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大聖堂の最奥。
限られた者しか立ち入ることのできない本殿に颯爽と現れた男の頬は微かに上気していた。
「ミシェル。式典は無事に終わったのですね」
「ええ、伯母様」
「伯母様はおよしなさいな。これでも世俗との繋がりを断ち切っている立場なのだから」
「すみません、浅慮でした。ところで敬愛する大聖女様」
天使ミカエルの降臨と言われる美貌が、花の綻ぶようにパッと華やいだ。
「僕は貴方のところの壁の花を一輪頂きたいのです」
「今日の聖女たちのことですか?」
大聖女は驚いて目を見開いた。
歳を重ねても濁らない澄んだブルーの瞳に、ミシェル王子の白いジャケットを着た姿が映る。
「まさか、貴男がそんなことを言うとは」
「僕だって男ですよ、おばさ……大聖女様。それに、王族や貴族が花を摘むのは珍しい話ではないでしょう?」
「それは、そうですが」
大聖女は珍しく言葉を濁しながら、ゆっくり瞬きをしてみせた。
「王族としてはいささか軽率ではありませんか? 第3王子とはいえ、貴方も王室の一員ですから……自分たちの『天使』に相応しい女性だと国民が納得しなければ、相手にとって可哀想な結果になりますよ」
「彼女のためなら堕天使にだってなってみせますよ」
「ミシェル、貴男はまだ若いのです。もう少し落ち着いて、分別をもって」
「僕は五年待ったのです。初めてあの人を手に入れたいと思ってから、これまで幾つもの努力を重ねてきた。戦での武功もあげた。魔族を狩った。法律も学んだ。王族として、政治にも携わってきました。そしてようやく、今年の剣技大会で優勝して『この国で一番強くなった』といえるようになったのです」
ミシェルは凛とした横顔で、大聖堂の窓を見た。
天使に例えられる花のかんばせが、ステンドグラスから差し込む陽光を向く。
蜜の色をした瞳は遠くの何物かに向けられていた。
「望みを言いなさい。可愛い甥っ子」
大聖女は諦めて言った。
ミシェルは今日一番の美しい笑顔を見せた。
「ここに呼んで下さい。あの人を。僕の運命です」
大聖女はため息を吐いて、側近を呼ぶ銀色のベルに手を伸ばした。




