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悟君と母親の重い愛

悟君主人公のお話しです。

 朝、バイトへ出かけるとき、母さんと口論になった。口論の元は母さんの作った昼弁当。昼ご飯の事を聞かれ、”いらないから”と答えると、しつこく”どこで食べるのか”と聞いてくるんで ”水瀬花屋のバイトのあと、近くの三条教会で留守番の仕事。昼はコンビニお弁当”と、正直につい言ったのがよくなかった。次の日に、教会に行くと僕宛の弁当が置かれていた。


「母さん、教会に弁当を届けるのはやめてくれる?お昼くらい自分でちゃんと食べるから」

「でも、悟、最近、顔色が悪いし、朝も食べて行かないからせめて昼だけでも」

「朝はコンビニのお握り食べてるから。大丈夫だから。」

「昼くらいは、ちゃんと栄養のバランスのいいものを食べないと」

「自分で出来る!!」


 この間も勝手に花束なんか頼んで、僕は恥ずかしかった。僕が怒ると”少しか悟のためになるならば”なんて言い訳してた。今度は弁当だ。もう僕の事は放っておいてほしいのに。一日中監視されてるようで、ウザイんだ。家にいると息苦しいんだ。


*** *** *** *** *** *** *** 


 市場は、活気があった。母の日が近いので、カーネーションの取引が多いようだ。水瀬花屋でも、ウチにしては結構な数を仕入れてる。母の日、母に感謝をする日。頭ではわかってるつもりなんだけどな。育ててくれた母に感謝する。でも今はちょっと無理かも。



 店に戻り、さっそく仕分けにはいった。5月にはいってから、カーネーションの売値が高くなってる。大輪一本400円なら、薔薇レベルだ。


「店長さん、カーネーションって、毎年、この時期に値段がすごく高くなるんですか?」

「そうなんだ。お客さんに文句を言われる時もある。でも、卸値が高いのだから、どうしようもないんだ。注文が殺到するからね。需要と供給の関係だ。」


 カーネーションの入ったバスケット入りアレンジ花を、今日から作る。店長が見本をつくってくれた。少し小ぶりのカーネーション、ガーベラにスイトピー、処理する時にでたカスミソウの小さな小枝、それらをバランスよく配置してあった。明日の鉢植え仕入れには、カーネーションの鉢植えを仕入れるそうだ。


「最近は、プレゼントとしえて切り花じゃなく、カーネーション、ミニバラ、ガクアジサイなんかの鉢植えも人気なんだ。こちらとしては、そのほうが助かる。なにせ肝心花が十分な量ははいらないのだし。」


 ウチの母さんは、ガクアジサイとか好きかもしれない。フっと考えてる自分が、笑える。母さんの事、結局は嫌いなわけじゃない。むしろ感謝していい処がたくさんある。でも、本当に弁当は勘弁してほしい。


「悟君、最初のころより少しやせたみたいだけど、バイト、きつくないかい?もしそうなら、遠慮なく言って下さいね。今日も顔色が悪いですよ」

「え、あの、元気です。僕は、きっと午前中で血圧でも低いのかもしれません。大丈夫ですから。」


*** *** *** *** *** *** ***


 教会に行くと、やっぱり弁当はそこに置いてあった。憂鬱だな。自活しようか、ちゃんと就職して。親父は真っ赤な顔で怒りまくるだろうけど。


 留守番は、玄関を入ってすぐ横の司祭室でする。隣の部屋は事務室。壁が薄いので、電話がかかってきてもすぐわかる。今まではなかったけど。緊急の時は敦神父か信徒会長の携帯に連絡する事になってる。司祭室は今は殆ど利用されてなく、本棚と小さなソファが置いてある。そのソファで横になって休んでも構わないと、言ってもらったので、遠慮なく使わせてもらってる。


 それにしても、何か今日の教会は生臭いニオイがする。台所にはゴミどころか、ゴミ箱すらないし、花の水は来たときに取り換えた。トイレはいつも綺麗だ。


<なんにも腐っちゃいないぜ。お前の気のせいだ>

 

 玄関に飾ってあるチューリップ(色はピンク)の精霊だ。すぐわかった。ひげ面のいかつい男の姿。それに似合わないピンクの上下スーツなんて人、突然、現れるはずないしね。僕も人と精霊とのの見わけ方に慣れて来た。


<そうかな、でもなんていうか、甘い果物が腐ったようなニオイがするんだけど>

<なるほどお前にはわからないかのか・・・それならそれでいいんじゃね?ここは本当に食べ物は置いてないぞ。ワインくらいかな。あるのは>


 ちょっとひっかかっるけど、まあいいか。それに暑い日なのにちょっと寒気がしてきた。少し休もうとちょうど司祭室のドアを開けた時、店長が花束持参で教会に来た。店長は休憩時間に、入ったんだ。肝心の敦神父はE市の教会で、今日は帰りは夜遅くになる。僕に何かの用かな?


「悟君、何か変な事はないかい?」

「はい?あ、別にないと思います。何か生臭いニオイがする気がするんですが、”気のせいだ”と精霊に言われました。」


 それを聞いて店長さん、少しホっとしたようだ。この教会、とても古くて、築50年あまりだそうな。床が抜けたとか心配したのかもしれない。そういう類の事ってありそうだ。


 店長さんは花瓶に花束を入れ、玄関ホールに持ってきた。カーネーションの花束。いろんな色を入れてある。赤・白・ピンクにオレンジ、グリーン、サーモンピンクもある。小ぶりの花だけど。これって教会用?


「店長さん、教会用の花ですか?時節柄、カーネーション高いですけど、いいんですか?」

「構わないよ。敦神父に払ってもらう。元々は、彼の前の教会関係の事だから。ま、可哀想だから卸値+消費税でね」


 前任の教会の事だよね。その関係でなぜ花束が必要なのかな?聞いてみていいかな?


 あの...と言いかけた所、店長さんが説明してくれた。


「敦神父の前にいた教会で、ある信者の息子さんが交通事故で亡くなられたのだそうだ。ちょうど親子喧嘩してる最中だったらしく、両親ともすごくその事を悔やんでるとか。花は息子さんの供養のためだろう。兄さん、お祈りでもするんじゃないかな。」


 じゃあ、向こうの教会で、と口にする前に、カーネーションの精霊たちが僕の後ろに飛んできた。え?なに?


「カーネーションの精霊は、君の事が気に入ったようだね。この花達の花言葉は、”母への愛”。きっと君は母想いだからだね。そうそう、悟君。例え身内でも感謝の言葉は、すぐその場で口にする事。それこそ事故で突然、死んでしまう事もあるのだから、後悔のないように。」


「はあ...そうしたほうが、いいですよね」

<決まってるじゃない。当たり前の事>

<親子といえど、心までは完全にわかるわけじゃないしね>

<母の愛は永遠よ。でも強すぎると母の愛は想いじゃなく重いになるし>

<母親としては、いつまでも子供が心配なものなのよ>


 数が多いのか、なんだかやかましいくらいだ。精霊の意見もいろいろだ。もし、この後、僕が事故で死んだとして、母さんのほうが後悔するんじゃないだろうか。”出がけに喧嘩するんじゃなかった”って。家に戻ったら、仲直りしよう。僕の気持ちを正直に話すんだ。


 母さんの事、キライってわけじゃない。ウザイだけ。ただこのまま干渉され続けると”キライ”になる。その前にわかってもらおう。僕の今の心境を。



 店長は帰って行った。いつのまにか、後ろにいた花の精霊がいなくなった。そして生臭いニオイもしなくなった。カーネーションって空気清浄の力があったとか?

さっきの、ピンクのスーツの精霊はまだ玄関にいた。


<まあ、視えないほうがいい。そのほうが、人生、楽に決まってっからな>

<僕は視えてるよ。君は玄関のチューリップの精霊だよね。ピンクだ>

<ブッブー。俺は、お御堂にある花、百合だよん。確かに色はピンクだけどね>

笑われた。...すごくからかわれた気がする。今度から名札でもつけてほしい。


 


水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)更新します。週一のペースです。基本、一話完結。

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