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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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依頼と違和感

「にあ、よかったの?あのひと、すごいこまってた」


 申し訳なさを感じつつもその足を止めないニアへ、変わらず背中に乗るウミは段々と遠ざかっていく少年を見つめながらそんな言葉を口にする。


 そうして逃げるように歩いていると、ニア達はいつの間にか森を抜けて街の景色が見える地点へと戻ってきていた。


「わかってる。でも俺は自分の実力を把握しているつもりだ。だからこそわかる、もしあいつの言ってたことが本当だとしても、俺に出来ることはない」


「そっかぁ…でね、にあ」


「どうした?」


 変わらない人混みが視界を埋め尽くす中で、ウミは意味深にニアを呼び止め、続けて目の前を指さすと、


「さっきからあのおじさんたち、こっちをじーっとみてるの」


「…?どれだ?」


 瞬間、ウミの指に釣られるようにニアの目線はその先へと移り変わっていく。

 だがいくら位置を特定しようとしても、目の前の人混みが絶えずそれを阻み、ニアもまた溢れかえる人混みの中で個人を見つけることに難儀する。

 

 そうしていくら探そうとも見つからない”おじさんたち“に眉を顰めていると、ウミはついに痺れを切らしたように口を開き、


「あのひと!あの、おっきいばしょのうえにたってるひと」


 その言葉にニアはようやくウミの指す人物が自分たちと同じ平面ではなく、高所に立っていると言うことに気づく。

 街の中央には街へと訪れた際にも一際目立っていたピラミッドのようなものが立っており、ニアは迷うことなくその目線を頂上へと持ち上げていく。


 そうして、遂にニアはその者達の姿をその視界に収める。


「あれは…」

 

 ウミの言う通り、中央に立つ建造物の頂点には4人の老人が立っており、その目線は間違えようがないほどにニア達を射抜いていた。


 老人達との距離が離れていたためにその表情の詳細までは確認できなかった。

 だが、遠目でもわかるほどにその老人は君の悪い笑みを浮かべていた。

 それはまるでつい先ほど少年が口にしていた表情そのものであり——、


「っ…」


 瞬間、ニアはウミを地面へと降ろし、その手を握る。

 そして踏み出した足の方向を反転させると、やがて来た道を遡っていく。

 その行先は少年と話した地点であり、間も無くして暗い森の先に少年の姿を捉える。


 少年は先ほどニアと話をした地点から動くことなく、代わりに諦めたように地面へと伏せていた。

 だが、自らの元へと向かってくる足音を聞いたことにより咄嗟に顔を上げ、その視界に歩み寄ってくるニアの姿を捉える。


 瞬間、少年の目はかすかに光を取り戻し始める。

 それは恐らくニアの気が変わったことを期待しての輝きであったのだろう。

 

 だが、対するニアはそうではなかった。


 少年の元へと辿り着くと同時に、躊躇うことなくその胸ぐらを掴み上げると、


「お前の仕業か」


「な、なんのこと…まってくれ!なんのことかくらい教えてくれ!」


「お前の話は本当みたいだな。こちらを笑いながら見つめる老人がいた。おそらくさっきの会話がバレている」


「そんな…」


「とぼけるな。お前が何かしたんだろ。天啓ってやつか?随分便利なもんだな」


 突然の行動に戸惑いを隠せない少年。

 だがニアはそんな少年の言葉を無視するように言葉を続け、次第に少年の表情は暗いものへと変わっていく。


 この世界へ来てからの日々の中で、ニアは様々な天啓を見てきた。

 その中にも当然の如く情報を他者へと共有する旨の力も存在しており、状況を鑑みたニアは少年がこの力を使い、なんらかの方法で先ほどの老人達へ情報を与えたと考えたのだ。

 

「待ってくれ!俺は本当に何もしてないんだ!」


「そうか」


「なんで…あんたもかよ!」


 少年の言葉にすら碌に耳を貸さず、一方的な疑いを押し付けるニア。

 だが次の瞬間、遂に少年は自らを掴み上げるニアのその腕を掴むと、強引に引き剥がすと同時に地面へと突き飛ばして見せる。

 

 その表情には薄い涙が滲んでおり、何処か怒りのようなものも混じっているようだった。


 そうして突き飛ばされるニアは、やがてその足を踏ん張るまでもなく体勢を立て直そうとする。

 ——だが、






———なんだ…?






 引き剥がされたニアの体はそんな意思に反するように次の瞬間にはその脳内ごと揺らし、受け身すら取らせないままに地面へと倒れ込んでしまう。


 その突然の事態に、ニアは何が起きたのか即座に理解することが出来なかった。

 ただその脳が理解したのは何気なく踏ん張ったはずなのに傾き始めた視界と、それと同時に訪れた———、


「これは…」


 倒れ込んだ体を起こそうと、ニアは地面へと腕をつき力を込める。


 だがその瞬間、その身に途方もないほどの吐き気と気持ち悪さが往来し、ニアは小さな声と共に口元を押さえ込むことを余儀なくされる。

 

 そして同時に理解する。


 その気持ち悪さがたった今訪れたばかりのものではなく、老人達の存在を捉えたその瞬間から、ニア自身ですら意識しないうちに襲われ続けていたことを。

 ———そして自身が、何者かの手によって攻撃を受けていたということを。


「大丈夫か?ごめん、そんなに強く振り払ったつもりはなかったんだけど…」


 倒れ込んだまま起き上がれないニアをみた少年は、つい先ほどの出来事のことなど後回しと言わんばかりにその手を差し伸べてみせる。

 そうして差し伸べられたその手を捉えた瞬間、ニアは先ほどの少年の頼みを聞いているその時も、自然と少年に対して否定的な思考を持つように、あるいはそう傾くように仕向けられていたことを理解する。


 



いつからだ?さっき話した時は何ともなかったはず…

いや、もしかするとその時からずっと…?

もしそうだとすれば一体誰が…?





 それが何者によって、どうやって為されたことなのか。

 ニアは起き上がることすら忘れてその思考を回転させるが、その答えはいつまで経とうとも脳内には訪れない。


 何故ならこのオーグリィンと呼ばれる街へと足を踏み入れてから、ニアがすれ違った人の数は優に1000を超えていた。

 そして何より先ほどまでその予兆すら感じなかった力の主を突き止めることなど不可能に近しいことだったからだ。


 先ほどの老人達ですらあくまで最も有力な可能性の一つに過ぎず、だがその時、ニアの思考を断ち切るように少年は再び口を開くと、


「…大丈夫か?」


 その言葉にニアはハッとした表情を浮かべ、ようやく少年が自らへ手を差し伸べているということを理解する。


 そうして差し伸べられた少年の手を掴むと同時に少年は掴まれた手を引き、ニアを立ち上がらせる。

 

「…あぁ、大丈夫だ。それと、疑ってしまってすまなかった」


「どうしたんだよ、なんか変だぞ?それに、みんなあの反応をするからな、もしかしたらって勝手に期待したのはこっちだし、いいよ。…まぁ、悲しくはあったけど」


 先ほどの粗相に対し頭を下げるニアへ、少年は先ほどと同じく優しい対応をしてみせる。

 だがその表情には急に態度を変えたニアに対したわずかな驚きが浮かんでいた。


 そうして頭を上げたニアへ、少年は改めて「それで」と真面目な表情を浮かべると、


「やっぱりダメか?もし嫌だってんなら俺も諦める。頼むのもこれで最後にする」


 少年の言葉を聞いたニアは、つい先ほどの出来事を思い返していた。

 もしニアの考え通り、何者かによって少年の頼みに対し否定的な意思を持つように仕向けられていたのなら、それは少年の言っていることが事実であると言う確証に他ならない。


 そして同時に、もし少年の言った「誰も信じてくれない」ということが、先ほどのニアと同じ状態に陥っているからなのだとすれば、その魔の手は既にこの街の全住人に伸びている可能性が高い。

 それは即ち、この街の住人にも伝えられない情報をこの少年が握っていると言うことに他ならず——、


 時間と共にその表情に諦めが浮かぶ少年へ、ニアが返す言葉は決まっていた。

 或いはそれは、何もなかった運命では最初から迷う事なく返したであろう言葉。


 目の前のこの少年はきっと、何者も信じられない状態の中でただ1人、禁忌にも近い脅威に立ち向かおうとしていたのだろう。

 だとすれば、ニアにもまた迷う理由はない。


 そうしてニアはふと小さい笑みを浮かべると、


「”何者かの攻撃を受けた“。…なら、ちゃんと礼を返さないとな」


「…それって…」


「さっきの返事は無しだ。俺も、微力ながら協力させてくれ」


「本当か!?ありがとう!」


 瞬間、曇り始めていた少年の表情は明るく染まり、やがてその歓喜を隠すことなく手のひらをぐっと握りしめる。


 絶えず訪れる不安に、今日という瞬間までどれほどの苦悩を抱え込んでいたのかなど、少年以外には知り得る事はない。

 そしてようやく現れた信じてくれる者に対しての喜びの気持ちもまた、ニアにはわからない。


 だが、躊躇うことなく歓喜を露わにした少年は次の瞬間には堪えきれないようにニアの元へとその一歩を踏み出し、そして手を差し出すと、


「俺の名前はオーゼン。オーゼン・バンクライシオ。好きに呼んでくれて構わないぜ、改めてよろしくな!ニア!」


「…何で名前を知ってるんだ?」


「…?そこの嬢ちゃんがそう呼んでたからてっきりそうなのかと思ったけど、違ったか?」


「あぁ、なるほど…いや、違わない。俺の名前はニア。よろしくな、オーゼン」


 名乗った覚えのない名前を知っている事をわずかに不思議に思ったニアだったが、ウミが呼んでいたからという理由を聞いて納得せざるを得なかった。


 そして差し出された手を握り返しながら、ニアもまた軽い自己紹介を終えるのだった。

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