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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
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アナタは神に

 瀕死の重傷を受けたにも関わらず、何事のないかのように立ち上がる少年にアルクヘランは疑問の声を漏らしていた。


 生き物である以上あり得ないはずのその光景にアルクヘランは酷く動揺し、自らがしくじったのかと疑問を巡らせる。

 だが、その疑問はやがてある結論へと辿り着いたことにより完結する。


 そうしてアルクヘランはその可能性を試すように、ゆっくりと『ニア』へと口を開くと、


『…アナタは一体?』


 アルクヘランの辿り着いた結論。

 それは即ち、外見だけが一致した別人であること。


 ここにいるニアは確かにニアであり、だがその実中身は別の何かにすり替わっているのだと。


「…」


 アルクヘランの問いに、『ニア』が返事をすることはなかった。


 だが、表情が一切崩れていないとはいえ体の異常は共有しているのか、立ち上がった『ニア』の体はやがてフラフラと地面を崩れ落ちかけ、だが寸前にて持ち堪える。


 そうして何処か意味深に力の入らない足へと目を向けた『ニア』は、やがてその視線をアルクヘランへと向ける。

 そうして大きく息を吸った次の瞬間、


「…アルクヘラン、認識した物体生物全てを数、距離問わず永遠の世界へ閉じ込める力」


『…どうしてそれを』


 短く告げられた言葉に、アルクヘランは動揺を隠すことができなかった。


 アルクヘランと対した者はみな戦いにすらならず蹂躙され、故に世界の何処にもその名前以外の情報は記されていなかった。

 だが、『ニア』は当たり前のようにそんなアルクヘランの力の詳細を言い当て、同時に深く息を吐いていた。


 「どうして知っているのか」。瞬間的に脳内にはそんな疑問が巡り、だがその答えは図らずとも続けられた『ニア』の言葉により解決される。


「まさかお前にまで忘れられてるとは、流石にちょっと悲しくなるな」


『その口調…その物言い…、貴方はまさか…!』


 何処か物悲しそうにそう告げる『ニア』の言葉に、アルクヘランは信じられないものを見たかのようにわずかに言葉を詰まらせる。


 そうしてアルクヘランは理解する。


 今この瞬間、『ニア』の体を使い、自らの目の前に立ち塞がる者が誰なのかを。


 そうして同時に、その脳内には遠い過去の記憶が蘇る。


 それは失われた英雄。名もなき者。

 ———アルクヘランにとって、忘れることのできない存在。


 数百、数千、あるいは数万年前にも及ぶ遠い過去の、数ある強者を差し置き、唯一アルクヘランへと届き得た“到達者”。

 

 そうしてそれは今再びアルクヘランの前へと偽りの姿で現れ、『ニア』もまたアルクヘランが自身のことを思い出したことを理解したからか、

 

「懐かしいな、桜月(おうげつ)…さて、それじゃあ久しぶりに暴れてみますか」


 友人の名を呼ぶように、『ニア』は自らの腰にかかった桜月へと手を添えると、次の瞬間には軽く足を引き下げ、そうして何かの構えをとってみせる。


『…!!!!』


 瞬間、構えを取った『ニア』からは尋常ではない圧が放たれ、発されたそれは瞬く間にアルクヘランを含んだ周囲全てを覆う。


 そうして同時に、その構えがなんなのかを知っているのか、アルクヘランはあからさまな動揺を浮かべるように突如として落ち着きを失い、次の瞬間には『ニア』の動きを止めようと力を行使する。


 ニアとの戦いを得てもなおほとんど外傷の見当たらないアルクヘラン。

 だがその実、中身はエリシア、そして先ほどのニアとの戦いで重症そのものであり、その力もまた万全時とは比べようもないほどに弱体化していた。

 ———だからこそ、その力もまた『ニア』へと届き得ることはなかった。


「忘れたか?お前が誰に負けたのか」


『まさか…いや、そんなわけがない…だって貴方は…!』


「時間がないんでな、感動の再会なところ悪いが、眠っててくれ」


『アナタは神に—————!』


 現実を否定するように、いつの間にか受け止めていない目の前の光景へ何かを叫ぶアルクヘラン。


 だが、その言葉が最後まで語られることはなかった。


 瞬間、握られた刀は一瞬のうちにその刀身を外界へと顕現させ、そうして放たれた技は全てを切り伏せる一撃となる。

 それは物体だけにとどまらず、空間を染めながら襲いくるアルクヘランの力に対してもまた平等である。 

 

 そうして振り抜かれた一撃はやがて目前へと迫り来ていた『停止』の力を切り裂きながら、逆行するようにアルクヘランの元へと帰り咲き、


天真(てんしん)


 そうしてわずかな間、雨が止んだ。


 しつこいほどに降り落ちていた雨は刹那の間だけその姿を極夜全体から消滅させ、つぎの瞬間には再びその音を極夜に響かせ始める。


 そうして再び雨が降り落ちた時、世界には二つの声だけが残される。

 

 一つは技を放った『ニア』の、小さな息を吐く声。

 そうしてもう一つの、先ほどまで『ニア』と対していた者は———、


『ぁ…あぁぁぁぁ』


 微かな声が聞こえてきていた。

 

 だがそれは声と呼ぶことすらが烏滸がましいほどの小さく、微かな音であり、『ニア』はその音の元へと目を向ける。


 それはアルクヘランの声だった。

 だがその姿は寸前までのほとんど無傷だった姿とは大きくかけ離れており、無数に切り裂かれた体は個々の塊として地面へと降り落ち、生物として生きていることすらがおかしいと思えるほどだった。


 そうして続けて足を踏み出した『ニア』は、何かを叫ぶように尚も声を発するアルクヘランの元へと歩み寄ると、


「残念だが、不死身のお前を倒す力は俺にはない。かといってまた封印するだけの時間もない。だけど覚えとけ。次にお前を倒すのは、俺じゃない誰かだ」


『…』


 『ニア』の言葉にアルクヘランは返事をしなかった。

 それにどんな意が込められていたのか、それは当人である『ニア』だけが理解していた。

 

 そうしてその様子を見届けた『ニア』はその目線をアルクヘランから外すと、その視界に映った光景に小さく自嘲するように笑い、


「鈍ったな…昔の俺が見たらなんて言われるか…まぁいいや、じゃ、さっさと役目果たすとしますか」


 『ニア』は深く息を吐き、刀についた血を地面へと払い落とすと、自らの視界の先で変わらず伏せる少女(エリシア)の元へと歩みを寄せる。


 そうして変わらない限界のはずのその体で、だが軽く少女(エリシア)の体を抱き抱えると、そのまま何かを探すように辺りへと目を向け、


「勝手口は…あれか」


 その場から見えるはずのない、数キロも先にある隠し石を見えているかのように小さく呟くと、瞬間、小さく足を引き下げる。

 それはまるで駆け出す寸前の姿勢のようであり——


 そうして瞬間、『ニア』の姿はその場から消滅する。

 遅れて巻き起こった強風と、先ほどまで『ニア』のいたはずの場所に残された抉れた地面だけが、その場で何が起こったのかを示唆し、辺りを静寂が包む。


『…』


 静かになったその場には、ただ一つのアルクヘランだった肉塊だけが残されており、雨の音は絶えず鳴り響いていた。

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