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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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少年は云う

 この世界では主に賃金などは“ガーネ”と呼ばれる革袋のようなものに詰められる。

 それはいつかの服屋のように外見が小さく見えようともその実中身はたくさん入るという優れものであり、ニアのお気に入りの日常用品でもあった。


 そしてニア達がこの街に足を踏み入れた時、ガーネの中にはまだたんまりと金銭が貯まっており、ニアはその金銭にわずかな余裕を持っていた。


「まいど!」


 だが今、店主の元気な声と相反するように、ニアは目を点にして懐を見つめていた。


 その発端は数十分前にウミが口にした、“欲しいもの”であった。

 子供ながらにウミが欲しいものとして要望の出したそれを、ニアは「全てはないだろうが、せっかく街についたのだからあるだけ買ってやろう」と意気込み、その足を向かわせていた。

 だがそれが間違いだった。


 少年に連れられるまま訪れた店には、ウミが欲しいものとして要望していたものと一致するものが幾らかと、その他にも子供に人気らしい玩具が数多く揃えられていた。

 結果、七個だけと約束していた玩具は瞬く間にその約束の量を超過し、ニアの手には底の見えるほどまでに内容量の減ったガーネと、数多の玩具が抱え込まれていた。


 だが当の本人であるウミはそんなニアの気など知らないかのように満足げにその裾を掴むと、


「にあみて!」


「…はい」


 わずか一日にして子供の世話の大変さを知ったニアへ、少年はわずかに同情の意を含んだ失笑を浮かべてみせる。


 そうして更に数分の闊歩を経て、買い物が終わった頃、


「…なるほどね、今は旅の途中か。ここは広いから間違った場所から外に出ると通常の倍以上時間がかかるからな、出口の場所なら教えてあげられるが」


「助かる」


 ニアの言葉を聞いた少年はわずかに残念そうな反応をしながら、だが見せられたニアの書写しの地図を見ながら、躊躇うことなく現在地の確認を始める。


「えーっと…これがここで…目的地がこれか、このまま行っても出口はないし…、じゃあ、こっちだな」


 少年は地図を持ちながら今の方向を確認するようにぐるりと一周回転すると、何か目印になるものがあったのか、慣れたように方向の確認を終える。

 だが、少年の向いた先には先が見えないほどの人混みが待ち構えていた。


 その様子にニアでなくとも一度飲み込まれて仕舞えば容易に脱することができないことが窺え、ニアはわずかに躊躇いの意思を見せる。


「あー…なるほど、こっちか。ありがとう」


「送ろうか?ここに初めてきた人は大体が人混みに酔うか、単純に方向を間違ってしばらくの間出れなくなるんだ」


「いいのか?」


「おうよ、任せてくれ」


 少年は慣れたようにニアの案内役を買って出、ぐっと親指を立てると同時に人混みから外れた人気の少ない森の中へと足を踏み入れていく。


 おそらくは裏道とでも言うべき、少年のような案内に慣れた者しかしらない道なのだろう。

 躊躇うことなく先へと進んでいく少年に置いていかれないようにニア達もまた森の中へと足を踏み入れ、だがその時、


「ねえにあ」


 当然のようにニアの背中に背負われているウミは、思い出したようにニアへと声をかける。


「どうした?」


「かうっていってたの、かってくれないの?」


「…?…あ」


 瞬間、ニアはウミの言おうとしていることが何なのかを理解し、同時にハッとしたような表情を浮かべる。

 

 何処かへと出たら買うと約束していた衣類は未だニア達の手の中になく、だが決して意図して忘れていたわけではなかった。


 ニアの脳裏には街へとつく寸前までは確かに衣類のことが刻まれていた。

 だが森を抜けた先の景色に圧巻してしまったその瞬間にニアの思考は落ち着きのない人混みについてのことに染められ、それ故にこの瞬間まで忘れてしまっていた。


 そうしてウミの不安そうな表情に気付いたニアは咄嗟に先を歩く少年へとその目を向けると、


「すまない、ちょっと待ってくれ…!」


「…」


 だがいくら声をかけようと、少年は何も聞こえていないかのように先へと進んでいく。

 その様子にニアは何処か違和感を感じながらも、止まる様子のない少年に続くように仕方なく後を追っていく。


 少年は歩みを止めることなく、やがて暗い森の中へと足を踏み入れ、ニア達も続いて森の中へと足を踏み入れていく。

 

 辺りが静かな暗さに包まれる場所へと辿り着いた時、止まるそぶりを見せなかった少年はついにその動きを止め、そしてゆっくりとニア達の方へと振り返ると、


「…あのさ、出会ったばっかでこんな事言うのもおかしいんだけど、ひとつ頼みたいことがあるんだ」


 微かに俯きながら放たれたその声色は、先ほどまでの明るげな声色ではなく、どこか不安げな、至極真剣なそれだった。

 それはこれから口にすることを信じてもらえないと半ば諦めているかのような、あるいは既に経験したからこその躊躇いだった。

 

 だが、それでも諦められないからこそ少年はニアへとその目を向けていた。


 それは最後の頼みの綱であり、ニアもまたその不安げな表情が偽物ではないことを直感的に理解する。


「わかった。ここまで連れてきたって事は、聞かれちゃまずいことか?」


「そう…だな。人に聞かれたくない事なんだ。無視して連れてきてごめん」


 落ち着きのない瞳は会話の最中も辺りをくまなく見回しており、少年の語ろうとしていることの深刻さがそれほどなのかと、ニアもがまた時間と共に理解を改めていく。


「いや、大丈夫だ。それで、頼みたいことってなんだ?」


「あんたは相当の実力があると踏んだ。だからこその頼みだ」


 瞬間、少年は不安に揺れる手を握りしめ、覚悟を決めたように微かに俯かせていた顔をニアへと向ける。


 そして思い口を開き、少年はその言葉を口にする。


「この街を救ってくれないか」


 その表情に冗談めく感情は一つとして存在せず、少年はただ、ニアの目を真剣に見つめ続けていた。

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