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遠い世界の君から  作者: 凍った雫
白き王と黒き剣士
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青い部屋

 アガルダの処刑から逃げ出したオーゼンは、自身の部屋の前に立ち呆けていた。


 それは先ほどの光景が何度も頭の中にフラッシュバックし、その先の景色が否が応でも脳内を埋め尽くす。


 だからこそオーゼンはその景色を見ないように全身に力を込めるとノブへと手を伸ばし、そして部屋の中へと足を踏み入れる。


 開いた扉と同時に吹き抜けてくる風はその先に映る風景を理解させ、同時にオーゼンに役目の大変さを改めて理解させる。何故なら、


「…これも隠さないとな。ほんと、大変だっての」


 外の風景をよく見えるようにと備えられた大きな窓は大きく割れており、それはニアが『白き王』として庭へと現れた際に出口として利用したためのものだった。


 吹き抜ける風はバレたら終わりだと言う責任をオーゼンへと背負わせ、仕方がないことだと理解しつつも、オーゼンはこの場にいないニアに小さな文句を漏らすのだった。


 だがその時、オーゼンはふと気づいた。


 自身とニアの机の上に置かれた、見覚えのない封筒。


 白く丁寧に包まれたその封筒はオーゼンが部屋を出た際には間違いなく存在しておらず、だからこそ早速この割れた窓を誰かに見られたのかとその額にはわずかな焦りが生じる。


 そうして手を伸ばした封筒は丁寧に封をされており、正体のわからない差出人にわずかな警戒を抱きながらもその封を開けて行くと、


「…手紙?」


 折り畳まれた手紙がそこには入っていた。


 差出人不明なその手紙はただ黙々とオーゼンが読むのを待っているかのように吹き抜ける風に揺られており、そうして意を決して開いた手紙には、


「…!!」


「初めまして、カラリナ様。私の名はアガルダ——」


 面識のないはずの人の名が、そこには記されていた。











———真に気をつけるべきは敵ではない。


 頭のどこかでそんな文字が浮かんでいた。


 浮かび、理解し、次の瞬間には霧散した。


 それがなんなのか。それは誰にとっても不鮮明であり、同時にその言葉を憶えたままニアは瞳を開いた。


 そこは、見覚えのない景色だった。


——ここは?


 青い空…否、深い青色に囲まれた風景の中に、ニアは立っていた。


 どこへと目をやろうとその全てが同じ風景であり、まさしく“無”と呼ぶにふさわしい空間であった。


 ならばどうやってこの場に立っているのか。そんな疑問がようやく思考に追いついてきたところでニアはハッと自身の足元へと目をやり、そして理解する。


「…床?」


 足元。それも足がついている箇所にのみその床は“発生”していた。


 半透明な物体はニアの体を支えるようにその場に生じており、わずかに疑問を抱きつつもその足をゆっくりと前方へと動かしていくと、


「…どうなってる?」


 床はニアの足と連動するように進めば前へ、戻れば後ろへとその動きを連動させる。


 それはまるで床自体が生きているかと錯覚するような現象であり、同時にその時にしてようやく混乱は息を潜めると、改めてその空間の異常性へと目を向ける。


 何もない空間に、四方を囲む、果てのないと思えるほどに深い青色の風景。


ーー誰かの攻撃…?だとすればこれは部屋を襲った誰かの天啓ってことになる。…ラノア達は無事なのか?いや、ヨスナさんもついてる。とりあえず無事だと決め打つしかない。それよりも…


「いらっしゃい。こうして話すのは…君にとっては初めてかな?」


 瞬間、聞こえて来たそんな声にニアは反射的に飛び下がり、そして腰にかけた刀へと手を伸ばしたことで疑問を抱いてしまう。


「…桜月…なんでここに」


 ニアがベッドで寝た時には桜月は身につけていなかった。


 にも関わらず今のニアには当然と言わんばかりに桜月が備わっており、何が起こっているのかと更なる疑問が浮かんだ時、


「安心して。ここは現実じゃない。その刀も、君がそこにあって欲しいと願ったから存在してる。ただそれだけのことだよ」


 語る声は聞き覚えのない男のものであり、コツコツと歩く音だけがその場に響き渡る。


 存在しないと思っていた世界にも影は存在するようで、そうして足音と共に光の元へとその姿を現したのは、


「…あんた、誰だ」


 30歳程に見える、髪を後ろで結んだ男がそこには居た。


 ニアと同じく、だが違う青い羽織を身につけた男は腰にかけた二つの刀をもってただものではないということをニアへと理解させ、


「まぁ、僕のことは今はいいんだよ。それよりも、君は自分のことを心配する必要がある」


「…どういうことだ」


「そうだね。…まぁいいか。いいかい?端的に伝えるよ」


 かけられた問いに対し男はあやふやな返答を返し、だがそれよりも大事なことがあるとあからさまに話題を逸らしてみせる。


 素性の見えない男にニアは一切の警戒を解くことなく刀へと手をかけ続けており、だがそんなニアへ男は軽く指を指すと、


「君、もう少しで死ぬよ」


「…は?」


「言葉通りだよ。数日、或いは十数日後に君は再びライラット君と戦い、そして再び戦いとも呼べない圧倒の末に死亡する」


 当たり前と言わんばかりに語られたその内容は、信じがたいものだった。


 間も無く死ぬ。それに、つい先程行われたライラットとの戦いを知っているかのようなその口ぶりに、ニアの頭の中にわずかな欺瞞だけを生じさせる。


「…それで、あんたは何をしに来たんだ。数日後に死ぬから、その前に俺を始末しに来たか?」


「あっははは!!違うよ、全然見当違い。でも、そうだね…これは僕の善意なんだ。警戒するのはいいけど、時間を無駄にすれば今伝えた運命は変わらなくなる。逆に、今この瞬間から僕のことを信じてくれるのなら、ほんの少しなら運命を変えられる可能性が生まれる」


 運命を変える。先ほどから意味のわからない言葉ばかりを口にする男へニアはやはり敵であるのだという結論へと至り、そうして刀を引いた時、


「じゃあ早速行こうか。一つ、動きの初動を予想すること」


 瞬間、遠くから聞こえていたはずの声が真隣から聞こえて来たことにより、ニアは寸秒遅れて刀を振り抜く。


 だがその地点にはすでに誰もいない。残されたのは影だけであり、影があるということは、


「判断はよし。でも体がついて行ってないね。まだ甘い」


 上空へと視線を移し、落下してくる男へと刀を振り抜いたニアだったが、またしてもその刀は何に命中することもなく空を切り裂く。


 確実に命中したと思った一撃が空を切ったことに驚きの表情を浮かべた瞬間、


「っ!!」


 背中に訪れた衝撃にニアは小さな悲鳴をこぼし、同時にその体は地面を転がって行く。


 そうして追撃を許さないために転がる勢いを利用して体勢を立て直した時、


「動体視力はいいね。常人の5倍ってところかな。でも、やっぱり体がついて行ってない。意識だけが先行しちゃってる」


 顔を上げたニアの目前にはいつかと同じくニアを見下ろすようにして男が立っており、同時に再びニアが刀を振り抜いた瞬間、その姿はその場から消滅する。


 それはまるでライラットとの戦いを再現しているかのようであり、同時に自身との実力の差を顕著に叩きつけられるかのようであった。そして、


「まずはニア君にも反応できる速度で始めよう」


 瞬間、視界に微かに映った腕にニアは咄嗟に身を屈めてみせる。


 刹那、その頭上には何かが通過したように風が凪ぎ、同時に距離を取るべく反射的に後方へと飛び下がる。


 そうして引き下がったニアを見た男は楽しげに笑うと、


「いいね。いい反応速度だ。今のが君が戦ったカラクの最初の速度。更にはカラクは君を殺す気で来る。今避けられたのは僕が君を殺す気がなかったから叶えられただけの偶然だと思った方がいい」


「俺の名前だけじゃなくカラクのことまで…!あんた、本当に何者だ」


「そんなに気になるかい?じゃあ…そうだね、ただのお人よ——」


 瞬間、自身の首を狙い振り抜かれた一撃に男は微かに目を窄め、同時にその刃が接するよりも早く再びその姿を消滅させる。


 男の性格の裏をついた奇襲。当たると思っていたのか、それでも空を切ったことにニアはわずかに驚いたような表情を浮かべていた。


 そうして瞬く間にニアから距離を開けた男は満足そうに笑うと、


「奇襲!いいね、戦いにおいて正々堂々は実力が顕著に出る。が、奇襲であればわずかなイレギュラーも生じることがある。君の考えは正しい。でも…」


 ニアの行動に感心したような態度を示していた男だったが、その声は最後まで語られることなく途切れる。


 そうしてその事実にニアが気づき、辺りへと警戒するが、意味はない。何故なら、


「奇襲は集中が途切れる。正々堂々がお得意な相手という前提が必要不可欠だ」


 見えていた。先ほどの一撃を交わした時ほどの瞬足ではない。見えていたにも関わらず“避けられない”。


 そうして迫る一撃にニアは意識だけを追い付かせ、だが体が追いついていないからこそ、


「ぐ…!!!」


 叩き落とすように放たれた手刀がニアの肩へと命中し、同時にあまりの激痛にニアは行き先のない悲鳴をこぼしながら崩れ落ちてしまう。


 本来であれば避けられたはずの一撃。だがそれが避けられなかった理由。それはひとえに、


「奇襲にリソースを割いてしまう。それは奇襲が失敗した瞬間にはどんな攻撃でも回避不可能になる大きな隙になり——。はい、君は今一度死んだ」


 軽やかに地面へと着地した男はニアへとそう語りながら指を指し、同時に本来であれば一度死んだのだと理解させる。


 そうしてふらふらと立ち上がるニアは乱れる呼吸を整えるように大きくその場で深呼吸をし、


「いいね。それじゃあ、続きと行こうか」


 見つめる瞳は深い集中へと陥っており、だからこそ男は再び満足そうに笑みを浮かべるのだった。

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