゼンを恨むことなく、代わりに何処に囚われているかもわからない厄介ごとを持ち込んだ張本人であるオーゼンを助けるためにウミを送り出し、そしてウミもまたこんな危険なリスクを冒してまでオーゼンのいる場まで辿り着き、


「そう、だからたすける。おーぜんたすけて、にあもたすける」


 独り言のように言葉を紡ぐその声は何処か決意に満ちているような、あとはただ進むだけだと、そうオーゼンに訴えかけているように感じられた。


 だからこそ、オーゼンはいつの間にか止まってしまっていたその歩みを再び動かすように、命の危機に瀕してまで自身を助けるという選択を取った者たちに、それ相応の敬意を払うように、


「…そうだな、あぁそうだ。手を貸してくれ、嬢ちゃん」


「がってん」


 その言葉の中にもはや独りよがりに死を受け入れていたオーゼンの姿はなく、ただそこには命をかけた者たちに、こちらもまた命をかけて恩を返すという意思だけがあった。


 そうして小さな気力と共に呟かれたその場にウミもまた当然と言わんばかりに返事をし、


「助けに行こう、ニアを」


 囚われの少年は、小さな言葉の元に行動を開始するのであった。

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