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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
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絶望の知らせ

「…ここは」


 目覚めて真っ先に目に入ったのは、黒く染まった空だった。

 見ていると何処か不吉な予感を感じる空にニアは不意に目を逸らし、そして自身が草原の上に横たわっていることを理解する。


 辺りには薙ぎ倒された木々が絶え間なく広がっており、だが不思議なことにその場は耳鳴りがするほどの静寂が取り巻いていた。


「なにが…?…っ」


 状況が飲み込めないためにその場から立ちあがろうとするニアは地面へと手をつき、力を込める。

 だがついた腕は力を込めた瞬間にその体もろとも地面へと倒れ込み、同時に激しい痛みに表情を歪ませる。


 その時にしてニアは初めて伸ばした腕が折れていることを理解し、続けてそれが腕だけにとどまらないということを知る。


 瞬間、その脳裏には意識を失う寸前に体験したことの一切が駆け巡り、同時に最後に見えた光景をもまた思い出したことにより、


「…先輩は…?」


 無意識に呟かれたのは、ただ純粋な疑問だった。

 

 ニアが生きている以上、意識を失ったニアをエリシアが助けてくれたのだということは深く考えずとも理解できた。

 だが、であればそのエリシアは何処にいるのか。


 ニブリカの時と同じくニアを安全地帯に退避させ、アルクヘランを引きつけるために何処かへと去っていったのか。

 動けない肉体の代わりにいくつもの可能性がその脳内に溢れかえった時、不意に辺りの草木が音を立てて激しく揺れた。


 訪れた強風は瞬く間にニアの横たわる草原の一帯を通り抜け、やがて上空へと消え失せていく。

 だが、その風にニアは何故か既視感を覚えており——、






…まさか






 瞬間、ニアは訪れた強風のその訳を、エリシアがこの場にいないその理由を理解してしまう。

 

 焦る感情はニアの呼吸を荒くさせ、だからこそニアは刀を地面へと突き刺し、よじ登るようにしてその場から立ち上がってみせる。


「先輩……!!」


 足を貫く痛みは少しでも気を抜けば倒れ込んでしまいそうなほどに想像を絶し、だがそれでもニアは刀へと体重を預けることにより無理やりにその場に立ち、そして歩き始める。


 ニアはエリシアの居場所を知っているわけではなかった。

 だが無意識のうちにその脳内に訪れた『左前』という言葉に釣られるようにその体は左前方へと歩みを進ませ、だんだんと強くなる強風が進むべき方向が正しいということをニアへと知らせる。


 何度倒れただろう。


 一歩、歩みを進ませるたびに痛みはニアの呼吸を狂わせ、同時に訪れる強風にその体は呆気なく地面へと押し倒される。

 

 だが、その度にニアは刀を地面へと立て、そして再び歩き始める。


 いつの間にか焦りはその体へ痛みを当たり前の感覚として知らせ、浅い呼吸もまた始めからそうであったかのように自然なものへと成り変わる。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 どれほど歩いたのか、ニア自身ですら理解していなかった。

 ただひたすらに何故か脳裏に過った進むべき方向に従い、そうして遂に吹き荒れる風の中心部、そのそばへと辿り着いていた。


 だがその時、不意に吹き荒れていた強風は息を潜ませ、代わりに鈍い音がニアの鼓膜を横切った。


 微かにだけ聞こえたその音は、例え他の誰かにとって聞き馴染みのない音であったとしても、ニアだけにとってはいつかの日に聞いた、いつまでも脳裏にこびりつく最悪の音に似通っており、






そんなわけない、っ、走れ!もっと早く…!






 ニアはよぎってしまった想像を否定するために無理矢理にその歩みを加速させていく。

 いつの間にか右足は地面を摺らなければ歩けないほどに悪化しており、だがそれでもニアは右足の代わりに刀を突き立て、そうして先へと歩みを進ませる。


 ———そうしてニアは、絶望の知らせを受け取った。


 目に見えたのは、何処かへと伸びるように視界の先へと薙ぎ倒された木々に、暗い空に照らされながらも容易に視認することが出来るほどに着いた、赤いシミ。


 それは先へと進むたびにその量を増していき、やがてその目線をその最終地点へと辿り着かせる。

 ———そしてニアは、その最悪を理解してしまう。


「…先輩?」


 呟いたニアから少しした場所に、その少女はいた。

 だが、その姿はニアの見知った姿ではなかった。

 


 先ほどの強風の影響か、光のない空からは微かに雨が降り始め、だんだんと勢いの強くなるそれはやがて極夜全体を覆い隠す。


 降り落ちる雨の音はニアの鼓膜へと響き、だがそれすらもが霞むほどにニアの鼓膜は鮮明な耳鳴りが支配していた。


 木へともたれかかった少女の手は力なく地面へと落ち、いつも綺麗に結われていた髪は解け、無造作に顔へとかかっていた。

 

 見慣れたはずの白い髪は流れる血に染められ、降り注ぐ雨によって微かに残っていた白い部分すらもが赤色に染め上げられる。


 少女のもたれかかっている木には大きな亀裂が生じており、それほどまでに強い力で叩きつけられたのか、いつも大事に握りしめられていた刀は少し離れた地点で沈黙を貫いていた。


 瞬間、ニアは息を崩すようにその場に倒れ込む。


「あ…あぁ…あぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫するその脳内には、いつかの光景が蘇っていた。


 大切な人の亡骸、赤く燃え上がる、自身の育った国の光景。そして、


「あぁぁぁ!!!!!!」


 ———最愛の人の、血に塗れた最後の姿。


 ニアは自らの無力さを嘆くように腕を、額を地面へと叩きつけ、その心を抑することなく絶叫として現実へと引き出す。


 全身を取り巻いていた痛みはもはやなんの意味も成さず、ニアは折れた腕を何度も地面へと叩きつける。


 頬を伝う雫は降り落ちる雨により覆い隠され、その場に無力な少年だけを残す。


 どれほど経ったのだろう。

 幾度となく叩きつけられた腕にはいくつもの地面を転がる石が突き刺さり、その額には溢れた血が満遍なく染み付いていた。


 だが、それでもニアの絶望が晴れることはなかった。





また、俺は…また…!!





 胸の内から湧き上がる感情は躊躇うことなく声ということすら烏滸がましい掠れた音として鳴り響き、ニアは目の前の現実から目を逸らすように地面へと這いつくばる。


『現実は無慈悲なものです』


 ———だがその時、不意にそんな声が聞こえてきた。


 雨の後に打ち消されながらもニアの耳へと辿り着いたその声は幾数にも反射した女性の声のようであり、同時に何故だか途方もないほどの不快感を感じる声だった。


 聞き覚えのない声。


 その正体を探るべくニアが咄嗟にその頭を持ち上げた時、見えた視界の先にいたのは———、


「…っ」


 そこにいたのは女性などではなく、エリシアと戦っていたはずのアルクヘランだった。

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