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愛の便り アガパンサス

今回は、花屋を訪れた幽霊が語る話しです。

 気が付くと、僕は空中に浮いていた。そして下にころがる人を見降ろしてる。頭は陥没して、足はあり得ない方向に曲がっている。そう、あれは僕だ。僕は多分死んだのだろう。


 スキー旅行に誘われ、バスが、事故ったらしい。その瞬間の事は覚えていないけど、急に体に激痛がはしり目の前が真っ暗になった。”気づいたら死んでた”って笑えないね。


 人付き合いの苦手な僕を、この旅行に誘ってくれた会社の同僚の明日実さんは、生きているようだ。僕の死体の下でうめき声が聞こえる。


「早く彼女を助けて」と叫ぶがもちろん誰にも聞こえない。阿鼻叫喚となった車内からは、何本かの光が、上空を目指して飛び出している。見上げると星が見えた。バスの屋根がないや。


 ”僕も行かないと”まるで車のエンジンがっかったように、体中が震えた。ああ、体はもうないか。でも飛び立つ瞬間、彼女の”柏崎さん”とうめく声で、背中(?)を引っ張られ、彼女にそのまま憑くことになった。


 それから僕の幽霊生活が始まった。病院で、僕と明日実さんはいつも一緒だった。


 彼女は課内で孤立してる僕に、何かと声をかけてくれた。声をかけてくれるのは、掃除のおばさんと彼女、そして課長(殆どが説教だ)だけの中で、彼女だけは僕に優しかった。


 明日実さんには、なんとか生き延びて欲しい。でも、回復どころか少しづつ悪化してるようだ。僕は思わず手を握って、”頑張れ”って励ましたけど、効果はもちろんない。


 明日実さんの両親もずっとついていた。医者から”今夜が山場です”といわれ、母親は号泣して叫んだ。”誰か娘を助けて。連れていかないで”。僕はいたたまれなくなって、病室の外に出た。

僕はどうか山場を越えてくれるよう、必死にお祈りした。「星に願いを」ってあるけど、かなえてくれるならと、僕は病棟のロビーの窓から彼女の事を、お願いした。


「あなたのせいよ。残念だけど。」

誰もいない夜のロビーで、後ろから看護師に突然そう言われた。


「あなたの持つマイナスのエネルギーが、生命に悪影響を与える。彼女を助けたかったら、離れなさい。そしてはやく成仏なさい。彼女に執着しても無駄。」


 いやいやいや、執着っていうか、助かってほしいって思ってるだけなんだけど。その看護師は俺が見えるらしく、毅然とした顔で俺を睨みつける。ストーカーか何かと誤解されてるな。

言い訳はした。でも明日実さんの体によくないのなら、僕は急いでここを離れたほうがいい。

そう思った途端、僕は病院を飛び出ていた。


 外は真っ暗。さっきまでいたはずの病院すら見えなくなっていた。暗闇の中、いく筋もの細い光が目の前を交差していた。この光の上を通ればいいはず。だけどどこに向かえばいいかわからない。

*** *** *** *** *** *** ***


「なるほど、それでここにたどり着いたというわけですか」


 僕は光をたどるうち、まぶしく光り輝く箇所を見つけた。そして、おそるおそる中に入ると、そこは花屋だった。目の前には、エプロンをつけた店長らしき人物が、僕を見つけここに来るまでの経緯を、いろいろ聞かれたので正直に話したところ。


「あなたは、その明日実さんという女性が好きだったんですね。」

「はい。でも彼女は誰にでも優しいし、可愛いから課のアイドルだった。僕なんか・・」

「はぁ。正直に言いましょうよ。柏崎さん。好きというより愛してたんでしょ?だから、上へ行きそこなった。まあ、ドジというかちょっとノンビリさんというか、トロい?」


 ひでぇ、まあその通りなんだけどさ。病院のあの看護師さんと同じで、僕の事を視えるけど、手を貸してくれるわけじゃないのかも。行先も方法もわからないけど、なんとか還らないと、と思ってる。自分で考えないとだめなのだろうか。


「さて、そろそろ天に還りなさい。それとも現世に未練がある?」

「未練ってほどじゃないですけど、明日実さんに、”頑張って生きて下さい”って言いたいかな」


 ”だから”還り方”がわからなくて、迷ってここに着いたんじゃないか。”僕はそう付け足していいたかったけど、”自分の事は自分でする”とか、喝をうけそうでやめた。


 店長は、一輪の花を抜きだした。背がたかく、ラッパ状の白い花がたくさんついていた。

その花の側に突然、男性が現れた。古代ギリシア風の衣装を着て、ヒゲをはやしてる。もしかしてこれが”天使”?え~!!


「天使じゃありませんよ。彼はこの花・アガパンサスの精霊です。彼女に会いたいでしたね。彼女の夢の中でなら会えます。この精霊につかまって下さい」


 ”はい、あのそれは・・”と質問する間もなく、花の精霊というギリシャおじさんは、僕の手を掴んで飛んで行った。ハイスピードだ。


 落ちる様に着地すると、目の前には明日実さんがいた。彼女は俺をみるなり抱き着いてきた。


「柏原さん、あの事故でホントにクマのヌイグルミになっちゃったのね。手がモコモコ。お腹がポッコリでてて可愛い。人間の時とあまり変わらない。私が誘わなければ、ヌイグルミになる事もなかったのに。本当にごめんなさい。で、私だけ助かってしまって。」


 彼女の言葉に驚いた。みると僕の手はモフモフ、肉球がついてる。爪はない。顔をさわってみるとまるまるしてる。たしかに僕は生きてる時に背が低くてポッチャリしてたけど。”変わらない”ってのは、どうかと..。

 彼女に抱きしめられながら、風景は回転するように変わっていった。会った時は病院の中だったのに、今は森の中にいる。彼女の夢の中だからなんだろうな。


 その彼女は、嬉しいのか悲しいのか、涙を流してる。抱き着いたまま僕から離れない。幸せだけど、ずっとこのままいたいけど、駄目だ。僕は、僕は還らなければ。


 彼女を引きはがして両手を肩にのせ、僕の言葉を伝えた。



「あ、あ、明日実さん。その事はいいから。僕の分まで頑張って生きてください」


 それが限度だったらしい。彼女の反応を見るまのなく、俺は又、あのおじさんに襟首をつかまれた。そしてすぐにどこかへと高速移動してる。花屋に戻るのだろうか?


<おし、これから天へ直行な。俺も時間がないから急ぐぞ>

「え、連れて行ってくれる?あなたは、やっぱり天使だったんですね」

<馬鹿か。俺はアガパンサスの花の精霊。俗にいう愛の花だ>

「僕、あの人、店長さんにお礼も言ってないんですけど」

<構うこたぁねえ。あいつはそれが仕事だからな>


 仕事?じゃあ、お金を払わなきゃ。って言うと、ギリシャおじさんは、ガハハハと大笑いして、速度はさらに増していった。僕の行く先がとんな所かはわからないけど、ギリシャおじさんはいい人そうだし、心配する必要はないか。


  


 

水曜日深夜(木曜日午前1時~2時)に更新します。週一のペースです。

基本、一話完結です。

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