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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
夢と旅路
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生き延び、葛藤

 白い部屋の中で、ニアとアンセルは会話をしていた。


 エリシアへと違いの言葉を放った後の現在、アンセルの手を借りてベッドへと戻ってきたニアは、そのままアンセルへ極夜で自らが体験したことの、知りうる限りの情報を伝えていた。


「…パニブリカにアルクヘラン…か。にわかには信じられないが、君のその体が何よりの真実だと伝えている。よく生きて帰ってきてくれた」


「正直、まだ夢の中なんじゃないかってたまに思うんだ」


「あぁ、無理もない。存分に休むといい。アルクヘランという者についてもこちらで調査しよう」


「ありがとう」


「気にするな」


 一通りの話を聞いたアンセルは、始めはニアの言葉に怪訝な顔をしていた。

 だが時間と共にその言葉とニアとエリシアの怪我の具合からそれが真実であることを理解したのか、全てを語り合える頃には聞き入るようにその耳を向けていた。


 そうして短い言葉を終えたアンセルは重い腰を起こすようにゆっくりとその場から立ち上がると、


「では早速だが、私は今聞いた話を報告しに行ってくる。信じてくれるかは五分五分だが、少なくとも私は君を信じている。それじゃあまた来るが、安静にな」


 アンセルの瞳に嘘をついているそぶりが微かにもなかったことが、ニアにとっては何よりも嬉しかった。

 それほどまで信頼を積み重ねた記憶もないものの、それも前回アンセルが意味深に放っていたアンセルだけに見える何かが関係するのだろうかと、ニアは密かに納得する。


 そうしてニアの言葉を記した手紙を見ながら扉の元へと歩いて行ったアンセルはやがて別れの言葉と共にその扉を閉め、去って行く足音だけをニアへと伝える。






極夜のあの光景。あれはエリシアが成した事なのか…?だとすればそれは私に見えていた情報とは相違する…どうなっている…、?いや、私情は後だ。どちらにせよ、まずは先ほどのことを伝えなければ






 病室を後にしたアンセルは、人知れず尽きることのない疑問をその脳内に渦巻かせていた。

 それはニアをナースゴートへと送り届けた直後の、緊急として招集された王番守人の者達を引き連れて極夜へと足を踏み入れた時のこと。


 踏み入った直後に見えたその景色に、王番守人の者達は声を発することすら忘れて息を呑んでしまっていた。

 そうしてアンセルもまた、その光景に思わず目を見開いてしまっていた。

 

 足を踏み入れたアンセル達が見たもの、それは———、

 

「…極夜には白い空が存在していた…か。…やれやれ、王番守人の総括になんてなるんじゃなかったかな」


 黒い空に迸った一筋の跡は果てがないと思えるほどに極夜の空を切り裂き、その中心に躊躇いないほどの白い空を露見させていた。

 切り開かれた空からは微かな光が差し込み、白い光は燃える地面を照らし上げていた。













 アンセルの足音が聞こえなくなった頃、ニアは1人きりになった病室の中で小さく声を漏らす。


「…クソッ…」


 吐き捨てられたその言葉は何よりも、無力だった自分自身へと向けられた言葉だった。


 ニアはつい先ほど、長い眠りへとついた少女へ誓いの言葉を口にした。

 だが、ニアが自身を悔いる気持ちがそれだけで消えるわけではなかった。


 アンセルがいた時とは違い、1人きりの部屋は孤独をニアへと知らしめ、その脳内に絶え間ないほどの後悔を溢れさせる。


 その気持ちを少しでも紛らわせるために、深いため息をついたニアは何か他のことをしようと辺りへとその目を向ける。

 だが怪我はその行動すらもを拒むように瞬間、その身に激痛をもたらし、ニアは小さな悲鳴と共に再び力なくベッドへと体を預けていく。


「…寝よう」


 現実から逃げるように目を瞑り、ニアは明るく陽の差し込む世界から暗い夢に沈む準備をする。

 

———そうして数日が過ぎた。

 

 自責の念は目覚めてから眠りにつくその時まで耐えずニアの脳内を埋め尽くし、ニアの精神は限界と呼べるほどまでに削られ続けていた。


 ベッドの上での生活はひどく退屈な物であった。


 鍛錬に勤しもうともその体は動かせる状態とは程遠く、深いため息と共に体が回復するその時を待ち侘びるだけの毎日だった。

 だが、そんな毎日の中にもわずかな変化が生まれていた。


「元気か?」


「仕事はもう平気なのか?」


「そういう訳ではないんだがな。なに、私個人の身勝手だと思ってくれ」


 かつてはニアへ一連の出来事のさらなる詳細を尋ねにやってきていたアンセルだったが、最近ではそれもひと段落したのか、一個人としてニアへ見舞いに来るようになっていた。


 そうしていつも通りの声色で角から顔を覗かせるアンセルは、次の瞬間には部屋の中へと足を踏み入れると慣れたようにニアの側へと歩みを寄せる。

 そうしてニアの元へと辿り着いた時、手に持ったそれをニアの前へと差し出してみせる。


「これは?」


「見舞いだ、気が向いたら食べてくれ。手は使えるか?」


「いや、まだなんとも。それより、丁度空腹なんだ。よければ一緒に食べないか?」


「あぁ、よろこんで」


 ニアの言葉にどこか安心したように笑うアンセルは、次の瞬間にはどこからか取り出したナイフで器用にも食べやすいサイズに切ってみせる。


 ここ数日、頻繁に訪れるようになったアンセル。


 それがニアの精神面を心配してのことかはニアにはわからなかった。

 だが『話せる相手がいる』という、ただそれだけでニアの心は少しではないほどに救われていた。


 そうしてさらに幾数の月日が過ぎた。


 少し動かすだけでも激痛を伴った体は、万全といかずとも日常の範囲内で動かすことに対して痛みを伴わないほどまでに回復を果たしていた。

 そして、


「…よし」


 やがて訪れた退院の日、自らの手を何度も握っては開き、ニアは自らの体が回復したことを確かめるように小さな言葉を呟く。


 丁寧に畳まれた服はニアが横たわっていたベッドのすぐ横に備えられており、ニアはゆっくりとベッドから立ち上がるとその服へと着替えていく。

 エリシアと共に買った服は極夜にて多くの傷を負い、濃く染み付いた赤い血のせいで着られなくなっていた。

 

 だが流石に思い出の品だろうとアンセルが気を利かせてくれ、ニアが退院する頃には同一の品を用意してくれていた。


 エリシアとの思い出の品を手放すことに、何も思わなかったわけではなかった。

 ただ、いつかエリシアが目覚めた時、感動の再会が不恰好では格好がつかないと思ったのだ。


 畳まれた服の隣に置かれていた桜月は心なしか何処か埃をかぶっているように見えた。

 ニアはしばらくの間触れることすらしなかった桜月へ申し訳なさを抱きながら、わずかにかぶった埃を払い落とし、そうして腰へとかけてみせる。


 地面へとついた足はじんわりと広がる冷たさをその足裏へ伝え、靴を履くことによってその冷たさを遮断される。

 だが目が覚めてからの日々の中で横たわることがほとんどだったからか、何気なく踏み出した一歩は思うように動かず、その体は何処か不器用さを纏っていた。


 そうして不器用さに慣れるように、ゆっくりと出口まで辿り着くと、そこには見慣れた顔の老人が立っていた。

 そうして再び歩けるようにまで回復したニアへ、老人は優しい笑みを浮かべると、


「気をつけて行ってくるんだよ」


「はい、本当にありがとうございました」


 老人の言葉にニアは深々と礼を返し、やがて背を向けていく。


 そうしてニアと老人が互いの姿を視認できなくなった頃、老人は深いため息をついた。

 その表情には、何処か心配が浮かんでいた。

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