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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
遠い世界
21/105

突然の戦い

「…っ!?」


 一瞬の出来事だった。


 覚えているのは、エリシアが何かの砕ける音の元凶を確認しようと歩き出し、建物の角を曲がった、その地点までだった。


 エリシアが建物の影に姿を隠したその瞬間、わずかに空間が歪むようにノイズが起こり、その視界の中にはあたかも初めから居たかのように二つの影が映り込んでいた。


 その人影の存在に遅れて理解した瞬間、ニアは咄嗟に距離を取るべく飛び下がり、やがてその2人が何者なのかを探るべく目を向ける。


 1人は同じく先ほどまでなく、突如として現れた箱の上に座った、白い髪にボロボロの黒いフードを被った男。

 そうしてもう1人は背丈よりも長いかと思えるほどに伸びた黒髪に、灰色のボロボロの服一枚だけを身につけた、視界の端で縮こまり続けている少女。


「ここは…」


 先ほどと同じ景色、突如現れたそれを除けば何ら違和感のないその景色に、極夜へ訪れてから絶えることなく鼻腔をつんざく木々の燃える匂い。

 それらの要因が、そこが先ほどの場所と同一の地点であることをニアへと伝える。


 だがニアは突如現れたそれらの要因、そして何よりも、先ほどから一向に姿の見えないエリシアの存在から、そこが先ほどと同じ地点。だが別の場所であるのだと結論付ける。


 そうして男たちから警戒を外すことなく、他にも何か変わったことがないかと慎重に意識を外へと向けるニアへ、不意に白い髪の男は不敵に笑って見せると、


「ここが何処だか探したって意味ないよ。ここは僕の世界。地面の下。誰もが居て、誰も辿り着けない虚構の世界。まぁ、反転した極夜とでも思ってよ」


 軽く地面を指差しながら男はそう伝え、その言葉にニアは思わず眉を顰めてしまう。


「…反転した極夜…?どう言うことだ」


 もはや現れた理由に関わらず味方とは思えない2人に、ニアは辺りへと割いていた意識を再び2人へと向ける。


 そうして再び露わにされた警戒に白い髪の男はやれやれと言うように小さく息を吐くと、


「言葉通りだよ。ここは僕が天啓で作り出した反転の世界…まぁ、もうかなりガタが来てるし、瓦解させるのは容易いんだけどね」


 ため息混じりにそう伝える男は何処か気怠けに周囲へと目を向けていた。


 だが、ニアに男の言葉を信じることはできなかった。

 それは男のことを信用していないからであり、だがそれは全てではなかった。

 ニアが男を信じられなかった最も大きな要因、それは、





…印はある。間違いなく俺のいた場所と一致してる…なら、先輩が何処かに行った…?

いや、だとしても突如現れたことが説明できない…





 目を向けた先の木には、小さな切り傷が刻まれていた。

 それはニアが念の為と歩いた道を記すためにつけた印であり、ニアの見ているその木に印をつけたのは、エリシアと別れる直前だったからだ。



 


いつ手中にハマった…?

もし先輩と分断させるのが目的だったとして、言葉通りにこの世界を作ったのだとすればどのタイミングで…?いや、違う。それも全部後回しだ。

今はとりあえず一刻も早く先輩の元に早く戻らないと——





「まだ帰ってもらっちゃ困る」


 瞬間、男の放ったその言葉にニアはわずかに脳の理解を遅らせる。


 そうして男はニアの反応を楽しげに小さく笑い、続けて乗っていた箱から軽やかに降りて見せる。


 そうして逃げるタイミングを失ったと小さな後悔と共に改めて警戒を向けたニアへ、男はそんな警戒を知ってか知らずか、のうのうとその歩みを進めていく。


「そう警戒しないでよ、言ったでしょ?ここは僕の世界なんだ。自分の世界にいる人の心の声を聞くなんて朝飯前さ」


「そうか。それで、帰さないってのはどう言うことだ」


 刀へと手をかけ、尚も警戒を解くことなくニアは男の一挙手一投足へと意識を集中させる。


 怪しい行動をすれば斬る。もはやニアに男を信用できる要素は何処にもなく、その考えに気付いたからか男は何かを思い出したように、だが再び何処か億劫にため息をつくと、


「…あー、自己紹介がまだったね、なんだっけか…あぁ、そうだ」


 不意にニアの横を通り抜け、そしてお決まりと言わんばかりに面倒くさそうにその手を広げ、男はニアの方へと振り向く。


「僕はアングレイン・アルハック。幻龍師団の一人にして、厄災アルクヘランの復活を望む者」


「幻龍師団…聞いたことがある、少し前に壊滅したって聞いたが」


 幻龍師団。その名称に、ニアはわずかばかりに心当たりがあった。

 度々セレスティアの外で事件が起こったかと思えば、聞こえてくるのは決まって幻龍師団の名前ばかり。


 だが幻龍師団は数日前に王番守人により滅ぼされたと噂になっており、ニアもまたその噂を信じていたのだが、


「あぁ、それは僕たちの仲間だね、彼らはどうも頭が足りてなくてね。情報収集の役を与えるとか言って僕たちをここ、極夜に閉じ込めたんだ。おかげで出口の一つもわかりはしない。だがまぁ…良くか悪くか、これで君を閉じ込めておける、仲間のおかげってやつさ」


「そうか。じゃあ、お前達は俺の敵なんだな」


「あー…まぁ、いいか…あぁ、そうだよ?僕は君の敵。だから今から死んでもらうんだ」


 男が幻龍師団である以上、未だ動くことなく縮こまり続けている少女もまた、幻龍師団の一員であることは疑いようもない事実。

 

 そうして改めて敵であることを理解したニアは小さく息を吐きながら男…アングレインへとその目を向ける。


「あれ、やるのかい?ここは僕の世界だよ?君に勝ち目があるとでも?」


 ニアの行動が予想外だったのか、はたまたその行動すらもを楽しんでいるのか。

 気怠げな声の裏側にわずかな歓喜を潜ませるアングレインへ、ニアは動じることなく男の動向を窺い続けていた。


「残念だが、やる前から諦めるほど人生に絶望してはいない」


「あぁそう…じゃあ、ルエア、出番だよ」


 ニアの言葉にわずかに目を窄めたアングレインは、不意にニアの背後で先ほどから動くことのなかった、ルエアと呼ばれた少女へと声をかけた。


「出番…出番なんだ…私の…出番…か…」


 瞬間、声をかけられたルエアはふらふらとしながらその体を起こし、やがて立ち上がると同時に壊れた機械のようにカクンと頭を落とす。

 長い髪が地面へと躊躇うことなく接触し、ぷらぷらと伸びた腕が微かな風に揺られていた。


 いかにも弱そうな少女。ニアが思わず少女へとそんな感想を抱いたと同時に、ニアの肌からはわずかな血が噴き出ていた。


「…っ!!」


 刃物で切られたような鋭利な感覚に、ニアは咄嗟に眉を顰め、感覚の訪れたその箇所へと目を向ける。


 そうしてニアは驚愕する。

 

 目を向けたその地点には、いつの間にか先ほどまで視界の先にいたはずの少女が立っており、同時に細いその手には銀色に光り輝く凶器が握りしめられていた。


 滴る赤い水がニアを傷つけたのが少女であることを理解させ、反射的にニアは少女から距離を取るように後方へと飛び下がる。


「役割…果たさなきゃ」


 ニアを追うことなく独り言のようにそう呟くルエアには、少女としての意思など何処にもなく、ニアにはまるで命令に従うだけの人形のように見えた。


 そうしてふらふらとした歩みでルエアが一歩を踏み出したその瞬間、不意にルエアの姿はニアの視界から消滅し、ほとんど同時に再び鋭い痛みがニアの体に訪れる。


 そこには再びルエアがおり、今度は距離を取ることなく刀を引き抜いたニアだったが、その時にはもうその地点にルエアの姿はなかった。


 見ると、ニアから少しした地点にルエアは立っていた。





仮定しろ。姿…さっきから消えてるそれが姿を消す天啓のものなのだとすれば、この子が消してるのは姿と気配だけ…

足跡までは消せないはず。なら、聞こえてくる足音から位置さえ特定できれば…





 辺りへと目を向け、そう仮定したニアはわずかに耳を澄ませ、同時に微かに聞こえてきた自身の周囲に響く足音を以て、その仮説が正しいのだと確信する。


 だがいくらその正体を、解決策を思いついたとしても小さな少女の軽い足音など、戦いの中で意識を割くだけでも命取りであり、同時にそこから位置を特定することなど——





——無理!!!





 再び訪れた鋭い痛みと共にその事実を理解したニアは、一瞬現れ、だが行動を起こすよりも早く再び姿を消滅させるルエアにわずかばかりではない焦りを覚える。だからこそ、


「ふう…」


 瞬間、辺りへと手を向けていたニアはその無駄を切り捨て、代わりに小さな息と共に目を瞑ると柄へとその手を添え、視界により割いていた意識を感覚として改めて周囲へと張り巡らせる。


 そうして視界に頼ることなく張り巡らせたことにより、改めて理解できたルエアのその移動速度。


 軽い体重に比例するようなその軽やかな足音は、走るというよりも踊るという表現の方が近いと思えるほどに不規則であり、自らの目の前にその足音を確認した次の瞬間、


「…ちっ…!」


 目の前にいたはずなのに背後に訪れたその衝撃にニアは思わず小さな声を漏らしながら体勢を崩してしまい、だが間髪入れずに衝撃の訪れた方へとその目を向ける。


 そこには先ほどまでニアの前方にいたはずのルエアの姿があり、その姿を視界に捉えたと同時に再びルエアの姿はニアの視界の中から消え失せる。





透明化、シンプル故に強力な天啓…!

考えろ、こいつに勝つ方法を…!

今の俺にできる、最善の方法を…!





 身に訪れるいくつもの鋭い痛みに耐えながら、ニアは思考する。


 単純な透明化であれば、技量さえあれば対処はそう難しいことではない。

 だが相手はおそらく人と戦うことに慣れており、何よりも先にニアの目を潰さないことから見るに戦いを楽しんでいる狂人。


 そんな相手に、刀を握って一月しか経っていないニアは勝ち目があるのかと。


「残念…」


「っ…!」


 訪れる痛みと同時にその箇所へと刀を振ろうと、その地点には既にルエアの姿はなく、代わりに嘲笑のような言葉だけを残し再びニアの体へと傷を生じさせる。


 そうして一撃、また一撃と容赦のない攻撃は時間と共にその数を増やし、そしてニアへと着実にダメージを与えていく。





対象に接触してる間は透明化が解ける。

だが離れた瞬間にまた透明になる…

一見無敵のようだが、でも、おかげで一つだけわかったことがある





 数分の中で行われた、戦いとも呼べない程の戦いの中で、ニアの中にはある一つの仮説か浮かび上がっていた。


 既にその全身には切り傷が生じており、着たばかりの服には、切り傷だけでなく赤いシミがいくつも残っていた。

 だが、それ故にニアにとって痛みはニアの思考を遮る要因ではなくなる。

 

 そうして浮かび上がった仮説を試すためにニアは抜いた刀を鞘へとしまうと、再び距離を取るように後方へと飛び下がってみせる。

 

 瞬間、ニアの鼓膜には風を横切る音が響き、同時に先ほどまでニアのいたその地点に立つルエアの存在を理解する。


「ふぅ…」


 そうして地面に着地したニアは再び目を瞑り、先ほど同様に小さく息を吐くと柄へとその手を添える。


 先ほど同様に視界ではなく意識を以て周囲へと警戒をあらわにするニア。

 だがその意識は先ほど以上に深い集中へと陥っており、まるで降り注ぐ全ての感覚に反応するかのように微動だにすることはなかった。


 呼吸は一定に、全ての物事に反応出来るように冷静に。


 ルエアはその構えが何なのかを知らない。

 他者から見れば先ほどの構えと何ら変わらないその構えを、ルエアもまた無駄な足掻きなのだと理解し、そうして振り抜かれた一撃がニアの肌へと再び接触し、


真喝(しんかつ)


 瞬間、甲高い音と共にニアの一撃がルエアへと命中した。


 振り抜かれたナイフはニアの肌へと傷を残すことなく、代わりに振り抜かれたはずのそのナイフは行き先を狂わされたかのように宙へと舞っていた。


 そうしてナイフを握っていたルエアの腕には浅いながらも確実な一撃が命中し、同時にルエアの体は不恰好に地面を転がっていく。


 そうしてこの戦いが始まってから初めての確かな感触にニアは再び息を吐き、


「…浅かったか」


 その言葉に、ルエアはわずかに殺意を覚えるのだった。

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